あなたは選ばれました

宮嶋ひな

女神様


女性「きゃあああぁ! 誰かっ警察呼んで!」

女の子「おかあさぁん! わぁあん! おかーさぁーん!」

男性「狂ってやがる……! 真っ昼間に刃物振り回すなんて! この人殺し!」


主人公「違う……違うんだ、俺じゃない!」

主人公「このナイフだって俺のもんじゃないんだ、話を聞いてくれ!」


警察1「話なら署で聞くぞ、この殺人鬼め」

警察2「こっちに来い!」


主人公「こんなの、俺の望んだ人生じゃない!」

主人公「お願いだ……どうか、どうかもう一度だけやり直させてくれ!!」


――――――――


――――――


――――



女神様「――あなたは選ばれました」


主人公「……まぶ、しい……ここは……?」


女神様「ここは生と死のはざま、あの世のたもと、魂の岸辺」

女神様「神はおっしゃいました、あなたにチャンスを与えると」

女神様「あなたの願いを一つだけ叶えましょう」


主人公「本当に……!? なら、やり直させてください!」

主人公「俺、に戻れたら人生やり直せると思うんです!」

主人公「今度こそ素晴らしい人生を手にします!」


女神様「わかりました。戻れさえすれば、やり直せるのですね」

女神様「では、いってらっしゃい」



――――――


――――


母親「ちょっと、まだ寝てるの!? もう何時だと思ってるの!」


主人公「……え? あ、ここは……俺の部屋……高校生の服……」


母親「今日、野球の試合でしょ! バスに乗り遅れちゃうわよ!」


主人公「ああ……! 本当に戻ってこれたんだ、俺はやり直せるんだ!」

主人公「母さん、俺、今日絶対ホームラン打ってくるよ!」

主人公「俺には配球が分かるんだ!」

主人公「1対1の膠着状態で9回ウラ、ピッチャーの山下はストレートを選んだ」

主人公「俺はビビってそれを打てなかった。でも今日は違う。絶対に打ち勝ってくる!」

主人公「俺は人生やり直してくるんだ!」


母親「何バカなこと言ってんの? 早く行きなさい!」


主人公「ああ! 行ってくるよ!」



――――――――――


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主人公「……おかしい……こんなはずじゃ……」


友人1「何ブツブツ言ってんだよ。それより、9回ウラは惜しかったな」

友人2「ああ。球種を読んでたのはさすがの選球眼だったけど、ちと振り遅れたな」


主人公「そんな……嘘だ……」


監督「お前はスジはいいのに、練習サボってたからな。ああいう土壇場の場面で、日頃の成果が発揮されるんだぞ!」


主人公「……これじゃ、また同じじゃないか……!」


主人公「違う……ここじゃない……きっとあそこの場面で、あっちを選べば……」



――――――――


――――――


彼女「ねぇ、今日大学の合格発表だよね?」

彼女「一緒に行ってくれるんでしょ?」


主人公「ああ……一緒に行くよ」


彼女「今度?? 今日が第一志望発表の初日だよ?」


主人公「あ……ごめん、なんでもない。コッチの話」


彼女「ふーん? あぁ、でも緊張するなぁ!」

彼女「受かってると良いなぁ。一緒に大学生活送りたくて、同じトコ志望したんだよ」


主人公「うん。そうだったね。きっと大丈夫、今度こそ大丈夫さ」


彼女「へんなのー! 今度こそって、何回も試験受けてるみたい」



――――――


――――――――――


彼女「……あ……あったーー!! 受かってるー!!」


主人公「そんな……!? また落ちてる!? 試験問題は変わらなかったのに!」


彼女「落ちちゃったの……? そっか……一緒の学校、行けないね……」


主人公「待ってくれ! お前と離れると、俺は女っ気もないつまらない生活に突入しちまうんだ!」

主人公「女がいないと生きていても楽しくない! お願いだ、俺と一緒にレベル下の大学に入ってくれ!」


彼女「え……ちょっと、本気で引くんですけど」

彼女「あたしをなんだと思ってんの? カラダが目的?」

彼女「信じらんない。さよなら」


主人公「このときじゃなかったのか……俺は……どうすれば……」

主人公「違う。このときじゃなくて、きっとあっちだったんだ」

主人公「あの道を選びさえすれば、俺は悲惨な未来にたどり着かずに済んだんだ」

主人公「ここじゃない」



――――――


――――――――――



妻「……あなた、別れてください」


主人公「ああ……俺の奥さん……! また会えるなんて!」


妻「いきなりなんですか? 慰謝料、養育費、一円も減額するつもりはないので」


主人公「そうだ、ここは俺が大人しく引いてしまって」

主人公「妻も子も出て行ってしまったんだ」

主人公「ここで引くわけにはいかない。俺はここで変わるんだ」


妻「……? 何言ってるんですか?」


主人公「俺は絶対お前たちとは別れない。離れないぞ」


妻「今さら何言ってもムダです」

妻「あなたが浮気をした証拠は、写真にも動画にも残ってるんですからね!」

妻「昼間っから家に女を連れ込んで……! 最低です……ッ!」


主人公「本当に反省している、心を入れ替える!」

主人公「俺は生まれ変わったんだ!」

主人公「お前たちのために生きる!」


妻「白々しい! 浮気男の言い訳ばっかり!」

妻「生まれ変わった? そんなこと望んでないわよ!」

妻「私が望むのは、あなたとの離婚。そしてお金。ただそれだけです」


主人公「……なん、で……」

主人公「なんでなにも変わらないんだ……」

主人公「おかしいじゃないか、やり直そうって言ってるんだぞ?」


妻「都合が良すぎるわよ!」

妻「もうあなたのことは信じられません。出て行きます」


主人公「俺がここで選択を変えたら、きっと未来は変わるんだ」

主人公「素晴らしい人生が待ってるんだ」

主人公「なあ、俺、女神様に生き返らせてもらったんだよ」

主人公「やり直そう。一緒に素敵な人生を過ごそう」


妻「頭おかしいんじゃないの!?」

妻「もともと変な人だと思ってたけど、ここまでおかしくなるなんて思わなかった」

妻「さよなら。二度と連絡しないで」


主人公「なんだと……! 大人しく聞いてりゃ好き放題言いやがって!」

主人公「てめぇ口のきき方には気をつけろよ!」

主人公「今まで誰の金で生活できてたと思ってやがるんだ!」


妻「きゃぁ! やめて、やめてよ!」


子ども「お父さんもうやめて!」


妻「あんたの暴力にはもう、うんざりよ!」


主人公「うわっ! ナイフ……!?」


妻「死んでよ! あんたなんて生きてる価値ない!」


主人公「コイツ……! お前だろ、お前が俺の人生狂わせたんだろ!!」


子ども「お母さん、逃げて!」


妻「いやぁ! 誰か助けて!!」


主人公「下手に出てりゃつけあがりやがって!」

主人公「俺は生き返らせてもらったんだ! 人生やり直すんだ!」

主人公「俺の人生にはお前らは邪魔だ、消えろ!」

主人公「やり直すためにはお前たちがいなければいいんだ!」

主人公「お前のせいだ、死ね! 死ねぇぇえ!」


妻「きゃあああぁ! 誰かっ警察呼んで!」

子ども「おかあさぁん! わぁあん! おかーさぁーん!」

男性「狂ってやがる……! 真っ昼間に刃物振り回すなんて! この人殺し!」



――――――


――――


主人公「戻れさえすれば、やり直せる……」



――――――――


――――――


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女神様「――あなたは選ばれました」

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