第43話 撮影機材

「お待たせ、持ってきたよ」


 幸成の手には、比較的小型の撮影機材が握られていた。まるでテレビ番組のロケで使われるようなものだ。手にもって移動できる大きさのカメラにはマイクも付いていて、綾那は「結構、本格的なんだな」という感想を抱く。


「水晶体――レンズには、明度を自動で調節するための光と闇、あと映像を映し込むために水魔法の陣が刻み込まれてるんだ。マイク部分には風魔法の陣が敷かれてるから、これで収音できる。それから――」


 幸成がカメラの横をパカリと開くと、中から透明な板のようなものが出てきた。その板はクレジットカード大で、一見すると何に利用するものなのか分からない。よく見ると、金色の字で魔法陣のような紋章が刻まれているようだ。


 彼は、その透明なカードを綾那に見せながら説明を続ける。


「コレが記録媒体の魔具。今は透明だけど、映像を撮り溜めていくと段々色がついてって――透明な部分が全部染まると、容量がいっぱいって事なんだ」

「へえ、不思議! 面白い!」


 綾那は目を輝かせた。大きい上に透明なカード。「表」の記録媒体とは全く違うが、これが奈落の底でいうSDカードなのだろう。色で空き容量が一目瞭然というのは、便利で面白い。

 ただ魔具というからには、何から何まで魔力がなければ使えない代物だ。綾那が使うためには、誰かに魔力を分けてもらう必要がある。


 幸成はそのまま、リベリアスで行われている動画配信の仕組みについて話し始めた。


「天気予報や、国の催事の配信ついてだけど――この魔具を使って撮影したら、記録媒体を専用の魔具で複写して各地へ配るんだ。あとは、モニターの魔具に差し込むだけで何度でも繰り返し映像を流せるって訳。大衆食堂の場合は、客でも弄れる場所にモニターがある。だから、「見たいヤツはお好きな時に流してね」って感じかな。ちなみに、撮影者はその時々で変わるけど、大抵は各街役場の人間がやるよ」

「なるほど……では、例えば大衆食堂に自作の映像を撮った記録媒体を持ち込んで、お店で「流して欲しい」とお願いした場合はどうなりますか? 何か、流す事に関する契約のようなものが存在するのでしょうか」

「ははあ、大衆食堂を利用するヤツら相手に宣伝しようって訳か? 確かに、昼時なんかは人でごった返すもんなあ」


 感心した様子の幸成は、カメラの魔具を机の上に置くと、和巳に「アレって契約とか決まりとかあんの?」と問いかけた。


「いえ、特に契約や条例がある訳では――そもそも映像を流すこと自体が義務でなく、自由意志ですからね。街の食堂だって、大型モニターを置けば物珍しさから集客を見込めるという意図で置いているはずですよ」


 そこで一旦言葉を区切った和巳は、何事か考え込んだ。そして間を空けてから、再び口を開く。


「飽和状態にある天気予報や催事の告知よりも、個人で作成した動画を置く方が目新しさがあって、閲覧目的の客が増えるかも……他所ではやっていない試みですし、店主に喜ばれる可能性はあります。ただまあ、流す内容にもよるでしょうけれど」

「良かった。じゃあ、流すこと自体はそう難しくないかも知れませんね。あとは、騎士になる事のメリットを調べるのが問題で――あ、ねえ、幸成くんはどうして騎士になったんですか?」

「え、俺? ああー……実は元々そんな興味なかったんだけど、まあ……ほら、モテるじゃん?」


 他三人と比べて、なんとも分かりやすい理由を述べる幸成に、綾那はつい笑みを漏らした。

 幸成はただでさえ整った顔立ちをしているのだから、わざわざ騎士にならずともモテただろうに――のモテ方では満足できなかったという事だろうか。

 しかし彼の回答に、竜禅が首を傾げた。


「幸成が騎士になったのは、桃華嬢が理由だったはずだろう」

「桃ちゃんが?」


 竜禅の言葉に、綾那もまた首を傾げる。幸成は「なんで言うかな」と、気まずそうに目を逸らして、頬を掻きながら口を開いた。


「いや、アイツ昔から「騎士と結婚したい。騎士に憧れる」って言ってたから……他にやりたい事もなかったし、じゃあ別になっても良いかなって。アイツ服屋じゃん? 騎士服を着たヤツを見るのが、特に好きなんだってさ」


 彼の入団理由が意外と甘ったるい事に、綾那は目元を緩ませた。桃華が制服フェチというのも意外である。


「やっぱり女性は、騎士に憧れるものですか?」

「うーん……いや、やっぱ正直モテるよ。俺も街中を巡回してるだけで、女の子からモノもらえるしさ。ただ、結婚まで行けるかって言うと――なかなか家庭をもち辛い職業だとは思う。運よく結婚できても、『職種別三年以内の離婚率』堂々の第一位だよ? 目も当てられねえっていうか」

