聖バレンタイン—ジャッジメント—
どこかのサトウ
聖バレンタイン—ジャッジメント—
現役アイドル馬場日和がクラスメイトに義理チョコを配ると宣言した。
男子は大喜びで、他の学年やクラスには秘密にしようと戒厳令がしかれ、そしてついに待望のバレンタインデーがやってきた。
いざ彼女がチョコを配ろうとしたとき、ふと漏らした疑問でこの事件が明るみになる。
「でも不思議だよね。どうやったらチョコレートに爆弾を仕掛けられるんだろうね」
クラスから音が消えた。
「ひよひよ、詳しく」
「アイドルにはよくある悪戯かなって思って、特に気にしてなかったんだけど」
そう言って、彼女は几帳面に折り畳まれた紙を胸ポケットから取り出してクラスメイトに見せた。
『このチョコレートには爆弾が仕掛けられている。食べずに捨てろ!』
「ひよりん。ちょっとくらい、気にしよ?」
「う、うん……」
馬場は昨日、クラスの男子全員に義理チョコを配るため、下校時間ギリギリまで家庭科教室で調理していた。それは無事完成し、戸締りをして帰宅したそうだ。
そして今朝、チョコレートを配るために家庭科教室に取りに行くと、チョコレートの上にこの紙が置かれていたという。
「酷い!」
そう言って、彼女は手で顔を覆った。
「誰だよ! 日和ちゃんを泣かせた奴は! 出てこい!」
「日和ちゃん可愛そう!」
「僕が君を守る!」
クラスの男子が彼女を慰めようと凄い勢いで群がった。
「さっき気にしてないって言ってなかったっけ?」
その呟きは喧騒に掻き消され、進藤司は頬杖を着きながら呆れ顔で見ていた。
* * *
早朝に登校したクラスメイトは、庄司武、檀辻弘明、芝安唯子、広田瑠美、篠崎真由の五人。
庄司と芝安は日直。檀辻は朝練でそのまま部室棟へ。広田は風紀委員で生徒会室に。ただ篠崎真由だけが黙秘した。
「篠崎さん、どうして答えないの」
「それは……その……」
「篠崎さんって、いつも朝早いわけじゃないよね?」
「今日は……たまたま」
「決まりじゃん」
「何でよ! 私じゃないし!」
誰もが篠崎に疑いの目を向ける中で、芝安と庄司が口を開いた。
「私たち日直の仕事があるから早く来たけど、一番は私。次は篠崎さん、庄司君の順よ」
「篠崎さんは正門で後ろ姿を見かけたよ。なんか凄く警戒してたけど」
その姿がおかしかったのか、彼は笑った。
「教室に着くまでの間、僕の前をずっと歩いていたよ」
「篠崎さんが来て、すぐに庄司くんが入ってきたのを覚えてる」
二人は間違いないと頷き合った。
「しばらくしてから篠崎さんは一度だけ席を立ったけど、すぐに戻ってきたよ。特に変わった様子はなかったかな」
「どれくらい?」
「五分ほどだったかな?」
「その間に家庭科教室に?」
「っ、トイレよ!」
「檀辻、ちょっと五分で行けるか走ってこいよ」
「——俺かよっ」
彼は五分ほどで戻ってきた。全力で走ったようで教室にたどり着くと、すぐ椅子に座って机の上に倒れ込んだ。
「——きっつ! 足やばっ」
「大丈夫?」
心配そうに広田が檀辻にペットボトルのお茶を差し出すと、彼は嬉しそうに蓋を開けて飲み干した。
「決まりね」
「何が決まりよ。バカ言わないで」
だが疑いの視線が篠崎に突き刺さる。
「ちょ、ちょっと待ってよ……なんで!」
「……篠崎は違うぞ」
静まり返った教室の中、進藤は立ち上がると篠崎を庇うように彼女の前に出た。
「成り行きを見守ろうと思ったけど、流石にこれは酷すぎる」
「ふーん、理由は?」
「檀辻をよく見てみろ」
椅子の背もたれに体重をかけて仰反るように座っていた。名前を呼ばれて、腰に手を当てて姿勢を正したが、まだ激しく肩を上下させて苦しそうにしている。
「運動部の檀辻が全力疾走で五分。しかもこの状態だぞ? 女子の篠崎が檀辻より早いとは思えないし、特に変わった様子はなかったんだろ?」
「そうだね、この状態なら流石に変だと気づくよ」
庄司が進藤に同意すると芝安も深く頷いた。
「だよなー 違うと思ったんだよ〜」
周囲は掌を返したように取り繕った。だが彼女はクラスメイトから疑われたことにかなりショックを受けたようだ。
反論できずに唇を噛み締める馬場の取り巻きたちを置いて、進藤は自分の席に座った。その場に残っていた篠崎が彼女達に噛みついた。
「謝罪の一言も無し?」
「疑って悪かったわよ。でもなら誰よ!」
お互いが顔を見合わせる中、篠崎は突然自分の机に歩き出すとカバンから何かを取り出して戻ってきた。手には小さな箱が握られており、それを進藤の胸に強く押し当てた。
「これ!」
「え、何?」
「お礼! あげるって言ってるの!」
「あ、ありがとう」
「——まだ解決していないんですけど?」
「あんた達のことなんて、こっちは知ったこっちゃないわよ」
馬場の取り巻きを睨み返して黙らせたあと、彼女は進藤に振り向いて……目を逸らしながら呟いた。
「……あ、ありがとうは、こっちの台詞だから」
* * *
クラスは揉めに揉めていた。
「ねぇ、進藤。犯人は誰だと思う?」
「そんなの朝一番に家庭科教室の鍵を取りに行った奴しかいないだろ」
「えっ? つまり馬場日和の茶番ってこと?」
