第43話 母親のいない子に、光の風は吹くのか?

 「どうですか?自分自身の力で、違いを考え、理解する作業は、難しいでしょう。若い世代の先生なら、なおさらですよ。考えて考えて努力し、それでも挫折して、またはい上がって生きることをしてこなかったためですよ。マニュアルにあること以外には、対処できません。現職の教育者の、限界!コン、コーン!」

 「…」

 「今は、先生不足社会。新卒で教員免許をもっていれば、公務員の地位が、手に入りやすくなりましたね。学校の先生になりたいから先生になるのではなく、どこにも就職できなかったから先生にでもなるかなあという人が、出てきました。社会は、変わってきたものですよ。コン、コーン!」

 気味の悪さに、従うしかなかった。

 「マジかよ…」

 キツネ人間は、さらに、考えさせられることを言った。

 「あなたも、学校の先生のように、光の風を感じ取れるようになってくださいね。さあ、これも、重要なフラグです!」

 数秒の間を開けて、新たな風が、呼び込まれようとしていた。

 「コーン!コーン!」

 むなしい咆哮が、町を、包んだ。

 各ステージが、嫌な感触のままに、進んでいた。

 彼は、帰宅後、すぐに、キツネ人間との出来事を母親に話した。

 「そうねえ…」

 母親は、気分が悪そうだった。

 「その、キツネの人って、ミスラさんだったんじゃないのかしら?」

 「ミスラさん?」

 「そうよ?その人だったんじゃないのかしら?」

 「何だって?」

 「母さんには、それくらいしか、わからないわ」

 「え?」

 「だから、ミスラさんだったんでしょう?」

 「ミスラって、人の名前だったの?」

 「そうよ。店の名前でもあるけれど、人の名前よ?」

 ますます、わけがわからなくなってきた。

 父親のマツダなら、良く知っていた書店だったらしいが、今は、その父親がいなかった。

 手がかりは、つかめず。

 為す術が、なかった。

 「思い出してみて、ください」

 「はあ…」

 「お母さんに、印鑑を押してもらってきてください。平気でそう言える先生が、怖いですよねえ。ミスラの光を差し上げたいものですよ」

 「…?」

 「今は、様々な理由で、母親のいない子が増えてしまいました。たとえ母親や父親がいても、DVなどの危険性を考慮して、家庭裁判所の判断も出て、別居をさせられるケースも出ています。印鑑を押してくれる…おっと、私も、間違えましたね。印鑑ではなく判子を押してもらえる、でしたね。とにかく、母親にそうしてもらえる子ばかりとは、限らなくなりました。社会の辛い状況がわからず、教育的マニュアル思考で児童生徒らと接触する先生を見て、どう思いますか?」

 「…」

 「思い出してみて、ください」

 「何?」

 「あなたのお父様にお母様のことを、思い出せますか?」

 「?」

 「夫婦のゲームは、残酷ですよ。テストプレイなどできぬままに、時は流れていきますからね。ゲームバランスの調整など、いつ、できましょうか?」

 「…」

 「あなたは、本当に、あの夫婦R PGゲームを考案した人の息子ですか?」

 「ちょっと…。何を、言っているんだ?」

 「ああ…。夫婦R PGゲームは、教育を考えコンテンツでもあったのです。コン、コン。コーンの、コンテンツですよ」

 「…」

 「良い風がこなければ、教育は、上手く、進みませんよ?」

  「…」

「扇風機も、同じく」

  「…」

「光の風を、思い出してください」

「…」

「光の風を復活させられない先生が、恐ろしいものですよ。母親に頼れない児童生徒が、どれだけ、傷付くことか。泣いてしまう子だって、いるのですよ?教室の皆の前では泣かなくても、誰かに打ち明けられずに泣いてしまう子も、います。こっそりと、友達に打ち明けたりして、打ち明けたが故に泣いてしまう子も、いるのです。そういうことが、今どき世代の先生にはもう、わからないのですよ」

 「わかったよ」

 飽きたら、辞めてしまえばいいのだ。

 就社先の会社だって、そうだ。辞めてしまえば、良いんだ。

 辞めても、まだ、新卒扱いをされるのだ…。

 それもまた、彼らの世代の特権だったはずだ。

 「あれ…?」

 承諾書にサインをするため、キツネ人間の差し出してきたサインペンのキャップを外すと、頭が、クラクラとしてきた。

 「な…。この臭いは…。この臭いは、何なんだ?お母さんの臭いじゃあ、ないぞ?この臭いは、何なんだ?もう、だめだ…」

 薄れいく意識の中で、高笑いが聞こえたような気がした。

 「ははは。落ちた、落ちた。この世代は、楽勝だ。危機管理能力が、著しく、ないんだからな。やはりこれは、面白いR PGゲームになるだろう!」

 キツネ人間は、気分良く、倒れ込んでいた彼を仲間と担ぎ、大きなトランクの中に詰めた。

 また、大きなカバンも、用意した。こちらは、金目のモノを詰め込むために用意された物だった。

「よし、良いですよ。アジ先輩!」

 どこからともなく、クマの着ぐるみをまとった人間が、やってきた。

 「相変わらずの、キツネっぷりだな。暑いな」

 クマ人間は、タオルを握った。

 アジ先輩と呼ばれたクマ人間のもっていたタオルには、ソロアフター社という文字が、小さく書き込まれていた。

 キツネ人間は、クマ人間に送られ、ある港に着いた。

 「じゃあな」

 「先輩、ありがとうございます」

 「分け前については、あとでな」

 「ええ…。印鑑、ではなかった。判子を持参いたしますよ」

 「頼んだぞ。契約書は、用意しておく」

 「それでは、先輩。お元気で」

 キツネ人間は、ボートに乗り込んだ。

 「いくぞ。アパオシャ号!」

 ボートが、動き出した。

 満足して、逃げていくのだった。

 小さな航海の途中で、キツネ人間は、トランクに詰め込んだ彼の頭に、キツネ人間が今し方まで履いていた靴下を、かざした。

 「臭い!」

 飛び起き、いくつかを、理解した。

 「やられた…」

 いつか、母親の言っていた言葉を、思い出していた。

 「キツネは、信用してはいけない」 

 後の祭り、だった。

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