第46話 まもの肉

 広報として正式に雇用されてから、三日後。綾那は、再び悪魔憑きの教会を訪れていた。


「うーん……」

「どうしたんだよムチムチ、どっか悪いのか?」

「幸輝、何がなんでも『ムチムチ』を定着させるつもりなのね……もう別に、それで良いけど」


 颯月と静真は定例の報告会で席を外しているため、綾那の仕事は今日も子守だ。

 すっかり子供達と打ち解けた事もあって――綾那は元々、彼らの恐ろしさなんてひとつも理解できていないのだが――例え相手が悪魔憑きだろうと、魔法の暴発に怯える必要はない。だから、例え保護者の目が届かない子供部屋に篭って遊んでいても、全く問題ないのである。


 朔が絵本の読み聞かせを希望したので室内遊びを選んだが、肝心の彼は綾那が朗読をし始めてすぐに眠ってしまい、今はベッドでぐっすりだ。そうして朔が眠ると、残る幸輝と楓馬はまるで今がチャンスと言わんばかりに宿題を広げた。どうも静真から毎日宿題を出されているようで、「俺らはムチムチと違って、遊んでばかりもいられないんだよ。朔が寝てる時じゃないとゆっくりできねえから、急がないと」との事らしい。


 すっかり手持ち無沙汰になった綾那は、ここ数日己の頭を悩ませている『広報』の仕事に取り掛かった訳だが――全くもっていい案が浮かばない。そうして子供達が居る事も忘れて唸り声を上げた綾那に、幸輝が反応したのである。


「幸輝は、将来騎士になりたいんだよね?」

「うん? おう、なるなる! 颯月を助けてやらなきゃだからな!」


 後期の行動理念は孝行息子のようで微笑ましい。しかし、果たして彼が騎士を志す理由は、颯月一点のみなのだろうか。いや、あの神の為であると言うのならば、それ以上に崇高な理由などあろうはずもないのだが――。


「どうして騎士がいいの?」

「……どうして? そんなの、カッケーからに決まってんじゃん!」


 綾那の問いかけに、赤い目がキラキラと輝いた。幸輝は随分と興奮した様子で、「騎士がいかにカッケーか」という理由を述べる。


「お前、颯月が戦ってるところ見た事あるか? 本当にスゲーんだぞ! 魔法ひと振りで敵を片付けるから、『紫電一閃』って呼ばれるぐらい! 騎士団って一番強いヤツが上に立つ決まりなんだけど、颯月の歳で団長になったヤツは他に居ないんだぜ!?」

「颯月さん確か、二十三歳だっけ? 確かに若いよね」


 綾那が首を傾げれば、幸輝はしたり顔でチッチッチッと指を振って見せた。


「それは、颯月だろ? 団長になったのは、十四の時だっての!」

「ち、中二で企業のトップに立った……!? 何それ、どんな精神力してるの? 神にも程があるのでは? ハイスペックも大概にして頂きたい……ッ!」


 己が同じ年の頃など、ケーキの食べ過ぎで激太りした事を師に責められ、目の前でサンドバックを粉微塵にされ、毎日地獄のダイエットに勤しんでいたというのに。キュッと下唇を噛みしめる綾那に、幸輝は「ちゅーに? てかお前、ホント颯月のこと好きな」と呆れ顔で呟いた。その横でペンを動かしていた楓馬も手を止めると、感心した様子で頷く。


「確かに、颯月さんは凄いよな。だって俺の歳とそう変わんないじゃん、十四って。俺は無理だよ、悪魔憑きってだけで変な目で見られるのにさ――できるなら人前なんて、出たくないし」

「だから、颯月はスゲーんだよ! フツーじゃないってーかさ! しかも俺らと違って悪魔憑きなんだろ? やっぱ、スゲーよ……そんなの、颯月が現役の間は誰も団長になれねえよな!」

「そっか、皆は呪いの元になった眷属を祓いさえすれば、普通の人に戻れるんだっけ。あれ――でも、いきなり普通の人に戻っちゃったら、皆の魔法はどうなるの?」


 悪魔憑きは八属性の内、得手不得手はあれども『光」を除く七属性全ての魔法を使える。それが悪魔憑きの特徴だというならば、眷属を祓ってしまった途端に、使える属性がひとつないしふたつまで減少してしまうのではないか。

