第2話 夜道

 夜の街道をマンドラが手綱を取って走っていると、なにやら生臭い強烈な臭いが漂ってきた。

「クリム、明かりを大量に浮かべなさい」

 おばあちゃんは、馬車からゆっくり降りた。

「早くも戦闘が始まったようで、マンドラの鋭い声が聞こえ始めていた。

「おばあちゃん、戦えるのかな……。怖くて出られない」

 私は馬車の床に座って、小さく息を吐いた。

 しばらくして、マンドラが馬車に乗ってきた。

「まいったよ、どこのバカ魔法使いがミスったのか知らないけど、ゾンビがウヨウヨいるよ。魔法を使えるんでしょ。一気にぶっ飛ばして!!」

「わ、分かった!!」

 私は馬車から降り、マンドラのそばで呪文を唱えた。

 火炎放射器のように口から吐き出され続ける炎でゾンビを焼きながら、特に固まっている場所を目指して突き進んだ。

「へぇ、便利ってか、吐き出す場所を考えたら」

 私の後に逃げ、たまに接近してくるゾンビを切り捨てながら、マンドラが小さく笑った。

「おばあちゃんいる時じゃないと、使っちゃダメっていわれてるけど、今はいるからね」

 私は笑った。

「まぁ、私も心強いよ」

 マンドラが笑った。

 私たちは、特にゾンビが密集している場所に近づいた。

 私は火炎放射をやめ丁寧に一体ずつゾンビを焼き払い、マンドラが剣を振った。

「ああ、コイツが犯人だ。自分で食われてたら世話がない」

 マンドラは地面にズタボロで転がっている死体の首を斬り飛ばした。

 すると、辺りをうろついていたゾンビが砂になり、風にながれて消えていった。

「分かった。術者が死ぬまでひたすらゾンビを生み続けるか。それをミスってこの始末。とんでもないアレンジをした魔法だよ。迷惑な」

 私は苦笑した。

「そんな魔法使ってたの。呆れた」

 マンドラが鼻を鳴らし、剣を鞘に収めた。

 私は得意の火炎放射魔法をやめ、マンドラを見た。

「これで大丈夫だよ。馬車に戻ろう」

 マンドラは笑みを浮かべた。

「そうだね、実は怖かった。始めての実戦だったから」

「私だって似たようなものだよ。さて、いこう」

 私たちは馬車に乗って、再び街道を走り始めた。

「どうでしたか?」

 どこに行っていたのか、おばあちゃんが近寄ってきて笑った。

「臭くて死にそうだったし、怖かった!!

 私はおばあちゃんに抱きついた。

「その怖さは、忘れないで下さいね。さて、いきましょう」

 マンドラが再び手綱を取り、馬車は街道を走り始めた。

 夜行特急乗合馬車が追い抜いていったり、反対側を郵便馬車が駆け抜けていったり、夜の街道を行く人たちもいるんだなと安心した。

 そのまましばらく進むと、魔物の群れと激しく戦っている六人組の冒険者の一団がいた。

「おっと……」

 マンドラが馬車を止め、様子を覗った。

 やがて、見るからに剣士という人が、救援を求める信号弾を打ち上げたため、マンドラと私は馬車を飛び降りて駆け寄った。

「たまたま近くにいたから、増援にきたよ!!」

 マンドラは剣を抜いて、オオカミのような外観をした魔物と戦い始めた。

 私はさっきと同じように、火炎放射魔法で魔物の群れを脇から焼いた。

「……くっ、辛い。魔力が」

 この魔法は攻撃力は十分だが、発動中は常に魔力を消費するので、要改良の魔法だった。「ダメだ。休憩……」

 私が休憩した時、いつの間にか戦闘が終わっていた。

「こら、頭の中まで熱くならないの。助かったよ」

 知らないお姉さんがきて、小さく笑みを浮かべた。

「あれ、無駄撃ちしちゃった……」

 盛大に火炎を吹いたのは、やり過ぎだったようだ。

「うん、見れば分かるよ。まだ見習いでしょ?」

「はい、おばあちゃんのところで………」

 私は小さくため息を吐いた。

「文字通り、一吹きで殲滅だもん。どれだけ魔力が高いんだって、みんなと話していたよ」

 お姉さんが笑った。

「おう、うちのおちびちゃんになにか用事ですか?」

 マンドラが、笑みを浮かべながらやってきた。

「すっごい魔法と根性を見たから、つい話しかけちゃった。ああ、私はサマンサ。よろしくね!!」

「はい、私はクリムといいます。よろしくお願いします。」

「私はマンドラ。よろしく」

 などとやってると、剣を持って鎧を着たお兄さんがやってきた。

「だめだ。ローガス、イリティ、チャックはもう息をしていない。喉笛を一撃だ」

 お兄さんはため息を吐いた。

「ほとんど全滅じゃん。ああ、コイツはアンガス。剣の扱いには定評があるよ。悪いんだけど、縁もゆかりもない人たちだけど、冒険者流はその場にいる全員でやるのが慣わしだからさ」

