鼠神社

メラミ

ちょっと怖いけど、神主さんの話を聞いたらもっと怖くなった。

 夏休みに入り、私はルイカとある約束を交わした。私の名前はハツ。来年中学生になるごく普通の女の子。夏休みになると、クラスのみんなのパターンが二手に分かれる。最初に宿題を終わらせる組か、最後まで宿題をやらずに遊びまくる組か。私はどちらかというと、最初に宿題をやっておきたい方なのだが、案の定親友であるルイカに遊ぶ約束を持ちかけられた。


「はっちゃん、今度裏山の神社へ一緒に行こう! ちなみに夜ね……」

「え? 夜? 何で?」


 早速、約束の内容について詳しく尋ねてみることにした。するとルイカはにやにやしながらこう言った。


「うふふふ……き、も、だ、め、し。だよ!」

「えぇー。ルイカちゃん怖くないの?」

「平気だよー。お化けとか幽霊なんて信じないもん!」

「そうなんだ……。別にいいよ、一緒に行っても」

「やったー! じゃあ、今日の夜9時に神社で待ってるね!」


 私は少し不安になりながら、裏山の方へ歩いて行った。階段を数段上がった先に神社はある。先にルイカは来ていた。


「ごめん、遅くなって」

「時間通りだから謝らなくていいって」


 ルイカは懐中電灯で境内けいだいの周囲を照らして見渡していた。私も懐中電灯をつけたまま、ここまで階段を上がって来た。それほど危険な道のりではないものの、上がって行く時は、やはり一歩一歩が重い足取りだった。


「ここの神社って何がまつってあるのかな? 知ってる?」

「ううん。ここ、そんなに広くないし……あ、鈴鳴らしてみる?」

「え……大丈夫かなぁ……神主さんに怒られない、かな……」


 そう言いつつも私はルイカにやってと強引に促され、賽銭箱の真上にある鈴緒すずおを引っ張り、本坪鈴ほんつぼすずを1回鳴らした。力加減が弱く、シャリンと小さな音を立てた。

 音を鳴らした途端、ルイカは「ひっ!」と小声を漏らした。私はどうしたの? と呟いて、鈴緒から手を離してルイカの横顔を見る。ルイカは突如、懐中電灯を左右に振り回して辺りを照らし出した。


「うわっ! ちょっと眩しいよルイカちゃん!」

「今、な、何か黒い影が見えたのよ!」


 私は一瞬、ルイカの振り回したライトの灯りと焦点があってしまった。驚いて目を瞑り、私はルイカの表情を捉えることができなかった。ルイカが何かに怯えているのかが理解できず、それは一瞬の出来事であった。賽銭箱の中から何やら正体不明の黒い影が飛び出して行った、とルイカは言ったのである。


「はっちゃん、もう一回鈴鳴らして! お願い!」

「怖くないの? 大丈夫?」

「だ、だ、大丈夫だよ。ちょっと見てみたいの!」

「……わかった。鳴らすよ?」


 私は息を呑んでもう一回鈴緒をちょんと引っ張り、本坪鈴をそっと鳴らした。すると今度は無数の黒い影が、賽銭箱から飛び出して行った。ルイカは先程見た黒い影よりも大きい影を見てしまう。私も今度はその黒い影の異変に気づいて、びっくりしてしまう。黒い影は素早く境内の茂みの中へと移動していった。それはそれは、身の毛のよだつ出来事だった。ルイカは懐中電灯を落とし、私に抱きついてきた。


「きゃあああー! なになに!? はっちゃん今の見たー?」

「ちょ、ちょっと大声出さないでよ!」


 私はルイカの大声にもビクッとなり、ルイカに冷静になってもらいたくて、懐中電灯をルイカの顔へわざと向けた。


「わっ! 何すんのよはっちゃん!」

「さっき当てられたんだもん。眩しいでしょー」


 私とルイカは1年生からずっと同じクラスで大の仲良しだ。それに、今日みたいな日は今日しか味わえないだろう。私はいつの間にか、ルイカと懐中電灯で照らし合いっこを、境内の中で始めてしまった。やしろの周りを行ったり来たりする。面白くなって夢中になっていると、二人の笑い声に気づいた人影が、茂みの奥から現れた。


「こら、こんな遅くに何をしている。おうちへ帰りなさいっ」


 和服を着た老人が、私とルイカを注意しにやってきた。服装からしてこの神社の神主さんかもしれない……と私は思った。私とルイカは老人のおごそかな大声を聞いて、謝る間も無く慌てて階段を駆け下りて行った。裏山から街灯の明るい大通りまで走って、私はルイカに待ってと声をかけた。私は足を止めてくれたルイカに、疑問を投げかけた。


