第31話 がんばっちゃった人たちって、かわいそうなの?

 「何だって、こうなっちゃうんだよ!なんて意地悪なボート、だ!一体誰が、こんな方法を考えたんだ?製造元か?まったく、俺を、誰だと思っていたんだ?最凶世代様だぞ?社会は、生意気なんだよな」

 最新型扇風機の登場を、心の底から、願っていた。

 「ああ…。あの扇風機があれば、良かったのになあ。待とうか。…待っていれば、良いんだろうなあ。学生のときまでは、誰かが、何かをやってくれたものなあ。やっぱり、待ていれば良いんだろうか?」

 だが彼は、忘れていた。

 あの大きな扇風機があったとしても、電源プラグ1つありそうになかったこの島を歩いていたことを、だ。

 彼は、扇風機に、危うく、特別な感情を抱いていたのだった。

 「こんなものは、もう、必要ない!」

 自信の欲求が少しでも満たされなければ気に入らなくなった彼は、暴挙に出た。

 「世界に1つだけの幸せなんて、なかったじゃないかあ!」

 貴重なハンドタイプ扇風機を、草の上に、投げ捨ててしまったのだ。

 いつも、何かが欲しければ欲しいほど、もがき苦しんだものだった。

 「人間って、欲しかったものを一旦手に入れてしまうと、変わるんだな」

 通常社会人としての遅い理解に、うろたえていた。

 「俺って、何を、やっているんだろう?」

ようやく理解できてきた気になったその反動的心理が彼に何をもたらすのかは、神のみぞ知るところと、なっていた。

 「暑いなあ…」

 彼は、歩き続けた。

 「これで、良かったんだ。扇風機、1つくらい…」

 誰かを見つけるのが目的の旅のはず、だった。が、彼は、その目的を邪魔された。ここで、恐るべきことに気付かされたのだ。

 「あ!もしもここで他人を見つけたら、世界に1つだけの俺の偉大さが、わからなくなってしまうんじゃないだろうか?」

 彼は、病んでいたのかも知れなかった。

 「もしかしたら…。誰も見つけられないほうが、幸せなんじゃないだろうか?」

 彼の頭は、ほぼほぼ適当に、ゆとっていたようだ。

 「ネコ人間…」

 マジックショーのステージのことを、思い出していた。

 「そういえば、ステージ上の俺を見て、拍手も何もしない客がいたように感じる。だらしのない客、だったよな。スターになっていた俺の気持ちや偉大さには、何も、気付いちゃいなかったんだ。ふん。最悪の、感度だったな。扇風機じゃあないが、心に新鮮な風を吹き込めないくらい、理解力のない人間の集まりだったんだろうな。くそ…。ああ。何て俺は、運がなかったんだ。わからない。なぜ俺は、こんなところを、ずっと歩いているんだろうなあ…」 

 彼は、心のいくつかのバランスを、失いかけていた。

 約束も、忘れかけていた。

 「助けてくれ…」

 いつだったか彼は、そんな声なき声を聞いて、声たちに、こんなことを約束してあげたものだった。

 「わかったよ。わかった、わかった。皆を代表して、俺が、助けを呼んでくるよ。だから、待っていてくれ」

 その約束を忘れてしまうくらいに、力無き旅となっていたのだった。

 「本当に、誰にも会えないんだな…」

 彼の足は、孤独だった。

 歩けば歩くほどに、誰にも会えなくなってしまうような恐怖を味わっていた。

 「さみしい」

 だからこそ、なお一層、孤独でならなかったのだった。

 「この島は、無人島です」

 彼をここに連れてきた男は、素っ気なかった。

 その言葉の意味は、理解できそうで理解できなく、しかし、わかりたくなくてもわかってきそうになっていた。

 苦しみ抜いて努力をしてきた先輩世代の人たちでなら理解できたことが、彼には、追い付けない幻でしかなかった。

 「もどかしい…」

 また、座り込んでいた。

 「疲れたなあ」

 努力をし続けたという世代の強さが、うらやましくなっていた。

 「俺たちは、ステージに上がれるはずだったあの世代の人たちのチャンスを、横取りした。俺たちとおじさんたちだけが、良い思いをした。あの人たちは、俺たちを恨んでいることだろうなあ。殺そうと思っていても、おかしくはない」

 途方に、くれそうだった。

 「それでも俺たちとおじさんたちだけは、甘い蜜を吸った。それも、俺たちが努力して吸えた蜜じゃあ、なかったんだよな…。良く考えれば、俺たちだって、あのおじさんたちだったのかなあ?この社会の、ものすごーっく嫌な真相を、つかまされたみたいだよ。新卒で、気分が良かったのになあ。ゆるゆるな教育ゲームを楽しめた上に、今度は、新卒一括採用だよ?超絶、ラッキー!ハッピー!他人が努力して育てた蜜を、うわべの言葉を巧みに並べて、奪いとれたようなものだったものなあ」

 平気で、口に出せていた。

 「他の世代の人って、どんな気持ちだったんだろう?」

 気持ちが、暴走していた。

 「がんばっちゃった人たちって、かわいそうだよなあ」

 本人は、何気ない気持ちで、言っていたのだろう。そんな無邪気さが、ゲームのテストプレイを忘れて生まれたラスボス以上に、過酷だった。

 「かわいそうな人たちのことを考えていたら、気持ちが、悪くなった…。やっぱり、わきまえなくっちゃいけないよなあ!」

 そのころには、ステージ上で喝采を浴びて酔えた日々を、恨んでいた。何もかもが無念で、ならなくなっていた。

 彼は、マジックショーを、楽しめた。

 誰と、楽しめた?

 他の観客と、楽しめた?

 冷静に考えれば、他の観客とは、誰だったのだろう?  

「やっぱり、おかしいぞ?何度考えても、おかしい。これまで、マジックショーを巡って俺が出会っていた人たちは、一体、誰だったのだろうか?この島の、住人?それだけか?…違う。ここは、無人島だって、言っていたじゃないか。俺は、亡霊にでも会っていたんじゃないのか?」

 心の何かが、弾け飛んだ。

 「そうだ。マジックショーの観客は、ひょっとしてひょっとすると、この俺を妬んでいたんじゃないのか?このステージの歓声は、本当に、素晴らしきオンリーワン世代のこの俺を讃えて起きた波だったのか?ステージ上の俺は、観客に見定められたモルモットだったんじゃないのか?」

 精神的に、奇妙になってきた。

 身体全体が、震えてきた。

 「マジックショーとは名ばかりの、人間品評会だったんじゃないのか?それなら、あのネコ人間は、何だったんだ?何かの、象徴だったのか?まさかとは思うが、死の商人だったんじゃないのか…?」

 様々な負の憶測が、心の中を這っていた。

 そのモヤモヤを吹き飛ばそうと、扇風機を見つけようとした。が、ハンドタイプ型のあの扇風機は、どこかに、捨ててきてしまっていたのだ。

 「もう…。無理だ」

 がく然と、した。

 そのとき―。

 「あ、また、あんたか!」

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