第3話 砂の城
冒険者とは、一瞬が生と死を分かつ職業である。
そのことを知った私は、もっと強くならなきゃと思いながら、進む馬車の幌に儲けられた窓から外を眺めていた。
「こら、あんたまでしんみりしない。冒険者なんて、布団の上で死ねるとは思ってないからさ!!
サマンサが御者台から声をけかてきた。
「うん、わかってるつもり。でも、実際に見ちゃうとちょっとはビビるよ」
私は苦笑した。
「そのビビる気持ちを忘れないように。ちょっだけ。度を過ぎると、動けなくなるよ」
「また難しい事を」
私は笑った。
「慣れっていうとあれだけど、盗賊とか強盗みたいな輩をのことなんて呼ぶか知ってる? 一人二人じゃなくて、一体二体って数えるんだ。そこらの魔物と同じだよ」
マンドラは笑った。
「一体二体ね……。人間扱いされないとは……」
私は苦笑した。
「まあまあ、そういう暗い話は後にして、煎餅でも食べてください。
後から回ってきたのは、煎餅を入れたカゴだった。
「ありがとう。相変わらず美味い。マンドラも」
私は御者台のマンドラにカゴを渡した。
「こりゃ、ありがたい。私はあとでプリンでもお返しするかな。得意なんだ」
マンドラが笑った。
「そうですか。それは楽しみです」
おばあちゃんが、笑みを浮かべた。
私たちの馬車は街道を進み、明け方近くになって、私はマンドラと手綱を交代した。
「悪いね。さすがに眠い……」
マンドラは、すぐ裏手にあった空きシュラフで横になった。
「やっぱり、自分でやる方がいいな」
私は一人呟いた。
馬車をゆっくり走らせていると、目の前に赤い火が見えた。
「今夜は戦いばかりだね。みんな、起きて!!」
私は叫んで馬車を止めた。
「なんだ、戦か。得意だぞ」
アンガスが剣を手に取った。
「それほど大きくない。強盗団と商隊が戦ってる。夜なのに護衛もなんて不思議だね」
私は状況を考えて杖を肩に掛けると、虚空に会えた空間から、おばあちゃんの畑を狙ってくるゴブリンを退治していたライフルを構え照準を合わせた。
「……約四百メール。ジャストな距離」
私は服となりから、隊列の主と思われる人に向かっていった輩を、丁寧に狙撃していった。
その間にも、おばあちゃん以外の全員が馬車から飛び出し、邪魔者を排除していった。
商隊の馬車の周りになにもいなくなると、私は馬車を商隊に横付けにし、手を振って見せた。
「通りすがりの冒険者ってところか。アイツら全く役に立たなかったぜ。料金前払いだって聞いたから、安心してたら真っ先に逃げやった。代わりっていったら失礼だが、お前たちを雇いたい。報酬は、次の町に着くまで守ってくれたら、銀貨三十枚出す。標準価格だと思うが?」
おじさんは笑った。
「いいですよ、うちは値切らない限りいわれた通りの報酬で引き受けていますから」
私は笑った。
「そりゃありがてぇ。おい、おめえら戦いは終了だぞ。
商隊のそれぞれの位置についたのか、いかにも重そうに馬車は走り始めた。
「これは、いつ倒れてもおかしくない。リーダー、後方に下がれ」
アンガスの声が飛んだ。
いつの間にか、私の名前がリーダーに変わってしまったが、私は馬車を最後尾に付けた。
その間にみんな馬車に飛び乗り、護衛の旅が始まった。
日が昇って夜が明けて、護衛している商隊には、なんの異常もなかった。
「おばあちゃん、暇で寝てない?」
「いえいえ、皆さんの朝ご飯を作らないと……」
おばあちゃんは揺れる馬車にもめげず、凄まじい速度で包丁を動かしてた。
「無理して指切らないでよ。さて、海の見える町か。悪くないね」
行く先には、海が見える居心地が良さそうな町が広がっていた。
「そこのグーチョキパン店というパン屋さんが有名なんだよ。私も一度食べたけど、あれは並ぶ価値があるよ」
「うん、あれは美味かったな。またくるとは思わなかったぞ。
アンガスとサマンサが笑った。
しばらくすると、商隊が止まり、「朝飯だからゆっくりしてくれ!!」と、オジサンが叫んだ。
私は手を高く振って答え、馬車を路肩に留めた。
今日の朝ご飯は、ご飯、味噌汁、コンソメ味のロールキャベツ、漬物だった。
馬車の後に入ると、皆がすでに食事を始めていた。
