第49話 「見ては、いけません」
「おかえり!世界に1つだけの、私のダーリン」
帰宅するや否や、母親が、抱きついてきた。
「アタルちゃん!かわいいかわいい、我が息子。おや、おや!その子は、誰だい?」
彼の後ろでおどおどしていた美女は、今度は、恥ずかしがった。
「おや?お前には、結婚相手ができたって、いうのかい?」
「そうさ」
「アタルちゃん!」
親子は、また、抱き合った。
「…あなたは、今日から、私たちと暮らすのよ?」
美女は、コクリと、うなずいた。
母親の家に同居し、母親、妻、3人で住むこととなった。
感動の親子の再会だったが、少し時間が経つと、彼は飽きてきた。無人島のことが、懐かしくなっていた。
「そうだ、そうだったな」
通販を扱ったTV番組を観ていたとき、彼は、ふと、小屋に残された7人の美女のことを思い出した。
「たまにはいくから待っていてくれと、約束をしたっけな…」
TV番組では、何かの家電製品が、熱心に売られていた。
「お母さん?」
「なあに?アタルちゃん?」
「お母さんに、お願いがあるんだよ」
彼は、母親に、強く強く頼み込んだ。
「ねえ。お母さん?」
「なあに、アタルちゃん?」
心の底からの依頼、だった。
「何があっても、俺の奥さんを、外出させちゃあダメだからね?」
当然、不審がられた。
「それは、なぜだい?」
答えるに窮するとは、こういうことだったのか。
ちょっと考えて、こう言ってあげることにした。彼は、成長していた。自分の力で何かを考えることができるように、なっていたのだった。
「彼女は、身体の具合が悪いんだ」
が、母親は、納得してくれなかった。
「どうして、身体の具合が悪いから外出させちゃあ、ならないんだい?具合が悪いのなら、外出させて新鮮な空気を吸ってもらうのも良い方法だと、思うんだけれどねえ。違うのかねえ?」
そう言われるとは、予測ができていなかった。
「しまった…。お母さんに、こうまで言われるなんてなあ。これじゃあ、印鑑を、もってきてください。お母さんに、サインをもらってきてくださいというレベルの人と、変わらないな。学校の、若い先生だな」
もう1つ、言うべきことを、思い出していた。
「ああ、そう、そう。お母さん?」
「何だい?アタルう」
「俺がトランクに入れた物を、見せちゃいけないからね?そんなことをしたら俺、お母さんのことが、嫌いになっちゃうよ?」
そんなにもトランクの中を見られたくなかったのなら、トランクを誰にも見られない場所において、他人に、何も伝えない方法をとるべきだった。
「見ては、いけない」
人は、そう言われれば言われるほどに、見たくなってしまうものだ。
「トランクの中は、見るな」
そうは言わずに、トランクの存在自体を隠してしまうべきだったのだ。そこに思いが至らなかったのは、彼自身も気付いたように、まだまだ彼は、学校の若い先生のレベルだったろう。
「大好きだよ、お母さん!」
「わかってるわよう」
「トランクの中は、見ちゃダメ!」
「見ないわよ!」
「見ちゃあ、ダメ」
「見ないわよ」
「見ちゃあ、ダメ」
「見ない」
母親は、同意してくれた。
何といっても彼は、最凶の、オンリーワン世代だったのだ。
しかしここで、歯車が、狂った…。
結婚を承諾させたあの妻が、その親子の会話を盗み聞きしていたことには、気付けなかったのだ。
「じゃあ、お母さん?出かけてくるよ」
「いってらっしゃい!世界に1つだけの、私のアタルちゃん!」
彼は、元気に、外出した。
彼の妻は、夫アタルが無人島に一旦戻るこのときを、待っていた。母親に、しきりに、こうせがんだのだった。
「どうか私を、水浴びをさせるために、ほんの少しだけ、外出させてください」
母親は、これに、承諾できるはずがなかった。
が、こう言われてしまうと、外出させないわけにも、いかなくなった。
「ほんの少しの、外出なのですよ?よろしいでは、ないですか?それに、外出なら、あの人も、今、しましたよね?あの人がかわいいのは、わかります。お母様がお腹を痛めて産んだ、究極のメニュー、じゃなかった、究極の子どもなのですからね。それなら私は、究極の息子の妻。私だって、外出の権利はあるはずです。ね?本当に、ほんの少しの間なのですよ?」
こうもせがまれてしまえば、あらがえなかった。
年老いて、余計に涙もろくなっていた母親は、最後には、その懇願に折れた。ついに、外出を許してしまったのだった。
「お母様も、一緒に、いきましょう!」
「ええ?私も?」
母親を連れ、美女は、クローゼットの階段を上った。2人が向かったのは、泉の庭園だった。
そして…。
雰囲気は、狂いに、狂ってきた。
美女は、母親を泉のほとりに座らせ、例の泉で水浴びをはじめた。
「うわ…!」
丁度、そのときだった。
1人の男の子がその姿を見て、心躍らせてしまったのだ。
男の子は、すぐに、召使いをさせてもらっていた主人の元に駆け寄った。男の子の好奇心は、おう盛だった。
「き、きれいな人がいます!あれは、誰なのでしょうか?」
その、水浴び女性のうららかな容姿について、主人に、とくと、語って聞かせてあげたのだった。
「きた、きた…」
無垢な男の子は、背後に、もっともっと無垢な人が迫ってきていたのに気付いた。
美女が、男の子を追ってきたのだ。
男の子にとっては、想定内の流れとなった。
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