第39話 イヌが加わったターゲット

 涙して…。

 涙して…。

 喜んで、飛び上がりたくもなった。

 「マユ…」

 自分自身が、誇らしくなってきた。

 「ああ…。俺は、何て、素晴らしい夫なんだろうな?感動の嵐、だよ」

 が、喜べない状況だった。

 すぐに、イヌの着ぐるみ姿の誰かが、部屋に入ってきたからだ。

 「何だ?」

 そのイヌ人間もまた、奇妙なことに、マユと同じように、両手に手袋をして、左手に、ビニール傘を握りしめていた。

 その右手には、ピストルが握られていた。

 「ウソだろう?そういう冗談は、やめてくれよ」

 後ろを、振り向いた。

 誰も、いなかった。

 「マユ?マユ?どこに、いったんだ?」

 イヌ人間が、近付いてきた。

 「だ…誰なんだ?」

 ゆっくりと、近付いてきた。

 「お…。お前は、誰なんだ?」

 ピストルを握って下ろされていた手が、上げられた。その照準は、明らかに、彼の胸に向けられていた。

 「マ、マユじゃないのか?おい、マユ!お前は、どこにいるんだ?こんな冗談は、やめてくれよ!」

 後ろを、振り向いた。

 そういえば、こんなことを思いだした。

 「どうして、こんなときになって、こんなことを思い出すんだ!こんなひどい話って、あるか!」

 彼は、思い出した。

 …そういえば、妻マユが、こんなことを言っていたことを。

 「あたしね?働こうと、思うんだ。これからは、共働きの時代よ?社会の動きに、合わせなくっちゃ。私だって、パート労働で働くんだからね?着ぐるみに入って、ショーのステージで、実演販売みたいなことをやるのよ?何の着ぐるみなのかは、内緒よ?何のショーのステージなのかも、な、い、しょ!」

 思い出せたことが、あった…。

 妻は、こんなことも言っていたはずだ。それって、今思えば、どういう意味だったんだろうか?

 「あ、そうそう!私ね?私たちの世代が苦しんだ真相が、わかってきちゃったんだよかね!」

 真相?

 何を、いっていたんだか?

 彼の振り返った先に、新たな雰囲気が、香ってきた。

 クローゼットの中から、いつかに見たネコ人間が這い出てきたのだ。

 「マユ?」

 ネコ人間は、何も答えなかった。

 「…マユなのか?」

 そのとき、ネコ人間を逮捕するため、何人かの地方公務員集団が、忍び寄っていた。

 「…なあ。何か、言ってくれよ。マユなのか?」

 ネコ人間は、何も、答えなかった。

 ネコ人間の手には、ピストルが握られていた。

 夫の胸に、照準が合わせられていた。





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