「り、離婚率まで? ああでも、異動――常に領中を巡回しないといけないんですもんね。駐屯地を固定するのは、やはり難しいですか」

「それをやるには、圧倒的に人員が足りねえかな」


 なかなか上手く行かないものである。まあ、そう簡単にいくならば、こんな問題とっくに解決しているだろう。人員補填が上手くいかないからこそ、颯月は綾那を餌に団員を集めようなんて手段を思いついたのだから。


(うーん……私がダメなら、他の――例えば桃ちゃんに客寄せパンダを頼むのは、難しいのかな)


 彼女はとても愛らしいし、何より華奢な体躯だから、綾那と違ってアイドクレース人からも好かれるはずだ。


「あの、お家の手伝いで忙しいのは分かりますが、桃ちゃんには『広告塔』を頼めないのですか?」

「こう見えて成は嫉妬深い、桃華だけは無理だな」

「違ぇよ、嫉妬どうこうじゃなくて――桃華はダメ、そういうの向いてない」


 颯月と幸成に真っ向から否定されて、綾那は「ダメか」と潔く諦める。となれば、やはり騎士を演者にして動画をつくるしかない。

 綾那は鞄からスマートフォンを取り出すと、メモパッドを起動した。騎士になるメリットとデメリットを、明確に書き出すためだ。


「ここで一か月もお世話になっておいて、ご挨拶もまだなんですけど……私、広報係として騎士の皆さんから直接お話を伺っても平気ですか? 訓練中はお忙しいと思うので、お食事の時間に少しずつ聞くか――お部屋を訪問しても構わなければ、一人一人訪ねます」

「部屋を――? …………俺が同行して良いなら許可する」

「え? でも、やっぱりの前だと気を遣っちゃいませんか?」


 綾那が聞きたいのは生の声であって、団長を前にして「国の発展のために」とか「領民の安全を守るために」とか、高尚な建前を言われても困るのだ。

 それに、ただでさえ拘束時間が長いであろう騎士。彼らが体を休める時間だというのに、勤務時間外の私室へ騎士団長が訪ねてくるなど、パワハラに他ならない。

 出来る事ならば、颯月とは――いや、今この場に居る役職もちの騎士とは、共に聞き込みをしたくない。


 やはり現状、部外者である綾那一人で騎士団本部や宿舎をうろつくのは、まずいだろうか。綾那が眉尻を下げると、幸成はどこか呆れた様子で口を開いた。


「颯、そんな神経質にならなくても大丈夫だって。綾ちゃんがお前の指輪してる以上、誰も手出しなんてできねえよ。なんなら、初めに全員集めて挨拶がてら釘刺しとけば良いだろ? じゃなくて、本物の婚約者だって脅せば済む話じゃん」

「ええ――しかし、颯月様の心配も分かりますよ。いくら顔を隠しても、綾那さんが女性である事は一目瞭然ですから……皆がおかしな気を起こさなければ良いですけれど」


 幸成と和巳の言葉に、綾那はキョトンと目を丸めた。

 なぜなら綾那は、この国の憧れの対象である正妃と何から何まで正反対だ。だから教会の子供達にも、アイドクレースでは不人気だと揶揄されたのだ。

 しかし、それがいざ一人で騎士に会いに行くとなると、貞操の心配をされるなど――話が違うではないか。そこまで考えた綾那の脳裏をよぎった可能性は、ただひとつだけである。


「――まさか騎士の皆さんは、死ぬほど婚期を逃した結果「もう、女性であればなんでも良い」というレベルに到達されていますか?」


 綾那が問いかけると、応接室に妙な沈黙が流れた。つまりは、それが答えなのだろう。

 であれば、自衛するためにも単独行動は避けた方が良いのかも知れない。綾那は、本当に上手く行かないものだと項垂れたが――しかし和巳が咳払いをしたため、顔を上げる。


「アイドクレースの騎士は、基本的に領内を巡回します。ただし魔物が爆発的に増えた場合や、何か不測の事態が起きた場合は、他領から応援要請を受ける事もあります。そうした際には、遠方まで足を運ぶのです」

「へ? はあ、それは、大変ですね……?」


 異動どころか、何百キロと離れた他領まで出張させられる事もあるとは――また新たなデメリットの登場である。しかしなぜ、今そんな話をするのだろうか。綾那が小首を傾げれば、和巳は補足説明を続けた。


「つまり騎士は、アイドクレース人以外の女性を見る機会に恵まれるという事です。それはもちろん、個人の趣味嗜好はあるでしょうが――しかし騎士ならば、いかに綾那さんが魅力的な女性であるのか正しく理解できますよ。ですから、「女性であればなんでも良い」と言うのは、やや語弊がありますね」


 綾那は胸中で、「わざわざフォローしてくれたのか」と理解した。別に落ち込んではいなかったのだが――教会の子供達からこれでもかと体形を揶揄されて、既に、かなりの免疫をつけられたので――――それでも、彼の優しさが身に染みる。

