第48話 「さらば、わけのわからぬ島よ」
「痛い!」
「あら、アタルちゃん、痛かった?」
「痛いよう!お母さん!」
「ごめんね」
「もう、お母さん!俺を、誰だと思っていたんだよう!」
「ごめんなさい」
「俺、新卒なんだよ?来年は、会社員なんだよ?」
「アタルちゃん、ごめんなさい」
「痛い、痛い!」
「痛いの痛いの、飛んでいけー!」
いるはずもない母親と、会話を交わせた気がした。それが幻聴と呼ばれるものであったことまでは、考えが及ばなかった。
「ほら、ほら。アタルちゃん!男の子なんだから、我慢しなさいよ!」
「それって、セクハラだぞ?」
「…面倒ねえ」
「男だと、我慢しなくちゃいけないの?」「そうよ?わきまえなくっちゃ」
「これが、新卒様なんだね?お母さん!」
「そうね、そうだったわね」
「もう!俺たち新卒様は、来年には、就職しているんだよ?」
「ごめんなさいね。ちゃんと、入社式にいくからね。お母さん、婚活だって、がんばっちゃうんだから」
「俺たちは、最凶なの!就職課が言っていた…。えっと。氷河期とか何とかいうかわいそうなドボン世代とは、違うんだよ。努力して、内定がとれなかったそうじゃないか。あいつらはバカだったって、就職課が、言っていたよ?」
「そうねえ。アタルちゃんはああならないように、気を付けるのよ?努力なんか、格好悪いし無駄だから、しちゃあ、ダメよ?」
「そうだね。お母さん」
「アタルちゃんは、最凶よ!」
母親は、いつでも、子どもの味方だった。
「俺は、お母さんが、大好きだよ。きれいな女性を見ても、お母さんを思えば汚らわしくなるから、不思議なもんだ」
「アタルちゃんのような新卒は、素敵!きっと、モテモテよ?」
「モテモテって、二次元の話?」
「あらあ。お母さん、痛いわあ!」
「俺も、痛いよ。困ったなあ。俺って、これ以上、リア充しちゃうのか」
「痛いの痛いの、飛んでいけー!」
金の針は、消えた。
いや、消えたのではなく、見えなくなっていただけだった。針は、彼の身体の中の血流に乗って運ばれ、見事に、石化を進めていた心臓を刺した。
その結果は、晴れ晴れとしたものだった。
「気分が、良くなったぞ!」
彼の叫びが表していたように、良いことがあった。
彼は、救われたのだ。
「もしかして、これが…。この島にあるという秘薬だったのか?」
ボートに落ちていたメモ用紙にこう書かれていたのが、理解できてきた。
「島には、錬金術に用いる鳥の秘薬があるはずなのだ」
そういうことだったのかと、知った。
小屋には、7人もの女性が残されることとなった。それもまた、ほんの少し、哀れだった。
小屋の女性たちには、こう、声をかけた。
「俺は、ここから、出かけなければならなくなった。たまには、ここに帰ってくる。だから心配しないで、皆、待っていてほしい」
無理にでも、約束をさせた。
いつ出かけるのかは、言わなかった。
出かける時間は、彼の計算の中では、決まっていた。
「夜だ。7人が寝静まった夜しか、無い。決行のチャンスは、そのときにしか、ないんだ!」
3日後の夜、彼は、クローゼットの中の妻を連れて、小屋を出た。
月が出ていて明るかったのが、せめてもの救いだった。
島内を歩いて、夜明け頃に、港らしき場所に着いた。
灯台が、立っていた。
「ここになら、ボートが泊まっていても、おかしくはないな」
帰宅のための何らかの手がかりを、探っていた。
「あ!本当に、ボートが、あったぞ!」
彼は、妻と共に、喜びの声を上げた。
幸い、そのボートは、燃料つきの現役船だった。
「何、アパオシャ号?面白い名前、だな。まあ、良いか」
目的地は、すでに、インプットされていたようだった。
「自動操縦、か。これは良い。楽々だ。新卒様たち専用機っていう感じ、だな」
2人は、ただ座って、海を眺めていた。
「さらば、わけのわからぬ島よ」
島が、見る間に、小さくなっていった。
久しぶりに見る現実の母親は、たいそう、喜んでくれたものだった。
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