「冒険者の基本は、頂きますなんて抜きなんだ。食べられる順、出来た順から素早く食べないと、食べられないかも知れないからな」
アンガスが笑った。
「うん、ごめんね。交代しようか?」
サマンサが、笑みを浮かべた。
「ありがとう。まだ大丈夫だよ。さて食べよう」
私は手早く食事を済ませ、食器ををおばあちゃんに返してご馳走様をした。
「おーい、この場者は優遇対象だ。旗は分かるか?」
私が御者台に出ると、商隊のオジサンが声を上げた。
「ああ、税金ね。えっと……」
大きな街を通るときは通行税を払わなければならない。
しかし、様々な仕組みがあり、この商隊は税金が掛からない特別便だと知った。
私は旗入れから緑と黄色を一本ずつ取り出し、旗立てに立てた。
「それでいい。先頭を頼む」
「分かった!!」
私は手綱を手に商隊を追い越し、先頭に立ってゆっくり走った。
この規模の町なら徴税があるなと思ったが、やはりゲートがあって一般レーンはかなり混んでいた。
私たちは空いている旗レーンに入り、私は馬車を端に寄せて止め、旗立てから旗を抜いて、ゲートに向かって×印を作った。
これは、私たちはただの護衛で、ここまでだから関係ないという意思表示だった。
そうじゃないと、商隊の一部なのかなんなのか分からないので、こういうルールである事をおばあちゃんから聞いていた。
「よし、助かったぜ。依頼料に色つけておいたぞ。またあったらな!!」
オジサンが財布を放ってきた。
それを受け取り、私は小さく笑みを浮かべた。
私は旗を片付け、馬車をゆっくり走らせて向きを変え、きた道をそのまま引き返した。
町に用事はないし、一般レーンの長蛇の列に並ぶのが、なんんとも馬鹿らしかった。
しばらく進んで行くと、サマンサが声を上げた。
「あれ、でっかい荷物をホウキにぶら下げて、フラフラ運んでいる子がいる!!」
御者台から見ると、確かになにか黒い影がフラフラ飛んでいた。
「あの子も見習いだな。でも、あれじゃ墜ちる。手助けしてくるよ!!」
サマンサがホウキをに跨がり、急発進していった。
サマンサのホウキが過放射した魔力があまりに臭いので、幌馬車ではあったが開けられる窓や後部の幌を纏めて開けた。
「これでいい。ところで、おばあちゃんと呼ぶのも問題があるので、ご老体。今度はなにをしてるんだ?」
朝ご飯が終わったばかりなのに、おばあちゃんはもう次の料理を作っていた。
「ネギを刻んでいるだけです。下ごしらえしておかないと」
おばあちゃんが笑った。
「もし、食料の欠乏があったらいってくれ。なんとかして調達する。それが、俺の第二の役目だな」
アンガスが笑った。
引き返して帰る道すがら、前方からここの王国の紋章旗を立てた馬車がやってきた。
敬意を表するために一般の馬車は停止するのが礼儀だった。
馬車を道の端に駐めると、急ぎ足の馬車が駆け抜けていった。
窓越しに喧嘩でもしてるのか、白衣を着た二人が殴り合いをやっていた。
「……喧嘩してるよ。多分、国賓が」
王族馬車が通過すると、サマンサが帰ってきた。
「いやー、大した根性だよ。これは私の仕事です。危ない時だけサポートお願いしますだって。私も見習わなきゃね。はい、幌を下ろして。換気はもういいでしょ。
私たちは苦労して、なんとか元の幌馬車形式に戻した。
「今気が付いたけど、王都だよ。みたことあるなって感じだけど、家出をした身には近寄りがたいね」
マンドラが笑った。
「それもそうだな。なにもないが、近くにファラン・シティという町がある。砂漠しかないがいってみるか?」
アンガスが笑った。
「うん、他に当てはないしね」
私は笑った。
「よし、それならそれで準備しないとな。地図は持ってるか?」
私は空中に裂け目を作り、地図を取りだした。
「この、コンドアという村に寄ろう。水はいくらあっても足りないし、食材の補充も必要だろう。安い店を知っている」
アンガスが、広げた秘図に指で○を書いた。
「分かった、まずはそこに行ばいいんだね」
私は手綱を取り、馬車の速度を上げた。
「クリム、休まなくて平気なの?」
サマンサが心配そうに声を掛けてきた。
「まだ大丈夫。コンドアに着いたら、誰かに交代してもらうよ」
私は笑みを浮かべた。
「気合いや根性は大事な時に取っておくもんだぞ。今休め」
