アシマ・ワグサム

 こんな日に限って風が荒れる、何故自分はエレベーターを使わなかったのか、いやそんな事よりこれからどうやって避難するか…

 ハンナがぐるぐると思考の迷宮に囚われていると


<ドゴォォォォォォンッ!!>


「キャァァァァァッ!」


 先程よりも更に大きい爆発音と衝撃が来てハンナは身を縮こませる、どうやら今の爆発音と衝撃はこのガムテルの街の中層辺りの線路に砲撃が打ち込まれた様だ…


「お、おい!今のこの下じゃないのか!?…やばいぞ!」「おい早く昇れよ!」


 乗客はハシゴを昇る者、そのまま線路を通って駅まで逃げようとする者と様々である。


「ど、どうしたら…」


「ハンナ!!」


「え…?…あ!ラオ姉様!!」


 ハシゴを昇る勇気も出ず、線路上を進めばいいのかも決められず戸惑うハンナに声をかけてきたのは、三歳上の姉ラオ・クラジールだった。

 ラオもハンナと同じくガムテルの学校に通っている為、同じ列車に乗っていても不思議では無いが、今のハンナにとってこの状況で姉に会えたのは思いがけない喜びであった。


「怖かっただろうハンナ」


「はい、ラオ姉様…」


 ラオはハンナを抱き締め、頭を撫でる。


「ラオ姉様…デバンド防衛軍が宣戦布告って…」


「ええ、確かにそう言ってたわね…どう言うことなのかしら…」


「ラオ!ハンナ!」


「あ…!テオ兄様!!」


 列車の後方側からラオの双子の弟、テオ・クラジールが走ってきた。


「テオもこの列車だったのね、良かったと言うか悪かったと言うか…」


「とりあえず合流出来たのは良かったけど…状況が状況だからな…」


 テオはぐるりと周りを見渡す。


「とりあえず、今のところガムテルに次の砲撃は来ないはずだ、ハンナまず列車内を通って最後尾まで行って、その後は線路沿いに下に行こう」


「ああ…なるほど、テオの言う通りね」


「え…次は来ないんですか…?」


 テオの提案をすぐ理解するラオだが、ハンナはまだ追いついてなかった。


「このガムテルの線路はさっきの砲撃で破壊されていて列車の運行と完全に止まってる、最初の砲撃はモストの外周の線路だ、だから――――」


<ドゴォォォォォォンッ!!!>


「きゃああっ!!」


「くっ!」


「くそっ、クラジールの線路を…!」


 次の砲撃が行われ、クラジールの外周線路が破壊された。


「予想通りまずは交通網を封鎖してるな…上に向かっても結局は線路を伝って他の街に行くしかない、それなら線路を伝って下層に降りた方が選択肢は広がる」


「そう言う事だったんですね…流石テオ兄様です」


「でもさっきの砲撃はこの下だったわ、通れなかったどうするの?」


「いや、今の衝撃から推測するとかなり威力は抑えられてる、単純に線路だけを破壊する目的だろうから、壁が壊れてたとしても乗り越えられないほどではないさ」


「乗り越えて…」


「恐らく大きな岩塊は無いだろう、ハンナでも乗り越えれるさ」


 双子であるテオとラオは、秀才と名高い長男のカザフと長女のミーチェを擁するクラジール家にさらに星からの恵みが与えられたと噂される程の人物であった。

 ハンナは歳の離れたカザフとミーチェよりも歳が近く、そして何より、才人揃いのクラジール家において凡才だと自覚している自身にも優しいこの二人の兄と姉にとても良く懐いていた。


「だけど軍の動機も目的もさっぱりわからない…防衛軍自体が宣戦布告してきてるんだ、降伏勧告されればこちらは受け入れるしか無い…ワグサム家がデバンドの独裁を企てたとでも言うのか…?」


 早足で列車内を歩きながらテオはこの状況に陥った理由を必死に考える、ワグサム家とは、このデバンドの序列一位でありデバンド防衛軍の総司令官の任にも就いているアシマ・ワグサムを当主とした軍人の家系である。

 

 デバンドはかつて都市設立に尽力した中心人物の家系[栄光の十二峰]によって統治されている。

 世襲制ではあるが、誰が後継者になるかはその街の住民よって選ばれ、外部の有能な人材であれば養子という形で選出される場合もある。

 また、序列は毎年行われる都市民投票と功績によって選ばれる。


 アシマ・ワグサムこそ市民に認められて当主となった人物で、元々はマバルバ国軍の士官であった。

 マバルバの国土の中にデバンドは存在する為交流は珍しくない、アシマは軍需産業でもデバニア鉱を使用してた最新鋭の兵器を保有するデバンドに、兵器輸出の交渉に来ていた際、当時のワグサム家当主コーエン・ワグサムの長女ニムスと恋に落ちる、コーエンもアシマの有能さを認め、婿養子として迎えられる。


 そうしてワグサム家の一員になったアシマはデバニア防衛軍の士官となると、有能さもさることながらその人柄の良さで瞬く間に市民の心を掴み、満場一致でコーエンから当主の座を継ぐ事となる。

 当主になってからも決して驕ることなく、デバンドの発展の為に日々尽力していた傑物であった。


「まさか!アシマ様がそんなお考えなさるわけが無いでしょう!?」


「俺だって考えられない!あの方に限ってと思うさ!…だけど、それ以外に防衛軍がこんな事をする理由が考えられない…!」


「あ、あの…兄様姉様、例えばアシマ様がテロリストに拘束されたという事はありませんか…」


「テロリスト…?あの要塞街を抜けて…?いやしかしアシマ様が御乱心なされたと考えるよりは遥かに現実的か…?」


 考えを巡らせながら列車の最後尾まで辿り着いた時には、ワグサムを除いて全ての街の線路は破壊されていた。


「交通網は麻痺させられたけど…やはり人的被害は少ない…のか?」


 テオは列車の外に出て見渡せる範囲の状況を確認する。


「今のところは街の中までは攻撃されてないみたいね…」


「ああ…宣戦布告をしてきた割には攻撃を受けている側が言うのもなんだが、手ぬるいな…」


「アカデミーまで行ってエレベーターで降りるんでしょうか…?」


「いや…街の内部にあるとはいえ交通網と言えば交通網だ…リスクが大きすぎるな…」


「となると、階段かムービングスロープか…」


 テオとラオは防衛軍の意図が掴めず脱出経路の選択に迷う、二人は文武両道を地で行く才人ではあるが、ハンナは至って平凡、運動能力に関してはむしろ苦手な部類である。

 中層の駅まで螺旋状に街の外周を通る線路の脇を歩いて約百五十メートルの高さを下り、その後約三百五十メートルの高さを階段で下るとなると、いくら時間がかかるかわからない

 現在街の内部は攻撃されていないとはいえ、いつまでこの状況が続くかわからない以上、あまり街の内部に長時間留まるのもリスクが高い


「内部にどれくらい人が残っているかわからないが、とりあえずムービングスロープを目指そう」


「わかったわ」


「はい、わかりました」


「ハンナ、俺の後ろで壁に沿って進めばいい、少しは風もマシになる」


「はい、ありがとうございますテオ兄様…!」


 三人は線路の脇の狭い作業員用通路を中層に向けて進み始めた。

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