第42話 会議

 ――綾那が奈落の底へ落ちてから、あっという間に一か月が過ぎてしまった。

 すっかり夏になったアイドクレースは、連日猛暑日を記録している。といっても年中温暖なアイドクレースは、冬でも気温25度を下回らないそうだ。

 なんにせよ、暑さに弱い綾那にとっては過ごしづらい季節がやって来た。


 相変わらずキューは姿を見せないし、四重奏のメンバーと再会する事もない。

 綾那に与えられた初仕事である教会の継続的な視察については、もう二、三日中にでも早速二度目の訪問をするかと颯月から声掛けがあった。

 ただ、当初勧誘された騎士団の『広報』については難航している。


 というのも、颯月の考えは元々、綾那の顔を広告塔にして独身の男達を集める――というものだった。しかし竜禅と正妃から「輝夜に似ていて危険だから、顔を隠せ」と忠告されて、その目論見は潰されたのである。


 とにかく異性との出会いに飢えている現役の騎士であれば、目元を隠した姿の綾那であろうが、女性と分かれば喜んで受け入れてくれるだろう。しかし、新たな入団希望者を募る場合は、そうはいかない。

 マスク女が「入団待ってます」と呼びかけたところで、顔が見えない以上大した魅力はないのだから。


 何せ綾那のメリハリのあるプロポーションは、アイドクレース領の人間からすれば不人気である。唯一領民にも通用する顔を隠してしまえば、悲しいかな釣り餌としての価値はほぼ無いに等しいのであった。


「綾ちゃんを広報にっていうのは、現状難しいかもなあ。やっぱり、美人だからって強みがマスクで潰されると――かといって、外す訳にはいかないんだろ?」


 初日に綾那が尋問された、騎士団本部の応接室。

 一か月ぶりにこの場へ招かれたかと思えば、初日と全く同じ顔触れによって、綾那の今後についての話し合いが始まった。

 幸成の問いかけに、竜禅が頷く。


「マスクを外して人前に出るのはダメだな、危険すぎる」

「綾ちゃんの笑顔が、伯母おば様に似てるんだっけか。俺、伯母様の顔知らないからなあ」

「私も、当時あまりに幼くご尊顔を覚えていないので、なんとも言えませんね」


 聞いた話によると、幸成は十九歳、和巳は二十七歳、そして颯月は二十三歳らしい。竜禅の年齢については、「綾那殿が考えるよりもずっと年上だ」とはぐらかされたため、不詳である。


「正妃サマが言うには、陛下に見つかると面倒な事になるらしい。年齢差を考えろとは思うが、綾が側妃に召し上げられでもしたら笑えねえからな」

「嘘ぉ……俺も陛下の執心具合は、親父からそれとなく聞かされた事あるけど、さすがにそこまでは――」

「いや。誤解を恐れずに言えば、輝夜様に対する陛下の執着は、ほとんどご病気の域だった。綾那殿に輝夜様の面影を見出せば最後、次は死なせぬようにと何をされるか分からないぞ――最悪、牢に囲って誰にも手出しできんようにする事さえ考えられる」


 竜禅の説明に、幸成は「うへぇ」と表情を歪ませる。しかしその後、小声で「いや、でも颯ってやっぱり、陛下の子供なんだな……綾ちゃんの事「例え檻に閉じ込めても、笑って許してくれそうだから可愛い」って言ってたもんな、血は争えないって事か――」と呟いた。

 颯月は「病気の人間と一緒にするな」と言って幸成の頭を小突いたが、彼もまた「颯も十分、病気なんだよ」と悪態をつく。


 我が事ながら、いまだこの世界の常識を知らない綾那には、建設的な意見を述べる事ができない。ただぼんやりと皆のやりとりを眺めていたのだが――ふと、気になった事を口にする。


