第46話 王だけれど、あの王ではありません
「きゃあ!」
「何?」
「何なの?」
7人のうち1人が、リビングで横たわっていた彼を、発見した。
「何?」
「どうしたって、いうの?」
「わからないわ」
「アタルったら、嫌!」
嬌声が、伝播していった。
彼は、クローゼット庭園の中で水浴びをしていた女性の1人に魅せられて、恋のショックに打ちひしがれて何も言えなくなり、心奪われ、茫然となっていたのだった。
「ねえ。一体、どうしたのよ?」
誰かに、聞かれた。
彼は、こう答えるばかりだった。
「何でも、ナカポーネ」
が、何でもないわけがなかった。彼の心臓は、半分、石化していたようだ。先日見た、クローゼット庭園の水浴び娘のうち、特に気になっていた1人に見つかった。
「あなたの、お名前は?」
「アタルだ」
素直に、応じていた。
「そう。あなたは、人間なのね?」
「そうだ!」
「へえ…」
「新卒だぞ!普通の人たちよりも身分が上の、最凶の、新卒一括採用世代様だ」
「へえ。じゃあ、普通って、どんな人なのかしら?」
「…」
「ごめんなさいね。マニュアルは、ここにはないの。教育基本法も、教室運営の手引きも、学年集会用のスピーチ全集も、ないからね?その意味は、わかるのかな?」
「…あ」
「あははははは」
笑われた。
そうしてこう言われたことが、石化のはじまりだったと、勘付きはじめていた。
これからの言葉にこそ、新たな真相の断片が眠っているような気がしていた。
「…あなたの名前は、アタル。私たちの、ストーカーさんなのかしらね」
彼は、釈明をしようとした。
が、意外にも、彼女は、怒ってはいないようだった。ゆっくりと、子ども相手に言い聞かせるようにしてきたのだった。
「ねえ、アタル?あなたって、人間のクセに、生意気よ?それに、新卒一括採用世代でしょう?生意気、倍増。まあ、良いか。私はね?今は詳しくは言えないんだけれど、ある偉大な王の娘なのよ?この島の、王。わかるかしら?ホームランを量産できる王じゃなくって、この島の、王なの」
頭が、かゆくなった。
「委員長は、権力をもっている、素晴らしい方なのですよ?」
「委員長、だって?」
「あら…」
「どういう意味、なんだ?」
「あ、あたしったら…」
「一体、どういう意味なんだよ?」
「…」
「委員長は、組織に1人。そんなの、当たり前だろう?どうしてここで、そんな変な話を、はじめるんだよ」
「そんなことは、ないわ」
「何?」
「組織のトップは、何人いても、良いでしょう?複数の誰かが、何かの組織を治めているっていうことも、考えられるんじゃないのかしら?」
「ふうん。熱心だな。俺たちのように、偉くもないくせに」
「そうね。私は、あなたのように、偉くはなかったわね。私、わきまえていませんでした」
「ふん」
「たとえば、さ」
「何だよ?」
「アタルの通っていた高校には、リーダーは、何人いたの?」
「ああ。うちの高校は、多様性を重んじる校風だとかで、2人だった」
「ふうん」
「どうしても、そのほうが、良いそうだ。多様性があるから、たくさんの生徒の意見を聞くのに、適していたんだそうだ」
「でも、私たちの委員会には…」
「何?王じゃないのか?やっぱり、委員会なのか?」
「…やだ。しまった」
「何か、秘密がありそうだね?」
「…」
「もしかして、何かを、隠しているんじゃないのか?」
「…」
「どうなんだ?」
「何にも、隠してないわよ。学校の話が出たから、つい、口走っちゃっただけよ」
「それだけなのか?」
「…」
「学校とか組織というキーワードでは、必ず、委員会とか委員長の言葉しか、連想できないっていうのか?」
「…」
「やっぱり、何かを、隠しているんじゃないのか?」
「…」
「この島の王っていうのが、その、さっき口走った、何かの怪しい委員会の委員長と同一人物なの?」
「…」
「そもそも、この島の生活って、何?まるで、できそこないのR PGゲームじゃないか。ひょっとすると、その王、っていうか委員長が、ラスボス。みたいな…」
「…」
「ねえ?何か、隠してない?」
「…面倒な世代!」
「そうさ。俺たちは、お母さんたちのような生きる教育を受けた世代とはちょっと違って、生きる教育を受けなくても生きられる世代、なんだからね。言ってて、良くわからなくなってきた」
「アタル…。さとったのね!」
彼はそこで、一旦、口を閉じた。
「もう、委員会や委員長の言葉を出しちゃ、まずいよな」
その言葉を出せば、美女が怒り狂いかねなかった。
そんな姿は、見たくなかった。
それに、美女を怒らせ、聞きたかった他のことに答えてもらえなくなってしまうかもしれないと、恐れたからだ。
「委員会や委員長のことについては、聞かないよ」
「わかったわ…」
「その代わり、泉のことについてなら、教えてもらえるでしょ?」
「泉?」
「君たちがより美しくなれる、あの、水浴びの場所について、教えてよ。それくらいなら、良いでしょ?」
「わかったよ…」
彼女は、2週間前の新月の日にその泉を見つけたのだと、教えてくれた。おそらくは、彼が、彼女らを初めて見た日のことだ。
その日以来、新月のお告げだから縁起が良いとか何とかということで、そこにきていたらしかった。
毎日、月の出る時間の前から、水浴びを楽しんでいたのだという。
「私たちって、どうだったかしら?アタルは、私たちが夜に水浴びをしていたほうが、良かったかしら?」
不敵な笑みとは、このことだったか。
彼は、ドキドキして、動けなくなってしまった。心臓が半分石化していたことに気付けたのは、階段を下りて、小屋のリビングに向かう途中のことだった。
彼は、その痛みに、負けなかった。
意地でも、クローゼット庭園を守らなければならなかった。
「クローゼットの鍵を、渡して欲しい。俺が、しっかりと、管理しよう」
「そう?」
「それじゃあ、頼んだわよ?」
「はい、鍵」
これで、庭園にいくことは、難しくなくなった。
「あとは、手順を間違えなければ良い」
姉妹たちの帰宅した翌日の晩も、クローゼット庭園へと向かってしまったのだった。
「さすがに、皆が帰ってきてしまった以上は、日中に出かけることはできない。夜が、すべてのチャンスだ」
小屋の姉妹ら7人が、皆、寝静まったのを確認してから、クローゼットを開けて、庭園を目指した。
「計画通り…!」
うれしくも、うれしくなかった。
半分石化していた心臓が、ときにミシミシと、痛み出したからだった。
夜の庭園は、いつもとは違っていた。
鳥の着ぐるみをまとって変装をしたいつもの女性たちが、集まっていたのだった。
「…そうか。そうか。夜は、さすがに、危険だ。カモフラージュしてごまかすために、あの恰好をしているんだろう」
勝手に、納得していた。
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