嘘と霞みの真ん中に

根鶴 蒼

モノクローム

 他者の心に秘めた考えを覗くことは不可能だ。

 全てを脳に収め、生きていくことは不可能だ。

 今日を事前に読み取り、解決策を用意することは不可能だ。

 他者の動きを完璧に予測することは不可能だ。

 これらのように不可能は色々と存在する。

 これらの不可能が可能となれば世界はよりよく‥‥はならない。

 未知のことがあるからおもしろいのだ。


「君は‥‥‥‥‥」

 今でも耳から離れない言葉がある。



 時刻は午後三時。

 飛鳥深夜は近くの公園を訪れていた。ベンチに腰をかけ、今日あったことを思い出す。

 月に一度ある検査はいつも通り行われたが異なる点が一つ。

『家の近くに公園があるでしょ?そこで待ってたらいいよ。おもしろいことが始まるよ』

 友人にそんなことを言われたことだ。

 何が起きるかは分からないが結論が正しいことは知っている。

 深夜はその言葉を聞き、公園にいるわけだが‥‥

「おにいちゃん何してるの?」

 話しかけられたのは小学生にも満たない子供。母親と来ているのだろうが母親らしき人はママ友と話しているため気が付いていない。

「本当に何してるんだろう」

 子供に言ったわけではなく、一人ごとのように呟く。

 子供は首を傾げて不思議そうに深夜を見ていたがポケットから何かを取り出して両手をグーにして深夜に見せた。

「どっちに、はいっているでしょうか」

 幼稚園で流行っているのか、クイズを出してきたが見た目では分からない。

「んー、こっちかな?それともこっちかなぁ?」

 子供の手を指差し、そう唱えると右手の時に心拍がほんのわずか速くなる。おそらく右手に入っているが

「こっちだ!」

 と左手を指差した。

 子供が両手を開けると右手に小さな石が乗っている。

「ふふーん、こっちでしたー!」

「あーー、そっちかぁ」

 分かりやすく落ち込んでみるが子供は嬉しそうに笑っている。

「あれー、かなちゃん遊んでもらってるの?」

 背後から声が聞こえてくる。後ろにいたのは高校の制服を着た女子だった。

 身長は百六十センチ近くで髪は黒で肩まである。目は大きく、綺麗というより可愛いらしい。

『今日、公園にいたら小坂井なずなっていう子が来ると思う。話すかは深夜次第だけどね』

 友人の言葉によれば彼女は小坂井なずなだと推測できる。

「あー!なずちゃん!」

 子供が嬉しそうに声を上げる。

 一方、なずなは深夜の顔を見るなりおぉーと驚いていた。

「そばをよく買う人だ」

 最初に深夜から出たのはそんな言葉だった。

 なずなは深夜がバイトをしているコンビニを訪れ、よくそばを買っている。

「んー、それは忘れてぇ」

 なずなは赤くなった顔を手で隠している。よく食べる人だと思われたくないのだろう。

「なずちゃんたちはおともだち?」

 子供が口をぽかんと開けてなずなに問いかけるとなずなは「そうお友達だよ」と返していた。

 実際には今初めて喋った関係なのだが。

「かなー、帰るよー」

 母親らしき人物が子供を呼んでいる。

 その声を聞き、なずなが頭を下げると母親もしっかり会釈をしていた。

「なずちゃん、おにいちゃんバイバーイ!」

「うん、バイバーイ」

 子供は元気に帰っていき、二人残されたわけだがとても気まずい。

 女子どころか、あまりと人と話さないため珍しいシチュエーションだ。

「私、いつもあの子と遊んでるんだ。子供って可愛いよねぇ」

 気まずいと思っていたのは深夜だけらしく、なずなは愉悦に浸っている。

「それはそうと、えーと、飛鳥くんでいいよね?」

 バイトでは名前の書かれた名札を首から下げているのでそこで知ったのだと思う。

「あってるよ」

「よかった、あ、私は小坂井なずな。よろしくね」

 改まって自己紹介をしているが深夜が知っている情報だったので少し申し訳ない感情になる。

「ここで会ったのは何かの縁!まぁ喋ろうよ、聞きたいこともあるし」

 そういい、なずなは笑顔を見せる。

「そば好きなの?」

 先に質問したのは深夜。

 頭に浮かんできた質問はそれしか無かった。また申し訳ない気持ちが出てくる。

「そばは好きだよ。だけどトマトはもっと好き!」

