偽物/KAC20214作品「ホラー」or「ミステリー」
麻井奈諏
第1話
この前職場に遅刻してしまった。でも、既にタイムカードは切られていて。他の同僚には朝普通に出勤していたというのだ。
なんの記憶違いか分からないが、ラッキー程度に私は考えていた。
次の日私のした記憶にない仕事が私の机に終わらせてあった。
周りの同僚からは凄く褒めてもらった。ただ本当に記憶にない。
――
「疲れてるんじゃないの?記憶障害みたいな?病院とかにも行ってみた?」
同僚で親友の百合にそうだんしたらそんなことを言われた。
「そう思って行ってみたんだけど……特に異常はないって……」
「うーん、そっか……でも、今のところ実害はないみたいだけど。気味悪いよね」
「……それが、ね。私の知らないところで。私の知り合いと会ってることもあるみたいで……」
「……どういうこと?」
ピコンと、私のスマホが鳴り響いた。私の先輩からだ。
「……こういう事」
先輩からのメッセージを百合に見せる。
『今日はありがとね』
「今日って、私と一日……一緒に居た……よね?」
可笑しなものでも見たような、少し苦笑いをして聞かれる。
「……うん、でも、先輩は私と居たみたい」
先輩は百合とも面識があってこんな冗談を言う人じゃないのは知っている。
「ねぇ……なにこれ……」
「……私の偽物がいるみたい」
そうとしか、考えられない。それも私よりも私を上手くやっている。
「……そんな……双子とかじゃないんだよね……見たことないし……」
「どう、しよう百合ちゃん」
本物より上手く生きている偽物なんて凄く気持ち悪い。
もし私が居なくなっても。きっと私の代わりなんて簡単に務まってしまうのだろう。
それに高校の時からの付き合いの先輩にすら偽物だって気付かれない。そんな相手に私はどうすればいいのかわからなくなってしまった。
「じゃあ、私がずっと一緒にいてホンモノだって証明してあげるね。そうすればその偽物だって簡単には動けなくなるでしょ?私と一緒にいない方が偽物なんだから」
「百合ちゃん……」
周囲の人にもこの件を周知させ、しばらく百合ちゃんと生活を共に過ごし私の偽物が現れることは減っていった。
――
「うーん、偽物が現れるたびに電話をかけてもらってるけど。すぐ逃げちゃうね」
「そうだね……でも、目撃件数も減ってきてこのまま居なくなってくれるのが一番なんだけどね」
「それはそうだけど……なんだか、もやっとするなぁ」
最近はほとんど偽物の報告を聞かなくなっている。
「そうだよね。百合ちゃんに手伝ってもらったのに……ごめんね」
「ううん、まだ油断できないし。偽物が完全にいなくなるまで頑張ろ?」
私の偽物を探し出してから百合ちゃんはほどんど一緒に居る。でも、そのおかげで他の場所で偽物が現れてもすぐに偽物だってわかるようになったのは百合ちゃんのおかげ。感謝してもしきれない。
「ちょっとお花摘んでくるね」
「うん、待ってるね」
―――
手を洗って鏡をみる。ポケットからハンカチを取り出し手を拭いて髪を整える。
「……はぁ、めんどくさいなぁ」
凄く聞き覚えのある声だった。知り合いでも居るのかと周りを見渡しても誰もいない。
「前を向いてよ、私」
聞いたことがある。それはそうだろう。喋っていたのは鏡の中の私だった。
「あ、あなたは……」
上手く言葉が出てこない。舌が乾いて足も竦みそうになる。
「ワタシは、私。ドッペルゲンガーみたいなもの」
「私の、偽物っ!」
「偽物じゃないけどね。でも、せっかく私が助けたのに何でこういう面倒なことするかな?ワタシは私より上手くやってたと思うんだけど」
鏡の中から縁を跨ぐようにして渡ってくる。
「……本当に役に立たないなぁ、私。ワタシ結構上手くやってたんだけど。ホント偽物はどっちだろうね?」
「そんなの私に決まって……」
「ねぇ、私。覚えてる?産まれてから今までのこと。全部」
「え?何を言って」
「ワタシは覚えてるよ」
偽物は高校の制服を着ていた。
「この頃の将来の夢はデザイナーだったね」
いつのまにか後ろに回っていた偽物は背も縮み小学生のような姿になっていた。
「およめさんになるのがゆめだったこともあったね」
「もうそんなの覚えてないよ。何が言いたいの」
「私。もういいよ。ワタシの方が優秀なんだから。偽物はアンタなんだよ」
「何を言って」
偽物はその場を離れるように走り出した。
「まさか!!!」
不味い。それをされるなんて思ってなかった。されてしまったら……私は……
「百合ちゃん!偽物が出た!!」
「えっ!!」
「ち、違う!こっちが」
顔も服も声も同じ二人が百合ちゃんに迫る。
「ワタシは、私のことを一番よく知っている。聞いてくれたらなんだって答えられるよ」
「そんなの、私だって答えられるに決まって……」
「嘘。じゃあ、名前を言ってみてよ」
「名前?そんなの……」
アレ?オカシイな。喉まで出かかってるいるのに。わからないはずないのに。
「好きな食べ物は?」
「ソンナノ」
わからないわからないわからないわからない
「……もういいよ。交代の時間なんだよ」
口元を手で押さえた瞬間。手が薄く透明になっていた。助けを求めようにも声も出ない足も動かなく力が入らなくなっていった。
「……本物は負けちゃ駄目なんだよ。忘れちゃ……本物なんだから」
もう私にその声は届きはしなかった。
偽物/KAC20214作品「ホラー」or「ミステリー」 麻井奈諏 @mainass
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