第44話 きっと、美女のプライド
誘拐フラグが、おかしかった。
「これは、ピンチだ」
展開の早いゲームが、繰り広げられたようだ。
移りいく海原風景は無視して、ボートの上を、見渡した。
「何?」
キツネ人間が、操縦していた。
「あの、キツネめ!」
掴みかかろうとした。が、強固なアクリル板が張られていて、ボートの操縦席までは、近付けなかった。
「何だ、この、アクリル板は!アクリル板…。そうか。そうだったな」
社会は、丁度、新型ウイルスが広まりはじめていた時期だった。
飛沫感染を防ぐためにも、人との間にアクリル板が覆われているのも、おかしなことではなかった。どれだけ強固な板が設置されようとも、船は、製造違反はおろか、操縦違反にもならなかったことだろう。
「アクリル板…!やってくれるじゃ、ないか!」
キツネ人間は、何食わぬ様子で、ボートを動かし続けていた。
ボートの中には、こう書かれていたメモ用紙が、落ちていた。
「お前がこれを発見したということは、目が覚めたということか。これからお前は、ある無人島のある小屋を目指して、航海を続けていくことになる。そこに、錬金術に用いる鳥の秘薬があるはずなのだ」
為す術なく、時間が過ぎるのを待った。
「ブルルルル…」
船の動きが、落ち着いた。
どこかの島に、到着したのだった。
キツネ人間が、操縦席に立てかけられていた分厚いアクリル板の一部を開錠し、迫ってきた。
「降りろ」
キツネ人間が、ピストルを、突き付けてきた。
「わかった…。わかったから、何もしないでくれ」
「フン。いいだろう」
島に、降ろされた。
降ろされるとすぐに、ボートのエンジン音が押し寄せてきた。
「じゃあな」
キツネ人間は、ボートに乗って、去っていった。
「…放置遊戯っていう、ことか。趣味が、悪いな。参ったな。ここが、その秘薬のある島だって、いうのか?」
無人島内を、歩き回ってみた。
「あーん…。疲れたあ」
いくつものガタゴトした道を抜け、林に突き当たった。
その林も、抜けた。
岩肌がむき出しになった場所があり、広場があったような痕跡が広がっていた。また、林が見えた。
その林も、抜けた。
陽が、落ちかけてきていた。
今度は、ログハウスが見えてきた。
とりあえず、キツネ人間が書いたであろう紙の文面は正しかったようだと、わかってきた。
「ログハウス小屋、か。こんなところに秘薬なんて、本当にあるのか?…あ!」
新たな事実に、驚かされた。
その小屋の中を窓から覗くと、平和が見えてきたからだ。
小屋の中でなら、待ち望んでいたような安らぎが、充分に得られようとしていた。
もう少し、奥まで、覗いてみた。
「やった!今度は、動物の着ぐるみなんかじゃあ、ないぞ!」
2人の美しい女性が、向かい合って、チェスを楽しんでいたのだった。
「ギイ…」
小屋の扉を勝手に開けるのに、何のためらいもなかった。自分自身でも驚いてしまうくらいに、すんなりと、小屋の中に、導かれていたのだった。
「何を、しているの?」
馴れ馴れしく聞くと、呆れられた。
が、丁寧に、教えてくれた。
困っていた人に向けて話さずにはいられなくなったのは、美女のプライドと、いうものか。
その島での生活模様から、ここで共に暮らしている他の人たちのこと、その血縁関係など、意外にも多くのことを、語ってくれたのだった。
その2人の美女には、5人の姉妹がいたという。
「7人ものきれいな人が、いるの?」
言いかけて、慌てて、口を覆っていた。
「なんて、きらびやかな島なんだろうか」
とりあえずそのときは、そう思うだけで、やめておいた。
が、何を思おうとどんな視線を投げかけようと、彼得意のポケーッという顔を見せていたとしても、その2人は、嫌な顔1つしなかった。知らない人に何も怒られない状況が、いかに、心地良かったことか。
話は、進んだ。
彼女らの父親はこの島の王であり、その王の配慮で、娘たち皆が、その小屋に安全に住まわされていたのだという。
「何不自由、ないのか。良いなあ」
感服させられた彼は、彼女たちに、島の外の社会のことを、語ってあげた。そこが、どれほど自分たちには残酷であったか。どれほど、オンリーワンの偉大さに気付けない無能社会であったのか。
涙ながらに、訴えてしまうのだった。
「良いなあ、うらやましいなあ…」
美女7人の小屋は、子どもの頃に連れていったもらったマジックショーのステージのように、きらびやかだった。
「まるで、マジックショーだな…」
ポツリと、つぶやいた。
すると、美女のどちらかが、クスクスと笑いながら、言った。
「あら?ここは、以前は、本当に、マジックショーのステージとして使われていたらしいの。知ってた?」
きらびやかがさらに増したような気が、痛かった。
「良くわからないけれど、その緩やかな雰囲気が、また、きれいなんだよな。この人たちの近くから、離れたくないよ」
小屋から外出したくなくなった楽しい日々が、1カ月近くも、続いていた。
帰宅を待つ母親のこと、専門学校のことなどは、どうでも良くなった。今は、その小屋からは、出ていきたくなくなっていた。
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