「えぇ、トマト?あいつぐちゃっとしてるじゃん」

「そこがいいんだよ!トマト愛好家の前でそれ以上の発言は消されるよ」

「えぇ、こわ。トマトこわ」

 トマト愛好家だけは敵にしないほうが良さそうだ。

 そんなことを考えているとなずな心拍数が少し高くなるのを感じた。

「私も一つ質問していい?」

 さっきまで冗談を言っていたとは思えないほど深刻な顔をしている。

「いいよ」

「高校生、だよね?」

 いたって普通の質問、と思うかもしれないが深夜の場合、高校生と思われない行動に心当たりがある。

「年齢的にはね」

 深夜は十七歳。多くの人は高校生となる年齢。

 しかし、深夜は高校生ではない。

 ここまで言うと分かると思うが深夜は高校には通っていない。

 そのため1日の多くをコンビニのバイトで過ごしている。そのことを知っての発言だろう。

「そうなんだ。私の学校で少しだけ話題になったんだ。同い年ぐらいの子がずっと働いてるって」

「もっと中身のある会話をしたらいいのに」

「女子高生なんてそんなもんだよ?イケメンがいるだけで騒ぐような子たちなんだから。私もね」

 えへへ、とぎこちない笑顔を浮かべている。

 なずなの心拍数が少しずつ高くなる。

 人の事情に突っ込んだことを申し訳なく思い、焦っているのだろう。

「なんか急にごめんね」

「俺は親がいないから、一人暮らしなんだ。だから久々に人と話せて楽しいよ。しかも女の子と」

 なずなは目を丸く口をぽかんと開けている。

 どうしたの急に、と言いたげな顔をしている。

「あんまり申し訳ないとか思わずに聞きたいことがあればどんどん聞いていいよ?人と話すの楽しいし」

 なずなの表情は変わらずぽかんと口を開けている。

 少しずつ時間が経つにつれ心拍は戻ってきた。

 すると、引き攣った顔になり頬を赤らめた。

 戻った心拍数もすぐにまた高くなる。

「はぁ、そういうのはいきなり言わない方がいいよ。勘違いする女子が出てくるから」

「え、どこが?」

「話していて楽しいとかそういうの!顔がいいんだから気をつけること!」

 なんだかよく分からないが顔を褒められた。

 生まれつきなのに顔を褒められると嬉しいのはなんでだろうか、と考えるのも束の間、ふにゃあとその場に座り込むなずな。

 座り込んでから数秒後、何かを思い出したかのように顔をあげた。

「さっき一人暮らしって言った?」

「時差がすごいな」

「私もなんだ、色々大変だよねぇ」

「いや、全然普通だけど」

 確かに最初は一人で洗濯、掃除、調理をするのは面倒くさいが慣れてきたため今では日常として感じている。

「えぇ、すごいなぁ。私は全然できないよ」

「なれたら小坂井さんでもできるって」

 頑張れ!とガッツポーズを見せる。

「うぅ、なんだか負けた気分だぁ」

「別に勝ったつもりはないけど」

 深夜がそう発言するとなずなは少し考えるような仕草を見せる。

「ねぇ、これからちょっと時間ある?」

「あるけど」

 何か考えているが内容はよく分からない。

「飛鳥くん料理できる?」

「ある程度は」

 結論を決めたのか小声で「よし」と呟き深夜と目を合わせ、頭を下げた。

「今からうちに来て料理を教えてください!」

「別にいいけど」

「え!いいの⁉︎」

「俺はいいけど男を家にあげるのに抵抗とかないの?」

 そこが気になった。普通、今日知り合った男を急に家に呼ぶなど怖くてできないだろう。

「え、なにかするの?」

 なずなは二歩下がり両手で体を隠した。

「なにもしないよ。興味ないし、勇気もない」

「その発言はちょっと引くけど‥‥。飛鳥くんなら大丈夫って思っただけだよ」

 随分と、高く買ってもらっているらしい。

「もし、なにかされてもバイト先にいいつけて電話番号と名前と顔をネットに晒す」

 前言撤回。

「発想が怖いし、やばいよ‥‥」

「ま、飛鳥くんは何もしないって、知ってるしね。それじゃ行こっか」

 今の発言に少し引っかかるが黙ってついていくことにした。




「君は優しく生きて繋げるんだよ。」



 


 

 







 

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