第2話
おれが生まれるよりも前に、あるとき偉い人がこんなことを言ったらしい。
「未来は子供の姿をしているという言葉がある。ならば、この国の未来は子供に決めてもらおう」
その偉い人がただの面倒くさがり屋だったのか、都合良く子供を使おうとした狡猾な人間だったのか、それとも本気でそう考えていた理想家だったのかはわからない。ただわかっているのは、それが実行されたということだった。
未来を決めるやり方。それは学生たちによる決闘。学力、スポーツ、その他競えるものならば何でもありの戦い。『校戦』と呼ばれる、学生たち、学校同士の戦いだ。
最初に行われたのは、地方への助成金の配分を決めるためのものだった。全国の学校から、あまたの学生たちが戦いに参加し、自分たちの街のためにしのぎを削ったということだ。
それが一度だけだったのなら、歴史の教科書に珍事として小さく一行書かれて終わりだっただろう。
ところが学生たちのその戦いは日本中を巻き込んだドラマを引き起こし、大きく支持を得ることになった。戦いは一度では終わらず、政策だけにとどまらずに企業、自治体までも巻き込んで日本各地で様々な戦いが行われていった。
力のある学校や学生は企業や自治体から支援を受け、大きな戦いには多くのスポンサーがつき、学生たちが未来を決めるための戦いは日本全体を挙げたイベントとして定着していった。今では、日常のもめ事でさえも学生たちのバトルで決着をつけるようになっている。
戦いに勝ち続ける学校には優秀な学生が集まり強豪校として名を馳せ、逆に負け続ける学校には人が集まらなくなり、さらに負けていく。そんな二極化が進んでいた。
前者がついこの間までおれが通っていた、全国でも五本の指に入る実力校の共劫高校。
後者がおれがこれから通うことになる、全国でも下から数えた方が早い廃校寸前の学校、花礎高校だ。
*
「君が十倉恭二君、だね。わたしは担任の守行です。これからよろしくね」
職員室の入り口のところできょろきょろしていたおれを見つけ、そう声をかけて来たのは人懐っこい顔と優しげな声が印象的な若い女の先生だった。歳はたぶんおれと一回りぐらいしか違わないくらいだろう。小柄だが、ゆったりとした服の上からでも女性的な部分がよくわかる体つきだ。顔立ちも整っているが、美人というより明るい柔和な表情のため親しみやすいお姉さん、という感じだ。
「ごめんね、休日だっていうのに学校に来てもらって。いろいろと渡すものがあって、明日学校に来たら出して欲しい書類もあったから。あ、そういえばもう寮の方には引っ越したのかな? 都会から来ると何もなくて大変でしょ、この辺り」
守行先生はにこにこと笑いながら、おれと先生以外は誰もいないがらんとした職員室を横切って自分の机に向かう。
「こっちこっち、ここに座って一緒に確認しようか」
手招きして自分の前の椅子をぽんぽんと叩き、おれが座ったことを確認すると封筒から、付箋とクリアファイルで整理された書類を取り出す。それから、これは、これは、一つひとつ丁寧に説明していく。おれがちゃんとわかっているかどうか上目遣いに見つめてきて、自信がなさそうだと見抜くと何も言わずにもう一度説明をしてくれる。
これだけ優しくて、さらには美人で距離感も近いので、これは勘違いする男子生徒が多そうだ。
一通り説明が終わり、書類を封筒に戻してから守行先生はおれに向き直った。
「これで今日渡すものは全部かな。教科書とかはまだだよね。たくさんあって重いから、わたしが夜になったら届けてあげるから。もう、寮の部屋は片付いた?」
おれは外壁があちこち剥がれ落ちて、中もあまり手入れされていない古ぼけた寮を思い出して、言葉に詰まった。割り当てられた部屋も、少しこすっただけで足下の畳が剥がれるぐらい古い。
「えっと……まあ、それなりに……」
言いよどんだおれの表情を察したのか、守行先生が苦笑した。
「ごめんね。十倉君ぐらいの子には、ちょっと古くて汚いよね、あそこ。今までずっと誰も使ってなくて、先生たちが学校で飲み会をした後に帰れなくなって泊まるぐらいにしか使われてなかったから、痛む一方だったんだ」
「……ってことは、まさかおれひとりしかいないんですか、あの寮」
昨日引っ越してきたときに、人の気配が全くしないからまさかとは思っていたが……。
「昔は、外から来る生徒もちょこちょこいたから使われてたんだけど、ここ数年はまったくそういうことがなくて。ここに通う子たちも、みんな地元の子供たちだから」
守行先生が少し表情を暗くする。ここ数年そういうことがないのは、間違いなく校戦に負け続けているのが原因だ。
校戦に勝つ学校には人も予算も集まるが、負ける学校からは人が離れていく。人が離れた学校はさらに勝つのが難しくなり、やがて廃校に追い込まれていく。この学校、花礎高校が置かれている状況がまさにそれだ。
「でもここの子たちはみんな良い子だから、安心してね」
おれが考えていることがわかったのか、守行先生はにこりと笑って見せた。
「明日は、きたらまずは職員室に来てね。わたしがクラスに案内するから。それから、今すぐに決める必要はないんだけど……」
ちらっとおれの表情を窺ってから、守行先生が少し声の調子を落として言った。
「十倉君は……やりたい部活とか、あるかな」
言いにくそうな表情から、おれが転校してきた理由を知っているのだとわかった。担任だから当然なんだろうけど、事情を知っていてなおそれを聞いてくるとしたら、たぶんーー
「ーーあ、ごめんごめん。今のはなしでお願い。変なこと言って、本当にごめんね」
守行先生が慌ててぱたぱたと顔の前で手を振る。
「いえ、大丈夫です。考えておきます」
おれはそう言って、これ以上減んなく雨期になる前に封筒を手に取ると立ち上がった。
「それじゃ、明日からよろしくお願いします」
「う、うん。よろしくね」
失敗したなという表情の守行先生に背を向けて、おれは職員室を後にした。
おれが転校することになった原因。
それは一年生の終わり、最大規模の校戦にて共劫高校が記録的な敗退をしたことにある。
きっかけを作ったのはおれ。
その責任を取る形で、おれは転校させられたのだ。
青春と復讐を、砂糖水に溶かした絵の具で描いてみる @hisaiakira
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