チーズはんぺん部の新勧

@nasubimaru

チーズはんぺん部の新勧

 桜も舞い散る四月の入学式翌日の事である。


 各クラブに所属する生徒たちは一人でも多く新入部員を獲得するために、切磋琢磨していた。我先にと新入生に声を掛ける。ビラを配る。それに新入生たちは答えたり答えなかったり。正門から本校舎に至る道は、芋を洗ったように人、人、人に溢れていた。


 そんな様子を少し離れた中庭からのうのうと見学しているのが私である。木製のベンチに座り、座面に手をついて欠伸しながら、穏やかな様子で校舎前の喧騒から距離を置いていた。まるで他人事かのように。


 この中庭はこの学校での穴場スポットである。あまり人が寄り付かない割に風通しがよく、心地いい陽気となっている。今は春の柔らかな日差しが校舎の隙間から差し込み、少しむずがゆくなる気持ちだった。

 



 だからだったのだ、私があの新入生勧誘係からの目をかいくぐり、風景と化していると思い込んでいたのは。誰も私の存在に気づいていないと勘違いしていたのは。


 そして、後ろから迫りくる魔の手に気づかず、奪い去られてしまったのは。














 ―――――


 目を覚ますと、見知らぬ部屋にいた。


 部屋の中には机、その上にはチーズはんぺんが2枚。目前の椅子の上にチーズはんぺん。本棚にはぎっしりとチーズはんぺん。棚にはもちろんチーズはんぺんがいっぱい。ガラスケースには光り輝くチーズはんぺんがあり、壁に掛けられている額縁には校長から承ったであろうチーズはんぺんが収まっていた。


 縄でも結ばれているのか、もしくはチーズはんぺんか。全く身動きが取れない状態で椅子の上に拘束されている。

 少し頭がくらくらした。この部屋に連れてこられた記憶が無い事も踏まえると、何か薬品(チーズはんぺん)でも嗅がされていたのだろうか。


 パッと顔を上げて目の前に視線を向けた。

 そこには『部長』と書かれた腕章を身に着けた女生徒が一人、足を開き腕を組んで立っていた。


「やあ、ようやくお目覚めかなカワイ子ちゃん。ようこそ我が部屋へ」


 その女子生徒はにやりと笑って第一声を放った。

 誰がカワイ子ちゃんだ。こちとら立派な日本男児だ。


 そんなツッコミも虚しく、偉そうな態度をしている女子生徒は言葉をつづけた。


「君には今から、チーズはんぺんバトルロワイヤルに参加してもらう、武器はこのチーズはんぺんだ」


 冗談じゃない!何が悔しくてチーズはんぺんで相手を倒さなきゃいけないんだ!

 ……というかそもそもチーズはんぺんバトルロワイヤルってなんだよ。こんなに殺傷力の無い武器はほかにしらす干しぐらいしかないぞ。


「そんなリアクションをとったところで、果たして君に拒否権があると思っているのかな。断れば私が別室で監視している君の妹がどうなっても知らないぞ?」


 もちろんだが、妹なぞいない。居たとしてもそんな見ず知らずのやつのために命をはる情など持ち合わせていない。


「という冗談はここまでにして、ここから出たかったらこの入部届にサインをするんだな」


 そして目の前にチーズはんぺんを差し出してきた。


「あ、間違った。こっちだ」


 次はちゃんとチーズはんぺんが差し出された。


「あ、これでもない、あれ、どこいったっけ」


 彼女の鞄から次々とチーズはんぺんが出てくる出てくる。5,6,7,8,9,10、そんなチーズはんぺん入れて教科書はいったいどこに入ってるんだろうか。

 

 10分後ようやく彼女は入部届を取り出した。


「ふぇっふぇっふぇ。これで貴様もようやく年貢の納め時というわけだな」


 まるで悪役のようなセリフ回しである。いや薬を嗅がせて拉致している時点で普通に悪役なのだろうか。

 頬に押し付けられる入部届がうっとおしいので、怪訝な顔をして女子生徒を睨みつけた。


「なんだ急に睨みつけて。ははーん、その顔、チーズはんぺんに海苔を巻くか巻かないか気になっている顔だな?」


 そんな顔はしていないが。


「安心していいぞ、うちはどちらも受け付けている」


 心底どうでもいい。本当に心底どうでもいい。


「さて、君も今日からちくわキュウリ派からチーズはんぺん派へと転生させてあげよう、光栄に思うがいい」


 チーズはんぺんの対義語はちくわキュウリなのか。

 とはいえこんな部活に入部するのは癪なので、何とか体の拘束を解こうと動き回る。


「ふぇっふぇっふぇ。その拘束を解いたところで、こっちには『コレ』があるんだよ?」


 彼女はそう言って茶色の小瓶を取り出した。入部届はすっと出てこなかったのに何でこれは出てくるんだよ。その笑い方気に入っているのだろうか。

 そんなことを考えているうちに、茶色の小瓶を開けてこちらの鼻に近づけてきた。


 急に頭がくらっとする。頭の中に濃い靄がかかったようだ。


「さあ、この入部届を書くのです、書くのです、書くのです、書くのです……」


 セルフエコーが効いていた。体を縛る拘束が解かれる。無理やりペンを握らされた。

 しかしここのままでは入部届を書かされてしまう。


 その時、一筋の風が頬を撫でた。


 向かいを見ると、窓が全開になっている。

 あまりはっきりしない頭で、今しかないと直感的に察した。


 そして、彼女の一瞬のスキを突き、窓に向かってバッと駆け出した。

 窓枠に足を掛け、桜舞い散る大空に向かって飛びあがった。


「あ、待って!ここ4階……」


 え、それちょっと遅くない?


 全身が無重力間に襲われた。

















 ―――――


 あーあ、逃げ出しちゃったかあ。


 彼は四つ足で器用に着地した後、そのまま外へと逃げてしまったのだ。


 とはいえ、部員集めどうしよう。私部員一人だし……


 正に『猫の手も借りたい』状況である。




――――――――――

テーマ:種の誤認

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