自分の番

@ns_ky_20151225

自分の番

 わたしは周囲を見回した。岩肌は湿り、ヘッドランプで照らされたところだけが光る。その光り方に震える。最初にあいつが食われた時、化け物が垂らしたよだれがちょうどああいうふうに光を反射していた。


 そいつがこの洞窟遊びにみんなを誘ったのだった。半分娘の姿の化け物に飲みこまれているとき、信じられないとばかりに名を呼んでいた。まだ耳に残っている。


 あわてて逃げだした。しかし、なぜかほぼ直線の下りだった洞窟は迷路になっていた。また、スマートフォンはどうせ役に立たないし、水没させたり、うっかりぶつけて壊したりするといやだったので外に置いてきていた。


 二人目はつまづいて遅れたところをやられた。妻の名を呼び、そして食われた。そいつはカメラを持ちこんでいたので、もし回収出来たらなにか写っているかも知れない。


 わたしともう一人はあてもなく迷路を逃げた。感情はもう乾ききっていた。いま思えば心のリミッターに感謝したい。そうでなかったら逃げることすらできずあっという間に四人全員食い殺されていただろう。移動しながら落ち着きすら取り戻し、見たものについて話し合うことだってできた。


 あれがなにかはわからないが、人間を食う。なぜか娘や妻に化ける。一瞬のすきやためらいを作るためだろう。あの化け物は獲物が驚きなどで止まる瞬間を襲うんじゃないだろうか。

 この迷路も化け物の力だろうか。いや、わからないが、そう考えたほうがいい。ここに来る時、ふもとの警察には日の沈む前に帰ると言ってきたから、時間を稼げば助けが来るだろう。とにかく逃げ続けよう。


 小休止を取ったとき、そいつがやられた。ちょっと小便をしに物陰によっただけだったのに。陰のせいでなにに化けていたのかはっきりしなかったが、化け物になる前は小型犬のように見えた。たしかにそいつはティーカッププードルとかいうとにかく小さな品種の犬を飼っていて、傍目にはみっともないほどかわいがっていた。


 自分では冷静になったと思っていたのに、助けることすらできずにその場を逃げ出した。後ろからうめき声とともになにかが割られるような音と湿った音がしたがすぐ消えた。


 我に返ると小部屋のようなちょっと広くなった空間にいた。下を水が流れている。こんなところのは飲む気にはなれないが、しゃがんで手をつけて冷やした。

 三人食われるのを見てしまうと、つぎは自分の番だなと思えた。だから、記録を残そうと考えた。わたしにはなにが起きたのかわからない。でも、起きた事実を書いておけば、回収しただれかが調べてくれる。そして謎を解いてくれるだろう。

 一対一では人間は熊にかなわないが、その生態を調べつくした今ではきちんと対処できる。この洞窟の化け物だって未知の能力を持ち、人間を食うが、調べれば対応できるはずだ。

 わたしはしゃがんだまま手帳にここであったことを急いで書き留めた。あとでビニール袋にでもくるみ、自分と離して置いておけば一緒に飲みこまれないだろう。


 その時、ふと思いついた。あいつのいっていたことが正しいとしたら、化けるのは一瞬のためらいや隙をつくるためだ。ならなにが現れても先に攻撃したらどうだろう。こんなところにわたしの知っているだれかが現れるはずはない。そうだ、自分以外のなにが現れてもためらわず打ちかかればいい。そうすればとにかく活路が開けるんじゃないか。


 折り畳みのシャベルをもってきていたのは正解だった。さっそく組み立ててひざにのせる。重みが頼もしかった。

 よし、と心の中で強く、なんども繰り返す。つぎになにが現れてもまずはこいつで打つ。こいつで打つ。打つ。


 心が暖かくなった。まわりを見回す余裕もできた。さらに手帳を埋めていく。記録を取るなら詳細な事実を書き洩らさないようにしないといけない。


 あれ、とわたしは手を止めた。そういえばスマートフォン。そうだ、なにかのビジネス書か雑誌を読んでなるほどと感心し、すべてをデジタル化したはずだ。先週。あらゆるメモやらなんやらはスマホに集約したはず。


 なら、この手帳は。


 ひざを粘液が伝う。ちょうどよだれのような……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自分の番 @ns_ky_20151225 @ns_ky_20151225

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