警報にはもう慣れた
<ヴォゥゥゥゥゥヴォゥゥゥゥゥ>
オフィスビルの様な七階建ての建物で危険を知らせる警報が鳴り響いている。
その建物にある三つの出入り口から複数の学生と思しき人達が我先にといった様子で走り出している。
その数は徐々に増えている様だ。
[コーアイン学園]と刻まれた高さ八メートル幅五メートル程ある重厚な造りの正面ゲートから高さ三メートル程の塀が端が見えない程に伸びており、小高い山の上に建てられたその学園の広大さがうかがえる。
我々で言う中高一貫の学校よりも長い六歳〜二十歳までの教育期間をこの学園一つで完結出来る様になっており、室内運動場付き七階建ての校舎が四棟と、それぞれの校舎の前にグラウンド、そして校舎の裏側には上流から流れ込んでいる川と池、森林が広がっている。
そんな学園の一棟から発せられている警報、本来であれば火災報知器としての機能を果たすその警報は、他三つの建物の中にいる者達にはまさに対岸の火事、または年に一度やニ度はある誤報の類であろうといったところか。
だが、現場の者達にとってはそれどころではなかった。
「え、え、え、え、え、え、何何何何何!!」「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!!」「どけどけどけぇぇぇえ!!!」「いや待って待って待ってちょっちょっちょっ!!」
――――――――― これは夢か幻か
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時は少し遡る。
件の建物の一階部分、その一角にまるで透き通った水の球体がそこにあるかの様に空間の歪みが現れる。
その球体はみるみる大きくなり直径2メートル程になると次は収縮しそれは人型になった。
その球体だった人型の物[アジャストタキオン]が光の粒子となり霧散した後に長身痩躯の男が立っていた。
服装は真っ白なタキシードに黒シャツ赤ネクタイ、髪型はオールバックにセットされた金髪で、薄めの遮光が施された丸メガネを着けている。
「うーん、なかなか平和ボケしてそうな世界だ、はてさて、子ウサギは何処にいるかねぇ?」
男は楽しげに口を歪ませる。
「まずは[モルタ]をニ、三体確保しますか?」
男の足元にいる四枚の翼と三つの足を持ったカラスの様な生き物が声をかける。
「そうだねぇ、そこから十くらいまで増やして…よし、行こうかねぇヤッツム」
「かしこまりました、ザグラス様」
カツカツと小気味良い音を立てて廊下をザグラスと呼ばれたその男は進み、その中で人の気配のする扉を開けて中に入る。
「はーい、こんにちは、言葉通じてるかねぇ?」
ニコニコと人懐っこい笑みを浮かべ手を振るザグラスに、扉の近くにいた男性が気付き声をかける
「あ、生徒の関係者の方…」
「ま、いっかねぇ」
<トスッ!>
「あ、あれ?あ、え?あ、え?え?」
<トストストスッ!>
まず顎から頭頂部辺りに抜ける様に一回、そして額から三回、ザグラスは慣れた手つきで男性に穴を穿つ。
手には何かを持っている様には見えず、ただ右手の中指に一つ指輪を着けているのみ。
「ぁ…?あ…ぁ…あ?」
ドシャっと糸の切れた操り人形の様に男性が倒れ、部屋の中にいた人達が異変に気付く。
「キャアアアアアッ!!」
「な、な、なんだ!!?」
「え、え、何?どうしたの!?」
同僚のただならぬ倒れ方と噴き出る血の量に、気付き慌てふためく室内の人達をクスリと嘲笑し、ザグラスはさらにもう一人近くにいた男性に近付きながら先程と同じ処置をする。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」「ひ、ひ、人!け、警察!警察を…!」「バカバカバカバカ!!逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ!!!」「ハ、ハヒッ!ハヒッ!ハ、ハ、ハヒッ!ハヒッ!」
通信機器であろう機械を手にする者、この部屋にもう一つある扉から逃げだす者、完全に腰を抜かしている者、はたまた窓から逃走する者様々だ。
そんなパニックもどこ吹く風、ザグラスは指輪に問う。
「この建物の階段は…二つと、エレベーターが一基あるのか子ウサギの反応は上にあるんだねぇ?」
「はい、この魂の形は
「じゃ、ニ体で上に向かいつつ各階で一体ずつ増やしていこうかねぇ、あまり増やすと動きが雑になるからねぇ」
「かしこまりました。では、いつでも
そういう言うと指輪が強く輝いた。
「さぁてさて、魂失われし屍肉共…」