アンガスが半ば無理やり手綱を取り、私は馬車の後にいった。
「ナイス根性!!」
サマンサが笑った。
「そうかな……せっかくだから寝るよ。おやすみ」
シュラフに潜るのも面倒だったので、私は床の上にごろっと転がった。
馬車の振動で寝られるか不安だったが、思いのほか深く私は眠りについた。
ガタゴト揺れる振動で起きると、幌の隙間から見える空は夕方だった。
「……あれ」
私が身を起こすと、サマンサが笑った。
「おはよう、もう夕方だよ。お昼に起こしても、起きないんだもん」
サマンサが笑った。
「あれ、そんなに……」
「お腹空いてない?」
サマンサがおにぎりを差し出してくれた。
「ありがとう。夕方って、どこまできちゃったの?」
「ああ、街道からコンドアにそれて、買い物をして戻ったところだ。あとは、道なりに真っすぐいけばいい。まずは、夜までには砂漠越えの前線基地になっているスルンダという宿営地に行こう。町でも村でもないんだが、地図に書いてあるくらいデカいぞ」
アンガスが笑った。
「砂漠って昼は灼熱で夜は極寒なの。とてもやってられないから、早朝の寒いけどまだマシっていう時間に、一斉に出発するんだよ。そのための駐車場みたいなものかな」
サマンサが笑った。
「そうなんだ。手綱変わろうか?」
「リーダー、無茶するな。スルンダまでは俺がやる。スルンダからは、頼んだぞ」
アンガスが笑みを浮かべた。
「分かった。凄い荷物だね」
馬車の中は、食料や水でほぼ一杯になっていた。
「順調ならこんなにはいらないんだが、念のためな。余ったら、帰りのスルンダで売ればいい。買い取り所があるんだ」
「へぇ、よく出来てるね」
馬車は街道を改装し、暗くなってきた頃になって、草原一帯に大型馬車が並んだ場所が見えてきた。
「ここがスルンダだ。治安がよくないから、あまり馬車から出歩かない方がいい。よし」
アンガスは馬車を操り、居並ぶ大型馬車の前を通り過ぎ、他とは少し離れた場所に留めた。
「ここで早朝まで待とう。実は、砂漠越えには助っ人がいる。馴染みの連中がいるから、ちょっと声を掛けてくる」
アンガスが御者台から下りていった。
「ここは女の子はあまり出ない方がいいの。理由は分かるかな。まあ、あのご老体の装備なら平気かも?」
おばあちゃんがサングラスをかけ、ライフルの銃口を上に向けて、滅多に吸わないパイプを吹かしていた」
「お、おばあちゃん!?」
「リルム、いつでもユーモアは必要です。さて、晩ご飯の支度をしますか。その辺りでやっている不味そうなバーベキューよりはマシなものを」
おばあちゃんがおふざけをやめ、手早く料理を始めた。
「先ほど食材を買ったので、色々出来ますよ」
「そういえばおばあちゃん、コンロなんてあったっけ?」
私は七輪がコンロに変わっている事に気がついた。
「たくさん作りますからね。もし、危ない時は、そのままマジックポケットに放り込みますので、問題ありません」
おばあちゃんが笑った。
マジックポケットとは、私がよくいう空間の裂け目だ。
すぐには火が消せない炭火コンロなので、馬車が転倒した時に燃えると心配したが、そこはさすが師匠だった。
「冒険の旅って、町でもなかったら味気ないご飯なんだよ。それがいいっていう人もいるけど、これを経験しちゃうと戻れないね。今日はなんだろ?」
「はい、豪華にステーキです。パワーを付けましょう。ガーリックソースで」
おばあちゃんが笑った。
「し、失礼ですが、ご老体の胃袋にきませんか?」
サマンサがツッコミを入れた。
「私は問題ありません。胃腸が丈夫なんんです」
「そ、そうですか」
サマンサが苦笑した。
「待たせたな。なにか、美味そうな匂いだぞ」
アンガスが四人連れて帰ってきた。
「リズインドです。お初にお目に掛かります」
草色の服をきた、元気そうなお姉さんが挨拶してきた。
「ゴフレットだよ。初めまして!!」
シルバーブロンドのお姉さんが、元気に笑った。
「キリがないので……こっちがエラトで、こちらがプロシュートです。砂漠の水先案内人だと思って下さい。よろしくお願いします」
リズインドが笑った。
「リーダー、こいつらチームなんだ。金貨三枚。雇っていいか?」