 綾那の予想は正しかったようで、楓馬は「得意な属性ひとつふたつ残して、あとは全部使えなくなるよ」と答えた。


「それにこの目も、赤じゃなくなるはずだ。俺ら小さい時に捨てられてるから、元の目の色すら分かんないんだけどさ。颯月さんは呪いが半分だから、残った方の目の色で雷が一番得意なんだって分かるけど……正直、一番得意な魔法って言われてもピンと来ないもんな、俺」

「え、そういうものなの?」

「まあ本当は、強めの魔具――マナの吸収を抑えるヤツ。アレ付ければ髪色と目の色は普通に戻せるらしいから、それで分かるんだけど。俺らが付けてるのは弱いヤツだから……得意な属性を確認するためだけに、高い魔具買って貰うのも勿体ないじゃん」

「そうそう、静真も言ってるもんな、どうせなら元に戻った時の楽しみにとっておけって。でも俺なんとなく分かんだよ。上手く使いこなせないのが氷だから、たぶん火が得意なんじゃねえかなって」


 幸輝と楓馬曰く、普通の人間に戻れば、魔力量も使える魔法属性も一般的な水準まで下がってしまうらしい。しかし――例え魔法が弱体化するとしても――やはり悪魔憑きは、普通の人間に戻りたいものなのだと言う。


(まあ、よくよく考えると私、「個性的」とか「珍しくて面白い」とか、随分と失礼な楽しみ方しているものね)


 眠る朔を見やれば、ぽかんと開かれた口に鋭い歯が立ち並び、幸輝の頭には山羊のような巻き角。楓馬の肌には、ところどころ石が張り付き――綾那は、「でもやっぱり可愛いんだけどな」と目元を緩ませる。

 颯月など、その最たるものだ。

 赤と紫のオッドアイ、金メッシュの混じる黒髪。右頬に浮かぶ、刺青のような模様――綾那にとっては人間国宝級の存在である。正にその『異形』の部分が彼らを苦しませているとしても、好ましく思うのだから仕方がない。


「もし俺が悪魔憑きじゃなくなったら、詠唱だって真面目にしないとダメだろ? だからちゃんと勉強してんだ、颯月みたいに全部は無理だけどよ」

「ああ、無詠唱もなくなっちゃうんだ」

「そう、だから正直、弱くなるとは思うけど――それでも、騎士って仕事忙しいのに、人が居なくて大変なんだろ? だから颯月を助けてやんないと」

「幸輝は偉いねえ……あ、でも、大人の男の人は「結婚しにくいから、騎士になるのはちょっと」って人が多いんでしょう? そこは良いの?」


 綾那の問いかけに、幸輝はやや悩んでから口をヘの字に曲げた。


「いや、俺だって結婚できねーのは、ヤだよ……静真も楓馬も朔も居るけど、やっぱに憧れるっつーか――いつか俺も正妃様みたいな嫁さんもらって、颯月に自慢するんだ」

「いやそれ、颯月さん相手じゃあ自慢にならねえよ。正妃様みたいな女がそもそも好きじゃねえから、綾那と一緒に居るんだろ」

「ええー!? やっぱ颯月ってヘンだよなぁ、アイドクレース人なのにさあ」


(やっぱり、私のせいで颯月さんの女性の趣味が悪いと思われているような)


 ――誠に遺憾である。

 綾那は眉根を寄せたが、だからと言ってこれ以上は痩せられない。正直「怪力ストレングス」ダイエットの回数を増やせば、もう少し体を絞るのは可能だろう。しかし綾那は、四重奏のリーダーである陽香、そして師からも「痩せ過ぎも太り過ぎも厳禁、その体形を死守する事」と言いつけられているのだ。


 四重奏のメンバー四人中三人が痩せすぎの体形であり、痩せの需要は既に満たされている事。そして、綾那のファン層が軒並み男性であるという事から、太り過ぎは勿論、痩せてスタイルが貧相になるのは許されないそうだ。陽香曰く、綾那は四重奏の『お色気担当大臣』らしいし。

 であれば――「女の趣味が悪い」と言われる颯月には申し訳ないが――四重奏のためにも体形を死守して、そしりは黙って受け入れるしかない。


(それにしても、子供にまで「騎士は結婚できない」って浸透してるんだ。手強いなあ――)


 新任挨拶後から旭と共に騎士団宿舎の部屋を回り、綾那は現役の騎士達から騎士になる事のメリット・デメリットの聞き取り調査を始めた。

 まずデメリットは、言わずもがな「結婚しづらい」これに尽きる。戦闘職であり命の危険がある事や、異動と言う名の巡回が多く定住しづらい事なども挙げられたが、何はともあれ最大の問題は皆、口を揃えて『結婚』である。