「竜禅さんって、もしかして元々は輝夜様にお仕えしていらしたんですか?」


 以前、彼が「我が主」と口にした事を思い出す。竜禅の主は颯月のはずだが、彼の事をそう呼んでいるのは聞いた事がない。国王の事も詳しいようだし、その可能性は十分ある。

 彼は、綾那の言葉に頷き返した。


「ああ、私は輝夜様の従者だった。しかし死の間際に颯月様の事を託されて、今に至る」

「禅は元々、伯母様とルベライトに居たんだっけか?」

「ルベライトというと、北方の領でしたよね。では輝夜様の出身は、王都ではなく――」

「ああ。俺の肌が白く焼けにくいのは、母上の遺伝らしいぞ」


 綾那はなるほどと納得した。母親が北方の人間で色白だったから、年中温暖な気候に恵まれたアイドクレースで生まれ育ったにも関わらず、彼は色白なのだろう。

 ただでさえ悪魔憑きの証である金髪交じりで、その上この辺りで珍しい白肌とは――それは、彼が周囲の目を惹いて止まない訳である。


「輝夜様は、大層過保護なご両親の元で、蝶よ花よと育てられたが――ご出身であるルベライトを田舎だと断じていてな。こんな田舎で人生を終えるのは嫌だと、十六になってもあえて婚約者を作らず、法律に抵触して領を追い出された。そうして、自ら望んで親元を離れられたのだ」

「はあ、それはまた――」


 親元を離れて上京するために、国の法律を利用したのか。もっと他に穏便なやり方があったのではないかとは思うが、もしかすると過保護な親が、それを許さなかったのかも知れない。


 しかしよわい十六でそんな思い切った行動に出るとは、何とも肝の据わった女性である。


「輝夜様は王都に辿り着いてすぐ、たまたま街の視察に訪れていらした陛下に見初められてな。彼女もまた、田舎から出てきてすぐ、国で最も尊い殿方である陛下に求められて、満更でもないご様子だった。側妃に召し上げられるまで時間を要さず、颯月様を身ごもられたのは十七の時だ」

「まあ、陛下は随分と情熱的な方なんですね」

「ああ。本当に情が――情のかけようが、尋常ではなかった。従者である私も共に陛下の膝元へ参ったが、男である私が輝夜様の傍にはべるのが、それはもう酷くご不快な様子でな。このマスクも元々は、陛下の命を受けて付けるようになったものだ」


 ふぅ、とため息交じりでマスクのふちをなぞる竜禅を見て、綾那は首を傾げた。


「側妃を直接見るな、側妃にその顔を見せるな――と言われて。くわえて輝夜様が逝去された後は、二度と己以外に見せたくないからと、彼女の顔が分かる資料を全て隠された。だから颯月様は、実母の顔すらご存じないのだ」

「えっ、やば――あ、いえっ、不敬ですよね、ごめんなさい」


 思わず馬鹿正直な感想を零した綾那に、竜禅はふっと笑みを漏らして「そうだな」と言った。

 綾那はまだ国王と会った事も、見た事もないが、とにかく情熱的で束縛癖のあるヤバめの男性というイメージを植え付けられてしまった。

 正直、それほど輝夜に執心していたと言うならば、いくら「笑顔が似ている」とはいっても、全くの別人である綾那に興味など湧かないのではないかと思うが――。

 しかし、そこまで熱心に愛した女性が亡くなってしまうなんて、国王は一体どれほどの苦痛を味わったのだろうか。少なくとも、自分の息子を殺したいと思うほどに苦しんだのだ。

 もしかすると、冗談ではなく本当に精神を病んでしまっているのかも知れない。


「そういう訳で、人前でマスクを外すのは反対だ」

「よ~く分かったよ。けど、じゃあどうするよ、綾ちゃんの仕事。颯に養われるんじゃあ、ダメなんだろ?」

「だ、ダメですよ。この指輪は一時的にお借りしているだけで、私は颯月さんの友人としてこちらのお世話になるんですから」

「んー、せめて、戦闘職禁止の法律がなくなればなあ」


 幸成は腕組みをすると、椅子の背もたれに体重をかけて天井を見上げた。彼が言っているのは恐らく、女性の戦闘行為を禁止する法律の事だろう。それさえなければ、綾那を騎士として雇うのもやぶさかではない――と。