アンガスが笑った。
「リーダーって、いいよ。よろしく!!」
私は笑った。
「では、仕事に掛かりましょう。小型結界発生装置を……」
リズインドが幌屋根に登り、なにやら始めた。
四人がそれぞれ準備する中、問題が発生した。
馬車の強度が微妙で、大規模砂嵐に耐えられれるかギリギリだというのだ。
「馬車を大きくするなら魔法で出来るよ。必要ならやるけど……」
「はい、やって下さい。今のままでは不安です。
リズインドが頷いた。
なにをするか分かっているので、おばあちゃんは料理を中断して馬車から下り、私は呪文を唱えた。
「創世魔法:大型馬車!!」
私が杖を振りかざすと、馬車が一回り大きくなった。
馬車の中が広くなり、後で積み荷の片付けが必要なのは確実だった。
「これでいいかな。これ以上だと、街道ですれ違い出来なくなって、ちょっと大変だから」
おばあちゃんとマンドラ以外、ポカンとした表情で馬車を見つめた。
「この世界のものって精霊力で出来ているんだよ。だから、精霊に祈りを捧げて、作りたいものを作るって、高等魔法らしいんだけど教えてもらったんだ。これで大丈夫?」
「あ、ああ、ごめんなさい。強度をみますね。みんな」
リズインドが苦笑して、四人で馬車のあちこちを点検しはじめた。
「い、今の凄い。私は使えない魔法だよ。ホントに見習い?」
サマンサが笑って、さっそく鞄の書物を取り出した。
「なんか魔法。なんか魔法……」
……サマンサは焦っているようだった。
「ここの強度がダメです。直せますか?」
馬と馬車を繋ぐ大事な部分に強度不足があったようで、私はすぐに移動した。
「これがグラグラです」
「創世魔法」
というように馬車の手直しを終え、最後に御者台の横に砂嵐だとすぐに分かる図案の黄色いステッカーが貼られた。
「これは、砂漠対応という目印です。欲をいえば、馬をもう二頭欲しいのですが、魔法でできますか?」
リズインドが問いかけてきた。
「それは出来ないよ。生き物は作り出せないんだ」
私は笑みを浮かべた。
「それもそうですね。私とした事が。どうしても余力が欲しいので……元気な馬がいればいいのですが、ここには馬を売る店もあります。相場より若干高いですが、どうでしょうか?」
リズインドが小さく息を吐いた。
「私の小遣いじゃ買えないしな。おばあちゃんに聞いてみるかな」
私が再び馬車の中で料理を再開しているおばあちゃんの方に行こうとすると、マンドラとアンガスが馬を二頭引いて帰ってきた。
「どうせ必要だと思って、買いに行ってきたんだ。代金はマンドラ持ちだ」
アンガスが笑った。
「そ、そんな高価なもの……」
「お姉さんに任せなさい!!」
マンドラが笑った。
「リズインド、首尾はどうだ?」
「はい、馬車はいうことないですし、馬も八頭立てで問題ありません。これから、細かい自衛装置を付けます。すぐに終わります」
リズインドたちが動き、暗くなる頃には全ての作業が終わった。
「終わりました。早朝にまた来ますので、よろしくお願いします。
「あれ、もうご飯出来るよ。食べて行けば?」
私が引き留めると、リズインドは私の頭を撫でて他の三人とどこかに消えていった。
「あれ、行っちゃった」
「まあ、ああ見えてもプロだからな。自分の仕事しかしないし、施しは受けないよ。さて、随分馬車がデカくなったな。駅馬車でもやるか?」
アンガスが笑った。
「アンガス、荷物の片付け。もっと広くて快適に寝られる!!」
サマンサが笑った。
「わかった、一仕事しようか。メシはステーキらしいし、やる気満々だよ」
アンガスが馬車に乗り混んで、水や食材の入った箱を手早く整理しはじめた。
「うん、これは楽しみだね。砂漠ってどんな所だろ」
私は笑った。
みんなでおばあちゃんのご飯を食べていると、開けっぱなしの馬車の後部幌扉から、一人の女性が顔を出した。
「お食事中申し訳ありません。私はビスキュイと申します。急ぎ、ファラン・シティに用事があるのですが、すぐ出立予定の馬車には全て断られてしまいました。なんとかお願い出来ませんか?」
ビスキュイさんは、本当に困った様子だった。
「明日の明け方出発だけど、それでよければいいよ」
私は頷いた。