ザグラスがそう言い始めると、先程処置された男性ニ人の遺体が、ザグラスが現れた時と同じくアジャストタキオンに包まれる。
「我が魂に隷属せよ」
霧散するかの様に、アジャストタキオンが光の粒子となって消えると、男性ニ人は立ち上がる。
ニ人の肉体は二回りほど大きくなっているようだ、しかしその膨張に耐え切れず所々皮膚は裂けているようだか…
「ヤッツム、
「かしこまりました」
「どうかな?君達、この波長の子記憶にあるかな?」
「「リナ…り…ィ…うぃズ…りあ…」」
「オッケーオッケー!じゃあ、うんと怖がらせて捕まえてきて頂戴ねぇ、二手に分かれて、一階上がるごとにニ人ずつ殺しといてねぇ」
「「うィズ…リ…あ…」」
うわごとの様にニ人は呟きながら、遠い記憶の中のリナリィ・ウィズリアと言う名の少女の元へと進み始めた。
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<ヴォゥゥゥゥゥヴォゥゥゥゥゥ>
「あれ?警報だ」「え?火事か?」「避難避難、避難の為に早退しようぜ〜」「はーいはい!静かにしなさーい!」
ここは四階のほぼ真ん中に位置する教室、授業中になる非日常の警報、まず第一に緊急事態である事を懸念する人物がそう多くはないのは、良くも悪くもこの国もある程度平和である事の証か、ただし、この場合は悪い方であるが…
「アナウンスも流れてないし、どうせまた悪戯でしょ?」
そう言って肩まである茜色の髪の毛を横くくりにした明朗快活そうな少女は半ば冗談で騒いでいる同世代の男子を、やれやれと呆れ顔で見ている。
常識で考えれば、警報がなる場合は火災でさらに何処で火の手が上がったのか等のアナウンスが流れる、当然の事である。
だが、それが火事どころか、突然殺人者が現れ、なおかつ殺された人が再び起きあがり自分の元へと向かって来ているなど、そんな平和な国で特に大きな事件事故に巻き込まれた事もないこの少女は夢にも思うはずはなかった。
その少女、リナリィ・ウィズリアもあと五分も経てば夢の世界に迷い込む事になるわけだが――――
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――――そして同時刻、屋上
ザグラスが現れた時と同じ様にまた一つアジャストタキオンが出現し、人型となり弾ける。
「ここは…学校…か?大都市のど真ん中じゃなくて良かったと言うべきか…いずれにせよこっちは後手だ急がないとな」
現れたのはソウマだ、少し精悍な顔立ちになった様に見える、学生服とは違う白を基調に赤と黄色のラインが所々に入った制服を着ており、襟元には[V.C.T]と刻印の入ったエンブレムを付けている。
ソウマは悔しげにそう言うと、肩に乗っていたメリルが鼻を利かせる
「クンクンクン…あー!鼻が曲がる!あの陰湿カラスの死臭がするわ!」
「げ…ネクロの奴か…早いとこ
「オッケー!」
メリルは飛び上がると光の球になり、ソウマの胸元でネックレスに変化した。
「とりあえずA.S.A.Pで
「そうやってすぐ知ったばかりのカッコいい言葉使いたがる…」
「それもまた厨二病の性ってもんよ」
屋上の扉を開けて建物の中に入ると警報と混ざって喧騒がそこかしこで上がっていた。
「くそっ!被害者を出さずにはもう無理か!」
「早く着いた方なんだけどね…」
「
ソウマは沈痛な面持ちで階段を駆け…いや、飛び降りて行く、七階はまだパニックの渦中には無いようだ。
更に下へと向かう前にソウマは近くにいた少女に話しかける。
「あー君!とりあえずこの上は安全だから、下には降りない様に周りの人にも伝えて!」
「$€°?☆+○#°%?☆〆€?」
「お、お、おう?」
「あ゛…言語のチューニングがまだだったわ…ご、五秒で合わせるわ!」
ネックレスが明滅し告げる。
「いいんだよいいんだよ…いつも済まないねぇ…ゴホゴホ」
「ああっ!逆に胸が痛い!!お、終わったわ!」
「あ…あのぅ…今なんて…?」
この騒ぎの中だ、聞き慣れない言葉で話しかけてきた青年に少し怯え気味に少女が尋ねる。
「おーっと!申し訳ない!えっとね、ここから下の階は危険が危ないから、って周りの人に伝えていって!ダメ元で!お願いね!!」
パンパンと手を叩く少女には見慣れないポーズでお願いをして、ソウマは少女の返事も聞かずに飛び降りて行った。
「えええ……下の階は危険が危ないんじゃ…」
少女はしばし呆気に取られた後にとりあえずソウマの言う通り周りに下の階は危ないらしいと伝えて回った。
