第29話 これで、ラストチャンスなの?
「新卒一括採用なんて悪魔的なことをしたから、社会は、ぐずぐず。そりゃあ、働かないおじさんがいてこそ、助かる場面もあるでしょう!でも、それももう、限界!社会で何が起こされるのか、私が、話してあげましょうか?さあ、私を、ステージに上げてちょうだい!」
声は、重なった。
「私は、頭が、ぽーっとしてきましたよ」
「眠くなってきましたなあ」
「最近の警察官なんて、住民のためを思って、懸命に働くんだそうですよ?」
何とかしてステージに上がろうと、見え透いたようなウソをついていた。
「眠い」
「もう、催眠術にかけられたみたいだわ」
「私、だって」
「俺も、だよ」
「皆の前で、しゃべりたいですなあ」
「私の言うことは、寝言。だから、何を言っても、構わない」
「ああ。眠い」
「私は、眠くなったよ。さあ、ステージに上がるチャンスだ。ネコさんや、私のところにきてくれんかね」
「いやいや。ステージに上がるのは、俺のほうだ。むにゃ、むにゃ」
客は、必死になって、演技をはじめた。
人間の醜さが、どんどんと、現れていた。
「こんなのは、許せない!」
彼の心の中に潜んでいた闇の扇風機が、風を興した。
「皆に注目されるのは俺のほうだ!オンリーワンは、俺たちの世代なんだ!これは、許せない!」
偽善者としての彼には、悔しくて、ならなかった。
「それでは、お客様?どうぞ、こちらへきてくださいニャ」
観客の誰かが、ステージに上がった。
「おお、あんたが選ばれたか!」
その誰かのうらやましい勇姿が、観客の皆を、大いに湧かせていた。
悔しかった。
「チャンスは、あと1回くらいだろう」
彼は、覚悟を固めた。
「次こそは、ステージに上ってやる!」
ステージの上のネコ人間マジシャンと、そこに招かれた観客とを、見つめていた。見つめていたというよりも、にらんでいた。
「次こそは、ステージに上がるんだ。これが、最後のチャンスだろう。1度でもチャンスを逃したら、人生は、ぐたぐただ。並んでいた列に横入りされて、1度コースから外れたら、もう、ステージには上がれないんだ」
足が、震えてきた。
何かに、似ていた状況だったからだ。
「忘れるなよ、俺…。怒れ、俺…。たった一度でもステージに上がれなければ、人生、台無しなんだ。これが、同じ人間のすることなのか?」
自分たちの世代がやってしまったことを棚に上げて、憎んでいた。
それが、就社エゴイズムの大いなる矛盾と無知だとも、気付けずに。
「疲れたなあ」
努力をし続けたという世代の強さが、うらやましくなっていた。
「俺たちは、ステージに上がれるはずだったあの世代の人たちのチャンスを、横取りした。俺たちとおじさんたちだけが、良い思いをした。あの人たちは、俺たちを恨んでいることだろうなあ。殺そうと思っていても、おかしくはない」
途方に、くれそうだった。
「それでも俺たちとおじさんたちだけは、甘い蜜を吸った。それも、俺たちが努力して吸えた蜜じゃあ、なかったんだよな…。他人が努力して育てた蜜を、聞こえの良いウソを並べて、奪いとったようなものだ」
精神的な変化が、怖かった。
「気持ちが、悪くなったよ…」
そのころには、ステージ上で喝采を浴びて酔えた日々を、恨んでいた。何もかもが無念で、ならなくなっていた。
彼は、異常に、恐れなければならなかった。
「これまで、マジックショーを巡って俺が出会っていた人たちは、一体、誰だったのだろうか?この島の、住人?それだけか?…違う。ここは、無人島だって、言っていたじゃないか。俺は、亡霊にでも会っていたんじゃないのか?」
心の何かが、弾け飛んだ。
「そうだ。マジックショーの観客は、ひょっとしてひょっとすると、この俺を妬んでいたんじゃないのか?このステージの歓声は、本当に、素晴らしきオンリーワン世代のこの俺を讃えて起きた波だったのか?ステージ上の俺は、観客に見定められたモルモットだったんじゃないのか?」
精神的に、奇妙になってきた。
身体全体が、震えてきた。
「マジックショーとは名ばかりの、人間品評会だったんじゃないのか?それなら、あのネコ人間は、何だったんだ?何かの、象徴だったのか?まさかとは思うが、死の商人だったんじゃないのか…?」
様々な負の憶測が、心の中を這っていた。
そのモヤモヤを吹き飛ばそうと、扇風機を見つけようとした。が、ハンドタイプ型のあの扇風機は、どこかに、捨ててきてしまっていたのだ。
「もう…。無理だ」
がく然と、した。
そのとき―。
「あ、あんたは!」
目の前に人が立っているのが、わかった。
それは、彼をこの島に連れてきた会社の男だった。
「何、どういうことだ?」
マジックショーの小屋は、どこにも、なくなっていた。月明かりの下に、立たされていた。
「おや、おや。マツダ様で、ございましたよね?がんばって努力して、生きてみてください。努力をすれば、この島から出られるでしょう。おっと、あなた方の世代には、努力はできませんかねえ?ははは」
何も、言い返せそうになかった。
男は、ぶら下げていたカバンを探り、何かの部品のような物を、取り出してきた。
「そ、それは?」
「お客様。わかりませんか?ハンドタイプ型扇風機を動かすための、電池ですよ」
「ああ…」
「もっとも、今のあなたには、必要がないでしょうがねえ」
「?」
「意味が、わかりませんか?」
「うん…」
「自分自身の頭で物事を考えてこなかったツケが、こうして、出るのです」
「…」
「よろしいでしょうか?お客様は、あのハンドタイプ型扇風機を、手放してしまったのでしょう?」
「な、なぜ、それを…!」
見抜かれていた。
「かわいそうなあなたに、この電池を売りましょう」
交渉が、はじまった。
「何で、電池が必要なんだ?」
「ですから、扇風機を動かすためですよ」
「…」
「これで扇風機を動かし、光の風を復活させられれば、望む結果が得られそうな気がしませんか?」
「…」
「お客様?この乾電池、一本10 00万円で、いかがですか?」
「何だって?」
「足下を、見やがって!この、卑怯者」
「卑怯者?」
男は、口を、変な方向に曲げた。
そしてその曲げられた筋を器用に戻しながら、声を荒らげた。
「おい、マツダ!」
「…客にたいして、マツダ呼ばわりか!」
「これは、失礼!」
「…」
「お客様は、私に向かって、卑怯者と、おっしゃいましたね」
「…ああ」
「しかし、ですね。本当に卑怯者なのは、あなたのほうですよ」
「…」
「いえ、正確にいえば、あなた方の世代のほうが卑怯ということでしょうかねえ」
苦しかった。
心臓を握られた気分に、陥っていた。
「おい、マツダ!」
「…」
「これは、失礼」
「…」
言い返せるはずは、なかった。
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