 綾那はニッコリと微笑んで「ありがとうございます」と礼を言った。


「とにかく、綾一人で宿舎をうろつくのは許可できん。俺がダメなら他のヤツでも良いから、一緒に連れて行け。必ずだ」


 颯月の忠告に、綾那は頭を悩ませる。この場に居る誰を連れて行っても同じ事だからだ。

 誰かひらの騎士で同行してくれる者が居れば一番良いのだが、綾那に平騎士の知り合いは居ない。どうしたものかと考えたところ、ふと一人の男を思い出した。


(あ、違う――居るじゃない、


 綾那が思い浮かべたのは、桃華救出の際に出会った賊――旭であった。お互いの利害の一致から、彼は今、アイドクレースの騎士として働いているらしい。


 彼ならば全くの初対面ではないから、安心だ。元犯罪者ではあるが、綾那も同じ穴のむじななので構わない。この領に拾われた恩義があるからには、綾那に妙な真似をして追い出されようなんて、露ほども思わないはずだ。

 更に付け加えるならば、旭は綾那がビアデッドタートルの甲羅を砕く所を目の当たりにしている。彼は相当引いていたし、わざわざ綾那ゴリラに手を出す利点が見当たらなかった。


「ねえ颯月さん、旭さんはお忙しいですか? 彼が一緒に聞き込みしてくれると、嬉しいなと思うのですが――」

「旭? ……なんで」

「えっと、私の隣に立つのが役職のない平騎士さんだったら、皆さん正直に話してくれそうだなって」


 綾那の言葉に、颯月は顎に手を当てて黙り込んだ。その表情は憮然としていて、お世辞にも機嫌が良さそうには見えない。

 やはり訳アリだったとはいえ、一度でも賊に身をやつしていた彼らは、まだ颯月の監視下に置かれているのだろうか。だとすれば、綾那の要求は面倒極まりないかも知れない。


(一旦、生の声は諦めるべき? ここは大人しく、この場に居る誰かを指名した方がスマートなのかな――)


 綾那は要求を撤回しようとしたが、しかしそれよりも先に颯月が口を開いた。


「旭は、俺とアンタが「契約エンゲージメント」する所を目の前で見てる。俺の婚約者だってハッタリは効かねえぞ、それでも旭が良いのか? もしも口説かれたら?」

「その旭さんの目の前で思いっ切り亀の甲羅を砕きましたけど、それでも口説いてくれるのでしょうか――」

「…………俺なら、面白すぎて口説くぞ」

「いや、たぶん颯が特殊なだけだから、その心配はするだけ無駄だと思うわ」


 きっぱりと断言する幸成に、颯月は「もし綾に何かあっても責任とれん癖に、よく言う」と胡乱な目を向けた。そんな二人のやりとりを尻目に、横から竜禅が口を挟んだ。


「しかし颯月様、彼ならば適任だと思いますよ。彼自身がアイドクレース騎士団に馴染む、よいキッカケにもなるでしょう」

「……まあな」


 曰く、賊に身をやつしていた旭らは、入団後も周囲に遠慮してしまって、上手く馴染めていないのだそうだ。

 アイドクレースの騎士には、彼らが賊であった事を話していないらしい。ただ他領で騎士をしていたが、諸事情により領を追われ、路頭に迷っていたため入団させた――という事になっている。


 自業自得とはいえ、彼らが元犯罪者だと後ろ指を指されて、団内の雰囲気が悪くなるのは面倒という理由からだ。それに、彼らのように本来清廉な人間には、罰しない事が何よりも重い戒めになる場合もある。

 事実その戒めが重すぎたせいで、他の騎士と打ち解ける資格がないと思っているのだろう。


 旭は、自分達の起こした行動を深く後悔しているらしい。生きるため、家族のためとはいえ――桃華の誘拐に手を貸してしまったのだから、それは悔いるだろう。元が清廉潔白な騎士だったのなら、尚更だ。


(だけど逆を言えば、旭さん達が誘拐の実行犯だったからこそ、桃ちゃんが無事で済んだのに)


 もしも最初から「転移テレポーテーション」もちの男達が出張でばって来ていたら、正直綾那に打つ手はなかった。ギフトで十キロ以上離れた場所まで桃華を転移させられてしまったら、「追跡者チェイサー」で匂いを辿る事など不可能なのだから。

 旭らが手足を使って攫い、馬車で移動して、更には「転移」もちの男達から桃華を守ってくれたからこそ――彼女を無事救出できたのだ。


「仕方ない――綾、くれぐれも気を付けろよ。最悪、自衛のためなら旭をビアデッドタートルしてもいい」

「ですから、「ビアデッドタートルする」とは一体どういう状況を指すのですか……?」


 綾那は思わず苦笑いを浮かべたが、しかし、これで団長の許しは得られた。広報として少しでも尽力できるよう、旭と共にすぐにでも聞き込みを開始したい。


「とにかく、旭さんにご挨拶をしたいのですが――騎士団に入られてからは、一度もお会いしていないので」

「分かった、早急に済ませちまおう」


 颯月が「禅、旭を呼んで来い」と命じれば、竜禅は短い返事をして応接室を後にした。

 綾那が出会った時はだいぶ身なりが汚れていたが、騎士になった旭はどんな姿になっているのだろうか。綾那は彼との再会を楽しみに思いながら、竜禅が戻って来るのを待った。

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