 綾那は慌てて首を振った。


「私、魔法が使えないので、そもそも役に立たないですよね」

「え? いやいや、ビアデッドタートルの甲羅を武器なしで叩き割るぐらいなんだから、役に立つでしょ。魔法が効かなくて物理でいくしかねえ生き物なんて、他にも掃いて捨てるほど居るし」


 あれはギフトによる特殊なガントレットで殴ったのであって、決して丸腰ではなかったのだが――。幸成に「そういえば腕相撲の時、メチャクチャ手加減してくれてたんだね。俺まで叩き割られなくて良かった、ありがとう」と続けられて、綾那は複雑な思いを抱く。


 しかし実際問題、法律で禁止されている以上、この件は論ずるだけ無駄だろう。それを表すように、颯月が小さく息を吐いた。


「法律の改正については、王太子殿下が王位を継承した後の話だな。殿下は、騎士の労働環境改善のために最善を尽くしてくれるらしいから」

「王太子殿下、ですか――」


 綾那はふと、和巳の言葉を思い返した。彼が王族について説明してくれた時、そう言えば「正統な後継者が一人居る」と言っていたなと。


 本来ならば颯月だって、血筋的には王になってもおかしくないのだ。ただ一生涯悪魔憑きのため子を成せず、血統が全てである王族の血を繋げない。しかも勘当されていて、王族と縁を切っているため――そもそも継承権自体がないのだろう。


 王太子殿下とは、一体どんな方なのだろうか。そうして思いを馳せていると、和巳が生温かい目をして笑みを浮かべた。


「まあ、そうでしょうね。颯月様の為になるなら、殿下はなんだってして下さると思いますよ」

「颯月さんと王太子殿下は、仲が良いんですか?」

「はい。既に縁を切っているとはいえ、元々は義兄弟ですからね。王太子殿下は正妃様の実子で、颯月様の義弟君おとうとぎみにあたります」

「ちなみに超ブラコン――しかも、互いに」


 どこか呆れた様子で半目になって言う幸成に、颯月は「失礼な野郎だな」と短く反論した。しかしそれ以上の言葉を続けないあたり、恐らくブラコンの自覚はあるのだろう。

 颯月は正妃との仲が複雑なようだし、国王とは縁を切っている。ただ義弟とは仲が良いのだと聞くと、綾那は密かに胸を撫で下ろした。

 家族と呼べる者が居ないのでは、あまりに寂しいと思っていたが――どうやら余計な心配だったらしい。


「では、颯月さんご自慢の王太子殿下なのですね」

「ああ。陛下が気になさるからと、正妃サマから距離をとるように言われて……しばらく会えていないがな」

「あら、それは寂しい」

「いやいや。殿下、事あるごとに視察だって言って騎士団の訓練場に足運んでるからな」

「顔見せだけだろ、話はしてねえ。距離とれなんて言うから、本来なら団長の俺が対応すべきなのに、いつも禅に任せてるじゃねえか」

「……はいはい」


 目を眇める颯月にため息を吐く幸成を見て、綾那はフフと小さく笑みを漏らした。正妃から距離をとれと命じられても顔を見に来てしまうなんて、どうやら本当に仲のいい義兄弟らしい。


 綾那が一人納得していると、和巳が空になったカップにお茶のおかわりを淹れてくれたので、礼を言った。こくりとお茶を飲み下した後、ほうと息をついてから「ところで、何の話をしに集まったのだったか」と思い返す。


(ああ、私に出来る仕事はなんだって話だっけ――なんだろうなあ)


「表」に居た頃の自分が何をしていたのかを思い出してみる。けれど、そもそもスターダムチューブ一本で、所謂いわゆる普通の仕事をしていないため、なんの参考にもならない。


 であれば、動画づくりに際して経験したものを仕事に活かせないかと考える。

 楽器の演奏やダンスなんかは得意だが、しかし顔を隠せと言われた以上、披露したところでやや盛り上がりに欠ける。入団しなければ見られない正体不明のダンサーを気取ってみたところで、それ目当てに入団希望者が増えるとは考えづらい。