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上の階から逃げて来る人々が増えてきた頃、ザグラスは一階のエレベーターの前でどこで用意していたのか優雅にティーカップを傾けながら、逃げ惑う人達を眺めていた。
「うーん!いいねぇいいねぇ、必死の形相で逃げる人達!いや〜、疼くねぇ〜!つまみ食いしちゃおうかなぁ!!」
ザグラスは涎を垂らし、今にも大虐殺を起こさんばかりに殺意を漲らせていた。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!」
そのザグラスの異様な雰囲気に気付いた女生徒が腰を抜かし小便を漏らす
「フオォォォォオオォォォオオォゥッッ!!!!」
「いやあああぁぁぁあぁぁぁぁっ!!!」
ザグラスは辛抱堪らずその女生徒に襲いかかる。
「ザグラス様――――!」
「はぁ…来たみたいだねぇ…なかなか早かったじゃないのぉ」
ヤッツムが
「いかが致しましょうか?」
「とりあえず四体ほど下に待機させて、上からパース!かな?」
「なるほど、では南側がちょうど良いかと」
「わかった、あとニ体ほど壁を確保しておこうかねぇ」
「かしこまりました」
「さーて、誰が来たのかねぇ?クカカカカカッ」
そう言ってザグラスは楽しげに校舎の南側へと向かった、すれ違う人並みを切り刻みながら――――――
======================>
そして、その頃リナリィ・ウィズリアは―――
「ちょ、ちょっと…ハック君…キート君…待って…」
「「「リな…リィ…」」」
「ニアンブ先生まで…なんで…いや!来ないで!」
見知った顔にが頭部や額に開いた穴から血を流しながらリナリィ以外には目もくれず迫って来る。
一緒に逃げようとしていた友達とも散り散りになり、狙われているリナリィは完全に一人取り残されてしまった。
「「「ウィず…り…あ…」」」
「いやぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
更に下の階からは三人以外にもまだ同じ様に身体が張り裂けんばかりに筋骨隆々になった知人が上がってくる。
腰を抜かしているクラスメイトには脇目も振らず、自分へと向かって来ているのだ。
北と南にある階段、その丁度中間地点には一階と四階と七階にだけ止まるエレベーターが設置されている。
既に何組かがエレベーターで一階へと降りているリナリィはエレベーターのボタンを押し、なんとか時間稼ぎに教室に入ったり椅子を投げたりしている。
「早く…!早くっ…!!」
<ポーン>
リナリィの耳に普段ならさして気にもならない、当たり前過ぎる音が聞こえた。
椅子を投げつけられても顔色一つ変えないもはや別の何かに変わった知人に、更に椅子を投げ付け、大慌てでリナリィはエレベーターの元へと走る。
「ハァッ!ハァッ!ハァッ!ハァッ!…ハァ…ハァ……」
同じ年頃の男子よりは大人びたリナリィ、この状況でも何とか逃げ延びようと必死に立ち回ってきた、そんなリナリィの足の力が、心を支えていた何かが抜けて行く…そしてペタリとその場にへたり込み、涙が溢れ出る。
「なんでよぉっ…!」
リナリィの目の前、開かれたエレベーターのドアの先には千切れたワイヤーと、パチパチと火花を散らす電線が揺れていた。
「「「りナ…り…ィ…」」」
「あぐ…ぁ…あ…」
ついに捕まってしまったリナリィは、何故自分が追われているのか全くわからない、そもそも追ってくる知人だった何かも頭に穴が開いていてなお動いているという非現実的な事態だ。
『なんで…なんで私が……』
意識が朦朧としだし、もはや自分以外まともな人間はこの世界からいなくなったのではないかと思え、ついに意識を手放しそうになったその時、強い意志を持つ人の声が聞こえた気がした。
「絶対に諦めるな!!必ず助けてやる!!」
ハッとリナリィは手放しかけた意識を取り戻した。
声のする方向を見ようとした、その直後リナリィの身体はブンッ!!と放り投げられた。
「キャアアアアアアアア!!!」
投げられた勢いで落下では無く横方向にGがかかる。
投げられる直前、見慣れない服装をした青年が同じ様に窓から飛び出しそうとしている様に見えた。
『助けて――――』
横方向へのGがあるべき落下方向へと変わり始めた頃、先程自分の意識を繋ぎ止めてくれた声が―――――
「幻装!!!」
―――――声が、聴こえた。
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