「ここはそういう馬車のたまり場なんだ。今から出ていく馬車なんていたら、砂漠越えなんて出来ない。砂漠の夜は、半端なく冷えるからな。それでダメなら、朝イチの乗合馬車だがそれでも同じだ。どうする?」
アンガスが笑みを浮かべた。
「はい、分かりました。お願い出来ますか?」
「冒険者の依頼としてなら喜んで」
サマンサが笑った。
「はい、依頼します。依頼料があまりなくて……」
「銅貨一枚でいいよ。乗っていくだけなんだから」
私は笑った。
「えっ、そんなに安く?」
ビスキュイさんがキョトンとした。
「まあ、妥当だな。うちのリーダーがいってるんだ。サマンサもマンドラも意義はないだろ?」
「うん、可愛いリーダーがいう事だもんね!!」
サマンサが笑った。
「私も意義はないよ。食事中だけど、混ざる?」
マンドラが笑った。
「えっ、食事まで。ここは食べるお店がなくて困っていたんです」
「おばあちゃん、一人前追加!!」
私は笑った。
「ありがとうございます。こんな豪華な……お金はえっと」
「依頼料に込み。ついでだから!!」
サマンサが笑った。
「はい、待って下さいね」
おばあちゃんが料理を始め、時間は深夜に近くなった。
コンロの熱で馬車内は温かいが、入ってくる風はもの凄く冷たかった。
「こりゃ冷えるね。火を使わない暖房って出来るかな……」
しばらく考え、私は発想を変えて馬車の木を程よくほんのり熱を出す性質に変えた……がすぐに戻ってしまった。
「……あれダメだ。木が熱を出したら変だね。素直に厚着して寝よう」
私は結論づけた。
「そうです。そうやって、魔法を学んでいくのです」
おばあちゃんが満足そうに呟いた。
明け方、まだ寒いのに薄着で平気なのかなと思うリズインドたちがやってきた。
「おはようございます。今日はもしかしたら比較的大規模な砂嵐に遭う可能性はありますが、可能性はギリギリセーフです。ここからファラン・シティまでは私が手綱を預かります。頼りない道しかないので迷ってしまう可能性がありますから」
「分かった、よろしく」
まだ眠い私は、シュラフから出て大きく伸びをした。
「後はお任せ下さいね。出発します」
リズインドの手綱で、大きくなった馬車はゆっくり走り始めた。
まるで隊列を組んだように出発した私たち馬車群は、故障で頓挫したり、引き返したりと砂漠に入ってから、いきなり大騒ぎになってきた。
「あれ、助けないの?」
「うん、ここの不文律で、全部自分の責任で進むってあるんだ。こんなにたくさん助けられないでしょ?」
サマンサが笑った。
「そっか、大変だね。でも、そんな思いをしてまで、なんでファラン・シティに行くの」
「ここは黄金街道って呼び名があってな、ファラン・シティは金細工で有名なんだ。その買い付けに、商人が命がけで買い付けに向かうんだよ。他とは質が違うから、高値で売れるしな」
アンガスが笑った。
「そうなんだ。大変だね」
「それが商人の仕事だからな。命がけの価値はある」
アンガスがいったとき、馬車が止まった。
「砂嵐がきます。やり過ごしましょう」
リズインドが前方幌を閉めて中に入ってきて、小さく呪文を唱えた。
「簡単な結界魔法です。みなさん、出来るだけ身を低くして下さい」
私は慌てて身を伏せた。
しばらくして、地鳴りと共に凄まじい風と隙間から入ってくる砂で、私はかなり怖い思いをした。
しばらくして馬車の揺れが収まり、リズインドは前方幌を開けて御者台に立った。
「過ぎました。行きましょう。あと、三十分くらいでつきますよ」
リズインドの声が聞こえた。
その後は特になく、私たちの馬車は無事にファラン・シティに到着した。
「では、また帰りにお会いしましょう」
リズインドが笑みを浮かべ、待機場でもあるのか、四人で街中に消えていった。
「あの、私も失礼します。助かりました」
ビスキュイが馬車を降りて握手を求めてきたため、私は笑みを浮かべて応じた。
ビスキュイが急ぎ足でどこかに向かうのを見届け、私は小さく笑った。
「さて、まだ時間も早いが、宿を確保しておこう。夜は満室になってしまうからな」
アンガスが笑った。
手綱を取ったアンガスが、かなり大きな宿に馬車を向けた。
「宿代高そうだよ?」