 運動神経、師匠仕込みの格闘技に自信があったところで、そもそも女性の戦闘行為は禁止されているから論外だ。

 日常的に四重奏の食事管理をしていたため料理は得意で、他にも裁縫や洗濯、掃除など家事全般できるのだが――しかし、奈落の底で家事をするには、とにかく魔力が要る。

 蛇口から水を出すにも、コンロの火を点けるにも、掃除機に電気を通すにも魔力を流す必要があり、人様に充填してもらった魔石無しに何もできない綾那では、要領も効率も悪すぎる。


 ――やはり綾那には、動画しかない。広報係として騎士団の労働環境、メリット、デメリットを周囲に正しく伝えて、騎士の新規獲得を図る。これしかないだろう。


 例えば綾那自身が演者になれないのであれば、他の騎士を撮影するのはどうだろうか?

 綾那が動画の企画、撮影、編集をして、出来上がったものをアイドクレース領へ流すのだ。動画を使って大々的に宣伝すれば、「騎士になるのも悪くない」と考える者が出てくる可能性がある。


 綾那は一つ頷くと、議長である颯月に目を向けた。


「えっと、『広報』についてなのですが――騎士の皆さんが広告塔になるのを、私が企画・支援するというのはいかがですか?」

「……綾じゃなくて、俺らが広告塔に? 意味あるのか、ソレ」


 首を傾げる颯月に頷き返すと、綾那は己が仲間と共に「表」でやっていた仕事について簡単に説明した。


 四重奏がやったのは、まず映像動画を作成して大衆に流して、グループの知名度を上げる事だ。顔が売れれば企業から声がかかり、商品を試用した感想を流すよう依頼される事もある。

 それを繰り返せば、やがて大衆は綾那達が特別な人間であると思うようになり――憧れを抱き、「四重奏が言う事は絶対的に正しい、一生ついていく、自分もああなりたい」と、妄信して追従する者が出てくる。


 名が売れれば売れるだけアンチも増えるが、スタチューではファンだけでなくアンチもついてこそ、真の人気配信者であるという側面もあった。

 勿論、アンチばかりではやっていけないので、ファンとアンチの割合バランスは重要だが――。


 元々花形職業で人気があったという騎士にも、動画で職業を宣伝するという手法は十分通用するはずだ。現在は、とにかく死ぬほど婚期を逃すしんどい職業というイメージが蔓延しているようだが、その残念なイメージさえ払拭できれば、すぐにでも結果が出るのではないだろうか。


「私はずっと演者だったので、人様をプロデュースした事はありません。でも、培った経験は活かせるんじゃないかと思うんです。私が広告塔として使い物にならないなら、せめて騎士という職業の大変なイメージを払拭するための、宣伝動画づくりに協力できないかと――」


 綾那の提案に、騎士達は熟考するように黙り込んだ。ややあってから、一番に口を開いたのは幸成だ。


「面白そうだけど、個人がつくった動画を流すって文化がないからなあ……この国で配信される動画と言えば、天気予報や国の催事ぐらいじゃん?」

「えっ、そうなんですか!? いや確かに、そもそもテレビっぽいものがどこにもないなとは思っていましたけれど――」


 綾那が与えられた個室、そして宿舎の食堂。街歩きをしていても街頭モニターなど見当たらず、正妃に連れられた高級レストランにも、その後に颯月達と立ち寄った庶民向けの居酒屋にも、テレビらしきものは設置されていなかった。

 しかし『動画』という概念は存在すると言うから、てっきり何かしらの放送はされているのだろうと思っていたのだが――まさか、そこまで娯楽に乏しい世界だったとは。


「映像を映すための魔具は、王都じゃ街の大衆食堂ぐらいにしか置いてないんじゃねえかな。金持ちなら自宅に小型モニターぐらい置いてあるだろうけど、庶民はなかなか。そもそも天気予報も催事も、至る所に紙で掲示されてるからさ、必ずしも映像で見る必要はないんだよな」

「ちなみにその映像は、どういう仕組みで流されているのですか?」

「えーと……まず、撮影用の魔具を見た方が早いな――ちょっと待ってて、持ってくるから」


 そう言うと幸成は、応接室から出て行った。そもそも動画を流す文化がないと言うのならば、綾那の構想を実現するのは難しいだろう。


「颯月さんは元々、私を広報としてどう使おうと考えていらしたのですか?」

「そうだな……とにかく顔を売ろうと思っていた。騎士の巡回に同行させるとか、騎士団に従事する者として写真を出回らせるとか――正直、それだけで男を釣れるほど、アンタは顔が良い」


