第38話 思わず、泣いちゃった
何が何だか、わからなかった。
彼女は、再び、悲しげに微笑んだ。
「あなた?なぜ、私が縁日のピストルを持っていたのか、わからなかったの?」
「ごめん…」
「ピストルの硝煙反応を隠したいから、ビニール傘を手にしていたわけじゃあ、ないのよ?しっかり、してよ」
「ごめん…」
謝っても、状況は変わらなかった。
彼女の悲しそうな顔は、続いた。
「あなた?なぜ、私が縁日のピストルを持っていたのか、わからなかったの?」
「…」
無言を貫いて、謝罪を表していた。
彼女は、呆れ顔だった。
「男は、やっぱり、そうなんだ…。私たちが2人ではじめていった縁日のことを、思い出して欲しかっただけなのに」
「え?」
状況が、著しく、変わってきた。
「私たちがはじめて2人で出かけたのが、縁日だった。その日は、雨が降っていた。ビニール傘の、縁日だったわ。縁日のピストルのおもちゃが、水鉄砲のように濡れて、愛おしかった。それをあなたに、思い出して欲しかっただけなのにね。楽しかったわ…。私、忘れない。たとえあなたの記憶が飛んでいたと、しても」
彼は、泣いた。
おいおい、泣いた。
そんな彼を、彼女は、黙って見ていた。
「2人とも、おめでとう!」
「え?」
彼は、泣きべそをかきながら、震える身体をくねらせて、振り返った。
アリマが、立っていた。
「お…思い出した」
彼の瞳孔が、開いた。
2人が縁日にいったその日は、たしかに、雨が降っていた。
「どうしよう?」
彼女が、そう言ったときだった。
「濡れるぞ、マユ。みっとも、ない」
誰かが、彼女に、ビニール傘を差し出していた。
それが、アリマだった。
わざわざ、妹を追って、傘を持ってきてくれたのだった。
「ビニール傘しかなくて、すまんな」
「ううん。透明で前が良く見えるから、それで良いわ」
「こんな日に、高級な傘を用意できなくてすまん。ダメな、兄貴だ」
「そんなこと、ない。金さえあれば良いというような発想しかできないんじゃあ、定年退職世代だわ。そんなことだから、あの人たちは、社会の爆弾になるのよ。家庭に戻ってきて、奥様は、どんなに嫌がることでしょうね。学校の先生は徳のある偉い人だというようなもの、だわ。狂っている。何かが、狂っているわ。児童生徒は、学校の先生が、職場以外でそんな存在なのか、わかっているのかしら?」
「…良く言うよ。我が妹ながら、恐ろしいよ」
2人のやりとりに圧倒された彼は、アリマに聞いた。
「あ、あの…。失礼ですが、あなたは、どなたですか?」
するとアリマは、ちょっと考えて、こう言った。
「あなたの、親族になる男ですよ?義兄になる男ですよ。きっとね」
素敵な素敵なユーモア、だった。
「ええ?どういう意味、ですか?」
「そのうちに、わかりますよ」
「ええ?」
彼は、本気で、驚いていた。
彼の反応も、良かった。
ステージに上がった人の、さらには、催眠術のマジックをかけられた人の手本のような驚き方だった。
当時は、皆が、良い関係だったのだ。
「あなた!いつまで、思い出に浸っているのよう!」
彼女が、いたずらっぽく、笑い出した。
「ねえ?」
彼女が、また、笑った。
「あなたは、知っている?」
「え?」
「男と女の生活は、振り子時計なのよ?もしくは、バランスボールとも、言うみたいだけれどさ。そのバランスボールは、用意できないけれど…」
「何だ?」
「あなたには、これをあげるわ」
彼女が、オルゴール付きのかわいらしい振り子時計を、渡してきた。
「あなたにまた出会えて、良かった。プレゼントよ…」
「マユ…」
次にアリマが、こんな幸せなことを言ってきた。
「俺にも、登場の機会を、与えてくれよ。ステージに上れるのは、お前たち2人だけじゃあ、ないんだぞ?なんちゃってな。お前たち2人に、プレゼントを用意したんだ。今日は、3人が再会できた、良き日だからね」
「兄貴、何?指輪?」
「違うよ」
「義兄さん、何ですか?」
「ははは、気になるのか?」
アリマが、隣りの部屋から、大きな箱をもってきた。そしてその箱を置いて、部屋から出ていった。
「じゃあね。2人とも」
場の空気が、華やかに彩られた。
「キャー!お兄ちゃん、ありがとう!」
「義兄さん…」
涙が出そうなくらいに、感謝していた。
「あなた?開けてみてくれる?」
「ああ」
箱は、最新家電入りのものだったようだ。
箱の外に、こう書かれたテープが貼ってあった。
「最新縦置き扇風機、在中」
彼は、涙した。
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