「どうだろうな。少し整理してみるか」
日直で朝早くきた庄司武と芝安唯子。朝一番に来たという芝安に今のところアリバイはない。
次にバスケ部の朝練に顔を出したという檀辻弘明。クラスには立ち寄らず部室棟へ向かった。彼に関しては、他の部員がアリバイを証言するだろう。
風紀委員の仕事で登校した広田瑠美。直接生徒会室に向かったという。彼女も生徒会の連中がアリバイを証言するだろう。
「この二人は活動中に抜け出したかどうかだけど、今のところは保留かな。で、篠崎は……何で?」
「か、関係ないでしょ。私は無実。それは進藤が証明してくれたじゃん」
「まぁ、そうだな。なら次は——」
疑いの目が芝安に向けられた。
* * *
「次は私? まぁ良いけど。学校に着いた後は職員室に行って、教室の鍵を先生から預かって教室を開けた。以上」
「——怪しい」
その一言に芝安は鼻で笑った。
「どこが?」
「一緒に家庭科教室の鍵も持ち出したんじゃないの?」
「無理。鍵は先生と直接やりとりしなきゃいけないのよ。生徒は勝手に持ち出したらダメなの。証明は先生がしてくれるわ。教室の鍵だけ持ち出したって。それに私には動機がないし」
なら今のところ、家庭科教室の鍵を開け、中に入った人物は馬場日和だけになる。
だが進藤には気になる点があった。
『このチョコレートには爆弾が仕掛けられている。食べずに捨てろ!』
紙に書いて篠崎に見せる。
「なぁ篠崎、普通だったら『このチョコレートに爆弾を仕掛けた。配るのをやめろ』じゃないか?」
「そうね。これは脅迫と言うより、警告とか注意喚起よね。同情を集めるための馬場さんの一人芝居かと思ったけど、チョコレートも完成していて、できなかった言い訳でもないし、何より彼女も動機がないのよね」
* * *
「ただの悪戯でしょ、ひよりんもう配ったら?」
「そうしよっか」
そう言って、彼女はチョコレートを男子に配り始めた。
「はい、檀辻君」
「よっしゃー! 日和ちゃん、ありがとう!」
檀辻は大喜びだ。
「進藤君は〜〜」
「——間に合ってます」
「いらないよね」
篠崎が威嚇するように答えると、馬場日和は余裕の笑みでそれを流す。次は庄司にチョコレートを手渡していた。
「はい、庄司君」
「あ、ありがとう……馬場さん」
歯切れの悪い返事をした庄司は、複雑そうな顔でチョコレートを眺めていると、ふと進藤と目が合った。そっと二人に歩み寄ると、彼はそれをこっそり差し出した。
「進藤君、いる?」
二人は驚いた。現役アイドルの義理チョコだ。本来なら檀辻のように大喜びするのが普通だ。
「えっ、何で?」
「何て言えば良いのかなぁ。中学の頃のトラウマというか、病院送りの前科がね……」
二人は耳を疑った。彼は続ける。
「あの人、味音痴で、しかも適当にアレンジするんだよね」
「それ、料理で一番やっちゃいけないやつ。でも病院送りはさすがにちょっと大袈裟じゃないかな」
篠崎は呆れつつも、少し困ったように返答した。
「なぁ、庄司。そのことを知ってる奴って他にいるのか?」
「広田さんだね。あとクラスの女子に同じ中学の子が何人か」
* * *
「——ダメ!」
それは広田瑠美の悲鳴だった。彼女は檀辻の手を両手で握っていた。
彼は目を点にして驚いていたが、その理由を求めたのは馬場の取り巻きたちだった。
「ちょっと、広田さん、どういうことか説明してくれる?」
「檀辻君は全国大会の予選が控えているの。今、彼はとても大事な時期なの」
「だから何?」
「今、体調を崩したら——!」
だが檀辻は彼女の心配を余所に、少し迷惑そうな顔をした。
「いや、でもチョコレートで体調は——」
檀辻がそう言った瞬間だった。
「ゴフっ——!」
義理チョコを口に含んだ男子全員が手で口を押さえ何かを吐き出した。
その姿を見たクラスは騒然となり、馬場は大慌てだ。
「だ、大丈夫!? 口に合わなかったら無理に食べなくても良いから! ね、早く吐き出して!」
「だ、大丈夫。大丈夫。こ、これくらい、……へへへ平気、だから!」
「愛が、試されている……」
馬場に吐き出せと言われても、彼らは震える手でチョコレートを完食して、崩れ落ちていく。食べきれず手の中に吐き出し倒れた者の口元には、まるで血糊のようにベッタリとチョコレートが付着していた。
向こう側に立っていたクラスの女子が名誉の死を遂げた男子たちを汚物のように見ていた。
「……男って、本当馬鹿よね」
「愛が試されてるんですって。んなわけないってのっ」
一人の男子が足蹴にされ、転がって仰向けになった。
馬場は必死に男子生徒達に声をかけている。周りが見えていないようだ。
「で、檀辻はどうするの?」
「ど、どうするって?」
「食べるの、食べないの?」
女子たちから向けられる氷のような視線に、彼は震える手で寄り添う広田の手の上に置いた。
彼女たちの口元が釣り上がった。教室の外からハイヒールの音が聞こえる。先生がやってきた。
〜 終わり 〜
聖バレンタイン—ジャッジメント— どこかのサトウ @sahiri
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