「ああ、安くはないな。だが、半端な宿だと窃盗団と結託して金品強奪という事件も多発している。商品の買い付けで、みんな大金を持ってるからな」
アンガスが笑った。
「分かった、その辺りは任せるよ」
私は笑った。
アンガスは馬車は町でも一番高い建物を持つ、立派な宿屋の駐車場に馬車を留めた。
「よし、ここにしよう。実は何度か使った事があるが、悪くなかったよ」
私たちは馬車を降り、駐車場から宿に入った。
宿の中は綺麗にピカピカで、巨大なシャンデリアがぶら下がっていった。
「チェックインしてくるが、冒険者価格だから狭い個室しか選択肢がない。そこは、諦めてくれ」
アンガスはカウンターにいき、なにか手続きすると鍵を持って帰ってきた。
「よし、どの部屋でも同じ作りだからいいな」
アンガスがみんなに鍵を配った。
「さて、宿の確保が終わったな。ここで、リーダーに社会勉強してもらおうかな」
アンガスが笑みを浮かべた。
「ああ、あそこね。行きたくないけど、リーダーには知って欲しいかな」
サマンサが苦笑した。
「どこに行くの?」
「この街のもう一つの名物か。趣味は悪いがな。まあ、馬車に乗ってくれ」
私は馬車に乗り、全員でファラン・シティの中を馬車で進んでいった。
すると、やはり金製品が多い事に気がついた。
「金ピカだね……」
「ああ、みんなこれを目指してくるんだ。最強の職業があるとしたら、間違いなく商人だな」
アンガスが笑った。
馬車は街中を走り、進むにつれて店や人が減り、明らかに町の雰囲気が変わった。
「やっぱり……私は忌々しいんだけどな」
マンドラがため息を吐いた。
「よし、馬車から顔を出すなよ。ここはこの国で唯一、人身売買が認められた町なんだ。金細工の他は税金なんか取れないだろ。まあ、人身売買なんざ他でも闇でやっているけどな。ちっとばかり治安が悪い。気をつけろ」
幌の隙間から見ると、大きな檻のようなところに、粗末な服を着た人たちが入れられていた。男女比は圧倒的に男性が多く、女性の方が静かだった。
酷い悪臭でどうにも堪らなかったが、こういう場所もあるんだと学んだ。
「ん、待て……これはマジでやばい。リーダー、今ある金貨全部使っても二百四十六番の女の子を落とすぞ。竜火族だ!!」
アンガスがそこの売人に近寄り声を掛けた。
「これは旦那、立派な馬車にお乗りで。全員お買い上げですか?」
「二百四十六番以外に興味はない。いくらだ?」
「あのガキならただでもいいくらい、全くいうことを聞かぬのです。いいですよ。金貨一枚で」
「分かった。金貨一枚で」
とまあ、あっさり平和的に取引を終えた私たちは、怯えた様子の女の子を馬車に乗せると、一目散に市場を離れた。
「危なかった、竜火族に睨まれたら、人間と戦争になるところだった。今は落ち着いてくれ。俺は前を向いている。シャワーでもなんでも浴びさせてくて。あの商人、腐った残飯でもやってたのか」
心底嫌そうに、アンガスがため息を吐いた。
「私は出来ない、熱湯になっちゃう。マンドラ、出来る?」
「うん、簡単だよ。どりゃー!!」
私は慌てて服を脱がし、マンドラがアンガスが慌てる程の女の子を綺麗にした。
「……あ、ありがとう」
女の子が恥ずかしそうに小声でいった。
さて、乾いた服。立派じゃないけど、これしかないんだよね」
マンドラが笑った。
「……ありがとう。ここは違う。みんな優しい」
女の子が泣き始め、マンドラが介抱を始めた。
「さて、お馴染み料理の時間ですよ。つかれた胃腸には、お粥がいいでしょう。卵粥です」
マンドラが女の子をカウンター席に連れていった。
「あれ、カウンターなんてあったかな。まあいいや、食べよう」
「はい、いい香り。ごま油ですね」
女の子が初めて笑みを浮かべた。
「おーい。俺を忘れるなよ!!」
みんながカウンターに座ると、手綱を引くアンガスが手を上げた。
「あっ、交代する。ご馳走様」
私はお粥を掻き込み、アンガスと手綱を変わった。
「このまま宿にいくよ。砂っぽくてどうも外は辛い」
「分かった、ここから十五分だ。後は任せたぞ」
私は馬車の速度を僅かに上げ、宿を目指したのだった。
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