「はい、構いません。そうですか……三人も」

「冒険やってればよくある話だよ。アンガスが遺体を集めたはずだから、二人もこっちにきてくれる?」

「はい、分かりました」

「これも冒険だね、きっと。私もいくよ」

 私とマンドラが頷き一緒に歩いた。

 草場の広い場所で、アンガスがすでに遺体を積み上げ、火を焚いていた。

「冒険者は火葬なんだ。その方が衛生的だし、変な低級霊に憑かれて魔物化する事も出来るからな」

 私は軽く黙祷を捧げ、一つ聞いた。

「どうしても火葬じゃないとだめですか。私は神性魔法も使えます。簡単なものですが……。どうも、また何かに狙われている気がするので、なるべく早く出発した方がいいかもしれません」

「なんだと。サマンサ、なにか感じるか?」

 サマンサは目を閉じ、呪文を唱えた。

「……いるね。推定だけどゴブリンが二十体。明かりに反応したな」

 マンドラが呟くようにいった。

 私は探査系魔法を使い、虚空に浮かんだ『窓』に様子を映し出した。

「こ、こんな事も出来るの。比較したら、私は魔法使い見習い並だよ、これは?」

「はい、追ってきてる輩の姿と、こっちの窓では個々を中心にどこにいるかがわかりやすいようになっています。もうそれほど余裕がありません。今は戦える状況ではないと思いますが、私の神性魔法で灰にしてしまえば、二秒も掛かりません。やりたくはないですが、いかがでしょうか?

「……分かった、任せよう。もう一つ問題がある。俺たちの馬車が壊れてしまってな、馬は逃がしたが、ついてないことこの上ないぜ」

 アンガスがぼやいた。

「では、私たちの馬車に同乗して下さい。それなりに大きな馬車なので、この人数は余裕です」

 マンドラが頷いた。

「分かった、恩に着る。せめて、仲間たちの最期は見届けたい。神性魔法を頼む」

「分かりました。一瞬、かなり眩しいから気をつけて」

 私は呪文を閉じて、両手をもう焼け始めた遺体に手をかざした。

「この者たちを、安楽の地へ!!」

 一瞬、凄い光りが放たれ、積み上げられた遺体が全て消えた。

「最後に……」

 キャンプファイアのようになっている火だけ残った部分に、破邪の魔法を掛け。魂が二度とこちらに戻ってこれないようにした。

 こうしないと、どこかの魔法使いに利用されかねないのだ。

「これで大丈夫です。急ぎましょう、もう百メートルも離れていません」

「分かった、世話になる」

 私たちは急いで馬車に戻り、中に飛び込んだ。

「おや、二人増えましたね」

 おばあちゃんが頷いた。

 マンドラが馬車を急発進させ、戦いの場から遠ざかった。

 遅れてやってきたゴブリンの大軍が、火の周りをうろうろ探しはじめたので、私は呪文を唱えた。

 キャンプファイアのようなものがいきなり爆発し、巻き込まれたゴブリンがギャアギャア騒ぎ始めたが、私はフンと小さく鼻を鳴らしただけだった。

 まだ実家にいたとき、街の外で遊んでいたとき、ゴブリンにさらわれかけた記憶は新しかった。

「クリム、殺気立ってはいけません。まあ、これでも食べて。皆さんもどうぞ」

 さすがに、派手な戦闘には参加出来ないおばあちゃんが、マジックポケットのどこかにしまってあったのか、七輪が馬車の床に置かれ網の上で煎餅を焼いていた。

「ど、どこから……。ああ、おぼあちゃんの煎餅は美味しいから、食べて損はないよ」

 私は笑った。

「クリム、私にもちょうだい!!」

 御者台にいるマンドラが笑った。

「たくさんあるので安心して下さい。この揺れでは、お茶は難しいですが」

「始めてみるけど、美味しそうだね。二枚頂き!!」

 マンドラが一枚を口に咥え、もう一枚を馬車の最後尾から外を見ていたアンガスに渡した。

「食欲はないのだが、これは後を引く味だ。どれ、ゆっくり食べることにしよう」

 アンガスは景色を眺めながら、カリッと煎餅をかじった。

「……美味いな。アイツらにも食わせてやりたかったよ」

「こら、なにしんみりしてるんだ。美味いものは美味く頂きなさい!!」

 マンドラに引っ張られるようにして。マーティンが引きずられるように連れてこられ、

おばあちゃんに渡された焼きたてを方だった。

「なるほど、これは美味い。好きなだけ食べてもいいのか?」

 アンガスが笑みを浮かべた。

 御者台にいるマンドラに煎餅を届けるように、麻袋に何枚か入れていた私は小さく笑った。

 袋に入れた煎餅を御者台にいるマンドラに渡すと、マンドラはバリバリっと食べはじめた。

 さながら煎餅パーティの様相を呈してきた頃、夜が明けてきて。私はホッと息を吐いたのだった。

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