第50話 ステージに、上がりたいんです!

 「私に用があるのなら、話してみなさい」

 イヌ人間には、隠しようも、なかった。

 イヌ人間を前にすると、言葉が簡単に出ていきそうになるから、不思議なものだった。

 ついつい美女は、こんな約束を、してしまったのだった。

 「それでは、隠さずに、申し上げます。この世には、実は、皆を幸せにする光の風を起こす何かがあると聞いております。その何かがあれば、王は、さらに、皆に強く思われるのではないでしょうか?」

 イヌ人間は、満足して聞いていた。

 首が、上下にゆれた。

 「そうか。皆を幸せにする光の風、か。それは、面白い話だな」

 ここぞとばかりに美女は、話を広げた。

 「その風を起こせるのは、ある偉大なネコだと聞いております。私なら、そのネコを探し出せるように思われます」

 「そうなのか?」

 イヌ人間の首が、大いに、ゆれはじめた。

 「その代わりに…、王様?」

 「交換条件、か。良いだろう」

 「その代わりに、王に風が届けられるよう、ネコを探し出すための私専用衣装を見つけてください。王ほどの方なら、それが、できると思われます」

 「うーむ。そなた専用の衣装か…」

 「そして、最後には、そのきれいな衣装をまとえた私を、ステージに上がらせてください」

 「ステージに、上がらせてほしいだと?」

 「はい」

 「ステージ?あの、マジックショーのステージのことなのか?そなたはなぜ、ステージには、上がれなかったのだ?」

 「…新卒では、なかったからです」

 「なるほどな」

 「お願いです!衣装を、見つけてください!私が、必ずやあのネコを探し出し、王に、幸せの風を起こす能力を授けるよう、仕向けてみせます!」

 「…わかったよ」

 「ああ。ありがとう、ございます!」

 美女の言葉が、潤ってきた。

 「王の前では、うそは、申しません。必ずや、約束を果たしてみせます」

 ちらっと、母親のほうを見た。かしこまる母親に良く聞こえるよう、はっきりと、言った。

 「私を、ステージに上がらせてください。そうしてくださるのなら、ネコを見つけてみせましょう」

 王が、応じないわけがなかった。

 「うむ、そうか。それではそなたに、チャンスをやろう」

 美女は、頭を巡らせた。

 イヌ人間をさらに満足させ、母親をさらにコントロールする策を、練り続けたのだ。

 こんな面白い話が、口を躍らせていた。

「もう少し、申し上げます。私をさらに美しく見せるその衣装でございますが、なぜかそれが今、見当たらなくなってしまったのでございます。あなたからは、力強い雰囲気が伝わってきております。あなたの力さえあれば、私の探すその場所を言い当てることができるのではないでしょうか?」

 もちろん、イヌ人間だけに向けて投げかけられた言葉では、なかった。本当のところは、母親に向けられた言葉だった。

 母親は、必要以上に、肝を冷やされた。

 愛する息子には、トランクに隠した鳥の衣装を見せてはならないと、言われていたものだ。が、どういうわけか、イヌ人間を前にすると、しゃべらなくてはならないような気になってしまうのだった。

 はじめは、隠した鳥の衣装のことは、全否定した。

 だが…辛抱しきれなくなっていた。昔は、あんなにも、辛抱できていたというのに。

 結局は、イヌ人間を覆う冷たい目に破れたのだった。

 「これが…その…衣装です」

 その鳥衣装を差し出すことに、なってしまったのだった。

 「ああ…懐かしい。これよ、これ。この衣装が、必要なのよ。私は、やっと、あの頃の本当の私に帰ることができるんだわ」

 鳥衣装をまとった彼の妻は、水を得た魚だった。

 さっそうと、大空に翼をはためかせて、飛び立っていた。

 母親は、息子に何と言葉をかけ、どんな態度をとれば良いものやらと、絶望に飲まれていくのだった。

 母親は、まずは、彼に詫びた。

 「…アタルちゃん。ごめんなさい」

 その言葉しか、出なかった。

 が、彼の妻は、優しかった。次にどうすれば良いかを伝える手紙を、残しておいてくれたのだ。

 「私に詫びる必要など、ございません。新しいフラグを、立ち上げます」

 そうして、母親に、1つの策を教えてあげたのだった。

 「あの島の、あの小屋にまで、きてください!」

 美女の字は、気高かった。

 「あの島とは、どの島なのか?夫に聞けば、わかります」

 続きを読む手が、震えた。

 「あの小屋とは、どの小屋なのか?それも、夫にさえ聞けば、すぐに、わかるでしょう」

 そのころ、帰宅した彼は、妻と母親がいなくなってしまったとわかった。

 「お母さん…」

 本当の絶望を、味わっていた。

 「どうしようか…」

 もう、思いつく場所は、1カ所しかなかった。

 「そうだ!もう一度、あの島へいくんだ。それしか、ない!そうすれば、何とかなるかもしれないぞ!」

 小屋の姉妹たちは、良く、こんなことを言っていたものだった。

 「何か困ったことがあれば、私たちの父王を、頼るべきです。父王だけが、魔法と超自然的な力を使って、あなたを助けることができるのです」

 奇跡を信じるしか、なかった。

母親も妻も、出かけていたところだった。

 ポカポカした、良い陽気だった。

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