 正直これに関しては、現状綾那一人の力では改善できないだろう。そもそもが一朝一夕の問題ではないのだ。

 例えば「表」のテレビ番組のようにマッチング・婚活バラエティとでも言うのか――「自衛官限定」「消防士限定」のように、「騎士好きの女性、騎士と結婚する事に憧れのある女性だけを集めたお見合い」を企画するぐらいしか思い浮かばなかった。


 ただその女性達をどう集めるのかが問題で、しかも「奈落の底」に綾那のネットワークは存在しない。仮に結婚詐欺師のような女性が紛れ込んでいたとしても、綾那は責任が取れない。であれば、一旦この問題は先送りするしかないだろう。


 そしてメリット。これは意外な事に多く聞き出せた。

 まず旭も口にした『給与』、『福利厚生』がしっかりしている事。平均して一般職の二~三倍は稼げるし――コレが良い事かは微妙だが、使う暇がないため貯金は貯まる一方だ。もしもの時の労災手当、死亡保険も手厚く、「30年以上勤続した場合」というなかなかブラックな条件があるものの、どうやら退職金だけで家が建つレベルらしい。


 次に多かったのが、颯月の言っていた『超実力至上主義』。生まれも育ちもコネも一切関係なく、ただ強ければ出世するのが面白いと。

 そう考えれば、まだ十九という若さで軍師として指南役についている幸成も、たった十四で騎士団長まで昇りつめた颯月の事も納得がいく。結果が即、反映されるというのは分かりやすく、やり甲斐も感じられる事だろう。


 戦闘そのものが楽しい、人を呪った眷属を倒せた時の達成感がひとしお、という意見もあった。何せ眷属を倒せば被害を未然に防ぐ事にも繋がる上、既に呪われた悪魔憑きが居た場合は普通の人間に戻れるのだ。騎士冥利に尽きる瞬間である。


 他にも、国の催事があれば護衛として近くで王族を拝める事。実力さえあれば王族の近衛騎士になって、アイドクレース人憧れの正妃付きになる可能性すらある事。警察官のような職務も担っているため、先輩騎士から「街で補導した悪ガキが、更生していく様を見守るのは楽しいぞ」と聞いて憧れた事。


 そして、結婚までこぎつけずとも、何かにつけて女性から慕われる事。

 これはどうにも不思議なもので、騎士にモノを貢いだり慕ったりするし、憧れもするが――如何せんとしては不安が残るとでも言うのか。

 元花形職業だけあって今でも女性人気は高いはずなのに、今一歩『結婚』に届かないのは、やはり異動の多さから来る不安だろうか。騎士の女性人気が高いという事は、イコールどこでもモテるという事だ。それは、妻からすれば単身赴任させるのも不安だろう。だからと言って、異動の度に騎士と共に住居を移すという苦労も、なかなかのものである。


 更に団員の多くが口を揃えて言ったのが、意外と上司が面白い事――だ。基本的には厳しいが、団長の颯月含め全体的に若年者の集まりであり、一緒にバカをやる事もあって楽しいのだそうだ。そこはやはり体育会系ノリというか、オンオフのメリハリがあって大変よい事だと思う。


 以上の点から騎士のイメージアップ動画を作りたいのだが、どうにもインパクトに欠ける。確かに多くのメリットがあるのだが、「でも、結婚できないんでしょう?」のたった一言で全てが水泡にすのだ。


(いっそ、長い目で見て子供をターゲットにしちゃうとか? 幸輝みたいに颯月さんの格好いい所を見せて、騎士になるという夢をいだかせられれば――いやでも、幸輝まで結婚できないのは嫌って言うんだもんなあ……そもそも、入団するまでに夢から覚められたら意味がないし)


 何か、宣伝動画に出来るような面白いネタはないものか。例えば「表」では、子供のなりたい職業の上位にスタチューバーが選ばれるが、何故だろうか。それは恐らく、子供にとってだからだ。サッカーが好きでサッカー選手になりたい、野球選手が格好いいから野球選手になりたいと思うのと同じである。


