非日常へのコール

 ワグサム家には三人の男子がいる。

 長男カイム、全部で四つあるデバンド防衛軍対空部隊の指揮官を務めている。

 次男ベリア、モスト重工のデバニウム兵器開発部に所属している。

 そして三男サモア、今年配属になったばかりの新米だが、ワグサム家の者である為、階級的には我々でいう少尉クラスではある。

 だが、現場を知らずして指揮は取れないというアシマの考えに基づき、少なくとも五年は一般の兵卒と共に特尉官と言う立場で各部署でインターンの様な期間を過ごす事になる。


「皆…どうしたんだ…?あれが父上だと…?」


 今サモアの眼前にいる皆の敬意を一心に受ける人物が事もあろうに自らの父親、アシマ・ワグサムだと言うのだ。

 皆のその眼差しがあまりにも真っ直ぐ過ぎて、冗談にも思えず、自分も形だけは敬礼を行ったわけだが…


「おい、そこのお前、頂上直通のエレベーターはどこだ?」


「申し訳ございません!私は頂上直通エレベーターの所在を存じ上げておりません!!」


 ナウラが集合をかけた者に質問するが、その者は直通エレベーターの事を知らなかった。


「ふむ…、曹長クラスでわからんのであれば警備任務の者にわかる道理は無いか…」


「直通エレベーターを探してる…?なんだ…こいつ一体何を…」


 サモアは見たことも無い軍服の男ナウラが、周りの皆に敬意を表されており、なおかつ自身の実家であるワグサム家への直通エレベーターを探しているという事に、何かとんでもない事の前触れの様な気がして、体中に嫌な汗をかき出した。


「これは…マズイな…」


 サモアはこの場にいる事の危険性を感じ取り、スッと列を離れる。


「誰か知っている者はおらんのか?」


 ナウラがそう言うと、整列していた者達がサモアの方へと視線を向ける。


「あれ?」


「どうした?」


 そこにサモアの姿は無く、兵達は戸惑う、その様子に気付いたナウラが問う


「あ!申し訳ございません!今ここに並んでいたはずのサモア様がいなくなっておりまして…」


「サモア…ふむ、いなくなったか」


「これは…対象外の者がいましたね。」


 本来なら総司令を前にして列から離れるなどと言う事はありえなき、であるのに列から離れた者がいると言う事は…ナウラの中で答えが出る。


「サモアのフルネームと立場は?」


「サモア・ワグサム特尉官であります」


「ワグサム特尉官ね…なるほど、まだまだ甘ちゃんだと言う事か」


「対象にならないと言う事は、ほぼ親族で間違いありませんね」


「よし、貴様ら、半分は俺と一緒に総司令部来い、もう半分はサモアを探して俺の所に連れてこい、危害は加えんようにな」


「ハッ!承知致しました!!」


 兵達はナウラの指令に少し高揚感を覚えながらも、スムーズな班分けを行い、行動に移す。


「直通エレベーターが見つからなかったのは少し誤算だったな」


「当人にも逃亡の機を与えるやも知れませんね」


「まぁその時はその時だ、立場を奪われた司令官に出来る事など高が知れている、行くぞ」

 

 ナウラは十二名程の兵を引き連れで通常エレベーターへと向かった。


「皆完全に奴の事を父上と信じている…なんの冗談だ…」


 兵器コンテナの影に隠れて様子を伺っていたサモアは得体の知れない人物が総司令官として受け入れられている現状に軽く目眩を覚える。


「待て、そうなると今父上はどうなっているんだ…?クソッ!特尉官の間は総司令部にも連絡を取れない」


 サモアは特尉官という立場の間は総司令部、つまり自分の家との個人的なやり取りを禁じられていた。

 あくまでも立場は一般の兵達と同じと言う事だ、サモアは直通エレベーターの場所を知ってはいるが、起動コードは特尉官となった時、自分は知らされずに変更されている為、総司令部に先回りする事も出来ない。


「カイム兄さんは総司令部にいるだろうし…残るはベリア兄さんと連絡を取るしかないか…今なら警備もいない」


 サモアは警備がいなくなったゲートのドックに停泊しているランドシップに乗ってデバニウム工学の街「モスト」へと向かった。



         ======================>



 その頃、アシマ・ワグサムはまさか似ても似つかぬ赤の他人が自分に成り代わり、あまつさえほとんどの者がその事になんの疑いも持っていない等、そう、夢にも思ってはいなかった。