 突然手放しに褒められた綾那はグッと言葉に詰まったが、しかしなんとか「恐縮です」と口にした。和巳は二人のやりとりを微笑ましそうに見ていたが、ふと何かに思い当たると、心配そうな表情を浮かべた。


「しかし、仮に綾那さんのいう手法がとれたとして――正直、騎士のイメージを払拭するというのは、なかなかに骨が折れる事だと思いますよ。「結婚できない」「一所に定住できない」「命の危険が付き纏う」の三点は、変えようのない事実ですから」

「はい。嘘はよくないので、やはりその三点は前提条件として伝えるべきだと思います。ただ、そのデメリットがあまり気にならなくなるような、メリットの存在を伝えられれば――」

「メリット、ですか。メリット…………」


 困ったような表情になって考え込む和巳の姿に、綾那は焦りを覚えた。「まさか、ないのか? 騎士になるメリット」――と。

 かつては花形職業だったと言うからには、決してメリットがないはずはないのだ。揃いの騎士服に身を包むのが格好いいとか、領民の安全を守るために魔物や眷属と戦う栄えある仕事で、皆から尊敬されるとか――何か、騎士ならではの利点があるはずである。


「み、皆さんは何故、騎士を志したのですか……?」


 これは、動画づくりのためにもまず聞き取り調査が必要だ。この場に居る者だけでなく、可能ならば現役の騎士全てから話を聞きたいぐらいである。

 綾那の問いかけに、まず竜禅が軽く手を上げて答えた。


「全く参考にならず申し訳ないが、私は颯月様の傍付きで居るために成り行きで入団した口だ」

「では、颯月さんは?」

「悪魔憑きは魔力量がとんでもないって話をしただろう? 法律で定められている訳ではないが、正直騎士になって戦場に身を置くか、施設勤めで大陸中に魔力を送り続ける歯車になるかぐらいしか選択肢がない。俺は一生悪魔憑きだから――実力至上主義の騎士になれば、死ぬまで好き放題できると思ってな」

「まさか、この若さで団長にまで昇り詰めるとは思いませんでしたが、確かに颯月様は好き放題されていますね」

「陛下や正妃サマが相手じゃあ、手も足も出せんけどな」


 竜禅は「わざわざ手足を出す必要性がないでしょうに」と颯月をたしなめた。この二人の場合、入団理由が特殊であまり参考にはならないようだ。


「和巳さんは、どうして騎士に?」

「私ですか? 私は――そうですね。父母共に騎士の家系だったので。昔から騎士を見る機会が多く、なんと言うか、私も成り行きで――」

「おい和、それらしい作り話で格好つけんな。アンタは「女と間違われたくないから」騎士になったんだろうが」

「ウッ、ゲホッ、ちょ、颯月様……! 人が深刻に悩んでいるコンプレックスを揶揄するのは、いかがなものかと思いますが!?」


 和巳はむせると、その中性的な美貌を歪ませた。思わず綾那が苦笑すれば、彼はハッとして気まずげに顔を逸らす。


「…………まだ女性の戦闘行為が禁止されていなかった頃は、母も騎士だったのですが、今はもう――しかし逆を言えば、法律が施行された後にも騎士として働いている私は、間違いなく男であるという事ですから!?」

「は、はい、和巳さんは間違いなく男性ですよ、大丈夫です、ええ」


 やや自暴自棄に言い切った和巳に、綾那は目を白黒させた。彼の女顔に対するコンプレックスは、かなり根深いらしい。もしかすると過去、綾那の想像が及ばないような出来事があったのかも知れない。しかし、今それを聞くのは酷というものだろう。


 とにかく、彼らは揃いも揃って入団理由が特殊であるという事が分かった。あとは幸成が戻ってくれば――と思っていると、タイミングよく扉が開いて幸成が戻って来た。

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