 子供達は好き放題して稼ぐスタチューバーを見て、「好きだ」とか「自分もやりたい、自分でもできる」とか思うのだ。

 つまり、結婚できないなんてデメリットが霞むぐらい、皆を騎士に惚れさせれば良いという事だろうか。その瞬間、何やら綾那の肩の荷が下りた気がした。


(なんか勝手に、騎士なんだからきちんとしなきゃとか、真面目にPRしなきゃとか、難しく考えていたけど……もっと単純に、もしかしたらスタチューのノリで良いのかも? すぐに結果は出なくても、皆が騎士を身近に感じて、親しみをもつような――「こういう面白い職場なら働いてみてもいいかな」って思えるような)


 綾那は、「なんだか面白くなって来たぞ」と思った。まるで、身内ノリで『四重奏』を発足したあの時のように「何をすれば皆が喜ぶのか、面白がるのか」と考える。


「幸輝、楓馬。「騎士って面白いな」って思った事ある?」

「へ? なんだよ、急に……面白い?」

「こう、親しみがあるなっていうか、近所のお兄さんみたいで一緒に遊びたくなるっていうか」

「俺ら颯月と仮面のおっちゃんぐらいしか、まともに話した事ないから……騎士がってのはよく分かんねえよ」


 仮面のおっちゃんとは、もしや竜禅の事だろうか。彼自身よく「綾那殿が思うよりもずっと年上」と言うし、幸成に「オッサンじゃん」と揶揄されて「一体いくつだと思っている」と言うものの、さほど年嵩としかさには見えないのだが。

 やはり子供からすれば「おっちゃん」なのか、顎髭もあるし。彼の素顔を見た事は一度もないが、綾那は思わず苦笑した。


「ね~、僕まもの肉の話好きだよ~」

「わ、朔、起きてたの? ごめんね、今日はうるさくしないようにと思ったんだけど」


 むくりとベッドから体を起こした朔は、目を擦りながら「ん~ん、起きる時間だった~」と屈託なく笑った。そして、改めて「まもの肉、面白いんだよ」と言って、綾那の膝の上に飛び乗る。


「まもの肉? それは――魔物のお肉?」

「そう、まものの肉。にーちゃんが言ってたんだけどね、まものって種類によっては牛や豚みたいに食べられるんだって。それも、頬っぺた落っこちるぐらい美味しいらしいよ!」

「へぇ、そうなんだ!」


 朔の言葉に、綾那は「表」の魔獣を想像した。例えばこちらへ転移させられる直前に倒した熊の魔獣。もしあれが討伐後、核に姿を変えず肉体がそのまま残っていたとしたら――ジビエ的にはアリかも知れない。味の想像はつかないが、ギフトが暴走する以前は普通の熊だったのだ。体が大きい分、肉もたくさん獲れるのではないだろうか。

 まだこちらで出会った魔物とやらが亀一択のため、綾那は「すっぽん、珍味的な――?」としか考えられないが、きっと牛や豚に似た魔物も居るのだろう。


「ああ、俺もソレ聞いた事ある。でも、捌いてすぐに調理しないと臭くて食べられたもんじゃないって言ってたな。だからいくら美味しくても、絶対に市場には出回らないって」

「えっ」

「俺一回だけ颯月に食べさせてもらった事あるぜ! マジでめちゃくちゃ臭くてまずかった! まずくてしばらく笑い止まらなくなったもんな~……でも、もしかしたら颯月、俺らに嘘ついたのかもだぞ? ホントは捌いてすぐも激マズだったりして!」

「――な、何それ、めちゃくちゃ面白そうじゃない!」


 子供達の言葉に、綾那は大きな衝撃を受けた。

 騎士、または傭兵のように戦闘職の者にしか口にする事が出来ない、魔物の絶品肉料理。それだけでもネタとして興味深いのに、捌いて時間が経つと途端に『笑ってしまうほどの激マズ料理』に成り下がるため、市場に出回らないなど――動画にすれば楽しめそうではないか。


(確か宣伝動画を流す時は、街の大衆食堂のモニターを借りる予定なんだよね。その美味しくない魔物肉とやらをいくつかお店に卸して、動画を見たお客さんが騎士に興味をもつだけでなく、好奇心でを注文してくれれば――ついでにお店の経済も回せてWinWinなんだけど、どうだろう? 「表」だったら美味しいモノは勿論、「美味しくない」とか「臭い」とか言われると「どんなものだろう、試しに食べてみたい」って話題になるものだったような)


 実際にやってみない事には分からないが、そう悪くない案に思える。まずは颯月から魔物肉の詳細を聞いてみて、それから騎士団上層部へ企画のプレゼンだ。

 久々に動画づくりに携われるという事もあり、綾那は胸を躍らせた。

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