「総司令、現在モスト重工で開発中の新型ランドシップの有人テストのスケジュールか届きました。ご確認下さい」


「ああ、ありがとう」


「今回の新型はデバニウム濃度の高いエリアであれば継続飛行が可能になるそうです」


「おお!それならば高所への救助活動も一層迅速に行える様になるな!」


「はい、それに実用化すれば十二峰への移動も捗るでしょう」


 アシマが秘書官と新型輸送機の会話をしていると、アシマのプライベートアラームが鳴った。


「おっと、済まない遅いが今からランチの時間だ、少し失礼するよ」


「ごゆっくり…とは行かなくとも、奥様との時間を楽しんでいらして下さい」


「ああ、ありがとう」


 アシマは嬉しそうに司令室を出て、併設された自らの居住区へと向かった。


「あら、おかえりなさい貴方、聞いてたよりは早かったわね?」


「ただいまニムス、早かったかな?と言っても普通はもうオヤツの時間だろ?」


 アシマは帰るとすぐに妻ニムスにハグをした。

 アシマは有名な愛妻家だ、それは対外的なパフォーマンスなどでは無い、ニムスはそもそも先代当主の娘、外国の将校であったアシマが恋に落ちたからと、その恋を実らせる為にどれほどの障害があるかなど想像に難くない。

 アシマはそんな障害すら厭わない覚悟でニムスに愛を示したのだ。

 実際はアシマの有能さと人柄でニムスの周りの人間もすぐに絆され、敢えて一番の障害を言えば、元々所属していたマバルバ国軍の上官らに何度も寂しがられた事くらいだ。


「私の残りの人生の内、君と過ごせる時間があとどれだけ残っているかを考えれば、これくらいは許してもらうさ」


「ふふ、貴方はキチンと責務を果たしてるから、デバンド市民は文句一つ言えないわね」


 もう一度二人は強くハグをする。


「さて、じゃあ食事の準備をするわね」


「ああ、今日もニムスの料理を頂ける我が幸運に感謝するよ」


「もう、大袈裟ね」


 そう言いながらもニムスは嬉しそうに昼食の準備をする。


 <ポーンポーンポーン>と、ワグサム家の通信回線がコール音を鳴らす。


「あら?何かしら?」


「やれやれ、これはニムスの料理にはありつけないのかな?」


 アシマはまた追加の職務でも入ったのかと、仕方ないなといった表情で通信回線を繋ぐ


「こちらコールベースワグサム、私はアシマ・ワグサムだ」


「ご無沙汰しております、父上」


「ん?おお!ベリアか!本当だぞ、もう少し…」


「ちょっと!兄さん時間が無いんだ!!父上!?ご無事なんですか!?」


「その声…サモアか?何故ベリアの所にいる…?やれやれ、配属前に言っただろう?コネで上がった凡骨だと言われない為にも…」


「それどころじゃないんです!!どうか今だけは何も聞かずに、とにかく今すぐ母上を連れてそこから逃げて下さい!!」


 自分がアシマに連絡を取るとどういう対応が帰って来るかなどサモアは理解していた、故にその叱責を遮り懇願する。


「……よし、わかった、逃走のプランは?」


「!流石です父上…!相手は直通エレベーターを見つけられなかった、今ならまだ間に合うはずです、ランドシップでとりあえずモスト重工の兄さんのラボまで…」


 アシマは自分の言葉を遮ってまで己の意思を貫こうとするサモアの想いを汲み取り、即座に思考を切り替える。

 サモアが流石だと感服したのは、その相手の意思を汲み取る力である。


「待て、サモア、逃走に迅速さが必要であるなら、このラボまでは時間がかかり過ぎる、父上、こちらから迎えに行きます、ドックで落ち合いましょう」


「…なるほど、新型か」


「全く、父上には敵いませんね」


 事態はまだ詳しく聞いていないが、アシマがすぐに応じた為、サモアの焦りが間違いない事であると、次男のバリアも理解し、より良い逃走方法を提示する。


「では、十五分後に落ち合いましょう」


「ああ、わかったーーーーーという事だ、ニムス」


「はい、準備出来ております」


 通信回線を切り、振り返ったアシマの前には既にエプロンも外し、動きやすいパンツスタイルに着替えたニムスが立っていた。


「全く、君は何度私に惚れ直させるつもりだ?」


「お望みなら何度でも?」


 二人はまたハグをし、屋敷の中庭の大木の中に埋め込まれた直通エレベーターに乗り込んだ。

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