第28話 ネコにポストに、社会の真実を演じるステージ、開演!

 翌日は、並ぶのに、少しばかりの遅れをとった。最前列に並ぶことは、できなかったのだ。

 先にいかなければならない衝動が、先走っていた。コントロールのいかないもどかしさが、せわしなかった。

 「割り込みたい。でも、できない。皆が、見ている。ここで割り込んで、この最前列を勝ち取って、恨まれでもしたら嫌だな。何をされるか、わからない。殺されでもしたら、終わりだ。俺たち新卒一括採用世代様に横入りされた人たちの気持ちが、少し、わかってきたぜ。くそ」

 秩序には、あらがえなかった。

 おとなしく、列の後ろについた。

 「昼寝を、しすぎたな。並ぶのに、手間取った…」

 ここでは、自分1人きりの生活だった。

 誰かが起こしてくれると思っていたが、そうしてくれることはなかった。あまりにも想定外なこと、だった。

 「どうぞニャ」

 観客が、小屋の中に、なだれ込んだ。

 なだれ込んだといっても、30人程度だったか。

 しかしその人数が、彼には、妙に、いらついたものだった。

 結局、ステージのすぐ前の席に座ることができなかった。

 「しまったなあ…」

 身もだえするしか、なかった。

 「参ったな…。一体、どうすれば良いんだ」

 すると、そこに、救いの手が現れた。

 ステージ前の最前列に座っていた誰かに、小屋の外のほうから、声がかけられたのだ。声をかけられたのは、若い男。若いといっても、彼よりも何歳かは年上の男だった。

 「ちょっと、お前!手伝って遅れよう!私1人じゃあ、無理よ。息子の力がないんじゃあ、困るわよ」

 声をかけたのは、その人の母親だったか。

 席に座っていたその男が、立ち上がった。そうして、外の母親に向かって、駆けていった。

 「しめた!」

 その瞬間を、見逃さなかった。

 「ここは、俺の席だ!」

 すぐに割り込んで、その席に座り込んでしまったのだった。

 「抜け出たあの男が戻ってきたとしても、そいつが悪いんだ。この席には、誰かが座っていたことを示す証拠は、何もないしな。あの男、ハンカチすらも置いていかなかったじゃないか。ということは、この席を放棄したのも、同じだ。真面目に並んでなんかいたから、こういうことになるんだ。バカが。あの男のポストはなくなったわけだが、これは、そいつが悪いんだ。俺には、関係ないね」

 自信に、満ちあふれていた。

 とにかく、最前列に座らなければ、ならなかった。

 もちろん、ネコ人間に気に入られてステージに上がり、催眠術をかけてもらうためだ。それによって彼は、ヒーローになれることを確信していた。

 「母親の手伝いも、きついよな…」

 それから5分ほどして、一旦出ていった男がまた戻ってきた。

 「母親だから、大切にするわけだが。開演に間に合ったから、まあ、良いか。社会って、意外と、思うようにやりたいことができないステージなんだよな」

 男は、頭をかいていた。

 そそくさと動き、うろうろしはじめた。

 「あれ?」

 なおも、うろうろしていた。

 彼にはもう、その男のことには、関心がなくなった。

 「あの…、つい先ほどまでここは、私が座っていた席なんです。私、この席に、座りたいのです。もしもし?私が、ここに座りたいのです。席を、移ってくれませんか?」

 そう声をかけられた気がしたが、関心もなく、無視をした。

 「この男が、悪いんだ」

 何とか、心を落ち着かせていた。

 「この男がどうなろうと、俺には、関係がないね。俺が、席を奪ったんじゃないんだ。この席が空いていてかわいそうだから、座ってやったんだ」

 いけない合理化が、無残だった。

 席を探す男は、まわりの人にも、声をかけていた。

 「ここは、先ほどまで、私が座っていました。呼ばれて、ちょっと、席を外しただけでした。きっと皆さんも、私の様子を、見ていましたよね?」

 が、彼の隣りにいた人も、また後ろにいた人も、何も答えなかった。

 なぜだったのか?

 「正直に答えて、トラブルを起こしたくない」

 きっと皆が、そう、思っていたのだ。

 「正直者が、バカを見る」

 社会では、上手く言ったものだった。

 「人って、残酷なものだよな」

 そう思えたが、その残酷さの原因を作ったのは誰なのかを問う余裕など、微塵もなかった。

 ポストを横取りされた男は、悲しそうに、去っていった。

 「良い気味だ」

 彼独自の有頂天が、始まった。

 マジックショーの開演を待ち望まずには、いられなかった。

 「さあ。ネコ人間よ。俺を、ステージに上げてくれ!」

 ステージの上は、特別扱いの場だった。

 ステージに招かれて催眠術をかけられた人は、社会の秘密を暴露し、社会的英雄の称号に酔うことができただろう。

 「開演ニャ」

 ステージの幕が、上がった。

 ネコ人間が、マイク片手に、ステージをかっ歩しはじめた。

 「お願いだよ、ネコさん!俺を、ステージに上がらせてくれ!俺は、社会の秘密を知っているんだぜ?」

 観客の誰かが、声を上げた。

 「隣りに住んでいるミックスさんは、本当は、カツラなんですよ!そして、奥さんのユミミさんに、3日前から今日にかけて、4発も、フライパンで叩かれました!私がなぜ、それを知っていたのか?それは、私が、ユミミさんと、こっそりと良い仲になっていたからであります!」

 「こら、こら。あなた」

 「さらに、ミックスさんは、ユミミさんに復讐するために、会社から、先立つものとしての蓄えを抜き取ってしまったとのこと」

 「それって、犯罪じゃないか」

 「何で、逮捕されないんだ?」

 「横領じゃないか」

 「…逮捕されなかったのは、ミックスさんが、定年退職前の最凶おじ様であったことが要因であると、ユミミさんは言っていましたよ!」

 「あんた…。隣りの奥さんと、何を話していたんだ」

 「それは、秘密ですよ」

 楽しそうなひそひそ声が、飛び交っていた。

 そんなまわりの反応とは裏腹に、彼には、何もかも、嫌になってきた。

 「さあ、皆さん?どうですかニャン?この楽しみの続きは、ステージに上がってからに致しましょう!」

 ネコ人間のその言葉を、聞き逃さなかった。

 「ネコさん!俺を、ステージに上げておくれよ!」

 彼が叫ぶと、他の誰かも、立ち上がった。

 「俺の会社なんて、退職してくれてホッとできたはずの部長が、毎日、やってきた!家に戻ったら、居場所がなくなっちゃったんだよな。これが、おじさんだよ。そして、社会の真実なんだ。さあさあ、洗いざらい、しゃべってやったぞ!どうだ、ネコ君!私の番だ!私こそ、ステージに上げてくれないかね!私なら、究極的に観客皆を楽しませられるに、違いない!」

 他にも、立ち上がった人がいた。

 「うわーお!カムライターオ!」

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