「ねぇ、さっきのおじさん、神社の神主さんじゃない?」

「ハァ……っかもね……どうする?」

「え?」

「黒い影の正体、知ってるかもしれないよ……」

「ハァ……っそうかもしれないね」


 ルイカはどうしても気になっているようだった。鈴を鳴らして賽銭箱から無数に飛び出していった、あの黒い影の正体を確かめたくなったのだ。私も気になっていたことだし、この際神主さんに、今日の体験談を持ち込んで見るのも悪くないと思った。それに、夏休みの宿題である日記にも書けるし一石二鳥だ。私はルイカともう一度、明日ここの神社を訪れることにした。今度は「夜」ではなく「昼間」にしようと言って、ルイカと会う約束をした。


 翌日、私とルイカは再び裏山の神社を訪れた。私は神主さんに挨拶をする前に、お参りをしようとルイカに言った。ルイカは私の顔をまじまじと見ながら、ゆっくりうなずいた。カランコロンと本坪鈴が音を立てると、社の裏手から顎髭あごひげを生やした老人が現れた。昨日は夜だったので、顔がよくわからなかったが、よく見たら優しそうな顔つきをした人だ……と私は思い、挨拶をした。ルイカも元気よく声を出した。神主さんはにこにこしながら二人に近づいて来た。二人が昨夜ここの神社にいたことを知っているかのように語りかけて来た。


「こんにちは。お二人さん、夏休みは楽しんどるかい?」

「「は……はい」」


 背筋をピンと張りながら私とルイカは返事をした。そのまま、神主さんから一歩引いて茂みの近くまで歩いて行き、ひそひそ話をした。


「(絶対、バレてるよ。昨日あたしたちがここにいたこと)」

「(顔、よく見えなかったけど、そんなに怖そうな人じゃないよ?)」

「(そ、そうだよね。思い切って訊いてみよっか、昨日の夜のこと)」

「(……うん)」


 こっそり話すのを終えると私は昨夜の出来事を話した。


「あの……」

「何だい?」

「ここの神社って、何が祀られているんですか?」

ねずみだよ」


 続けてルイカは私の言葉に付け加えた。


「昨日の夜、実は鈴を鳴らしてしまって……黒い影が賽銭箱から飛び出してっていったのが見えたんです! ね! はっちゃん!」

「う、うん。それも2回目鳴らしたら、もっとたくさん飛び出していきました。ものすごく早くて、一瞬でした」

「そうかい、そうかい……」


 神主さんは腰に手を当てて、私とルイカの話を神妙な顔つきで聞いていた。


「あの……黒い影の正体って、もしかして……鼠?」


 私は咄嗟にルイカに答えを尋ねてみた。ルイカはぽかんと口を開けたまま立ちすくんでいた。すると神主さんが、おいでと賽銭箱の近くまで手招きする。私とルイカは神主さんのそばまで小走りした。


「お二人さん、賽銭箱のぞいてみるかい?」

「「……」」


 神主さんが賽銭箱の鍵を開けて蓋を開けた。私とルイカは黙ったままその箱の中を覗いた。するとお賽銭以外の何かがあることに気づいた。


「鼠の死骸じゃよ。誰かが悪戯で投げ入れたんだろうねぇ……」

「「死骸……――!?」」

「しかし、初めから死骸なんて持っとる人間なんぞおらんだろう。数日前に生きた鼠を誰かが押し込んだんじゃろ」


 ルイカは鼠の骨を見た途端に、その場で後ろにひっくり返って気絶してしまった。私は驚いてルイカに声をかけた。神主さんはルイカの様子を見て、その場で大笑いしていた。


「ここの神社に夜お参りしにくるなんて、罰当たりなもんじゃよ、あっはっは」

「ルイカ! しっかりして! ルイカ! 大丈夫!?」

「(わ、私が見たのは……やっぱり幽霊だったんだ……)」


 私は神主さんからそのあと少しだけ、ここの神社について詳しく話を聞いた。


 お金を持っていなかったある人が、お賽銭の代わりにその場で捕まえた生きた鼠を無理やり賽銭箱の中へ閉じ込めたらしく、その後生き絶えた鼠をカラスが食べに集まるようになり、骨だけになった鼠の死骸を、神主さんは最初賽銭箱から出そうと考えていた。ところが、複数の鼠がその死骸の匂いを感じたのか、賽銭箱の周辺に集まるようになり、神主さんは鼠の死骸を賽銭箱に入れたままにすることに決めたという。


 神主さんの話を聞いて私は固まった。黒い影の正体が幽霊かどうかはわからなかった。でも、鼠を祀っている神社だとは知らなかっただけに、ますます怖くなってしまった。夜、お参りするのはもうこれっきりにしようと思ったのであった。



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