第27話 マジックショーのフラグが、立ち上がりました!
新たなフラグが、何かの真相に向けて、なびいていた。
「やってはならないこと、だって?」
「ええ」
「何だよ…。それって」
「それは、まず、他人の援助に感謝もせず、援助をさせたその人たちの横入りをすることですよ。そんなことでは、とてもじゃないですが、あなたにあの扇風機は、渡せない」
「あの扇風機?今、あの扇風機って、言ったな?」
「…」
イヌ人間は、意味ありげに、口を閉ざしはじめた。
「…何か、言ってくれよ。威勢良く吠えるんじゃなかったのか?」
こうなったら、こちらの威厳を見せてあげなければ、ならなくなった。
「今日は、マジックショーを観られないって、ことか。俺たちが、あんまりじゃないか。俺たちが誰なのか、わかっているのか?これじゃあ、新卒一括採用世代の威厳も、台無しだよな」
「申し訳ございません」
「ふん」
仕方がなく、その日は、林から少し離れた場所に移った。寒くもなく、動きやすい時間だった。
結局その日は、はじめに見たネコ人間に再会することは、なかった。
「ネコもイヌも、頭にくるな」
マジックショーがおこなわれているという小屋から漏れる声と光が、憎くてならなかった。
暖かいというよりも、暑いくらいの夜、だった。
腹は立ったものの、幸いにも、腹は減らなかった。それだけは、大いなる救いだった。
「お休み、俺」
難なく、眠りにつけていた。
翌日、日中はボーっとしていて、自身の行動には、何の関心ももてなかった。ただこう思っていたことだけは、はっきりしていた。
「早く、夜になるんだ!マジックショー小屋に、早く活動してもらいたいからな。今夜こそ、マジックショーを、観るんだ」
日中は、早く動けと思うほどゆっくりと過ぎていき、夜まで、100年がかかったような気になっていた。
太陽がようやく沈み、それに反比例して、彼の心は、激しく踊らされていくのだった。
「よし、夕方になったぞ!」
小屋に、明かりが点いた。
小屋の中には、数人が控えていたのだろう。
人の声が、重なり合った。声だけでなく、人そのものが、動き出した。
「何かが、運び込まれたな」
マジックショーの道具と思われ機材たちが、何人かに担がれたりして、動き合っていた。
待ちわびるほどのマジックショー開演の準備が、着々と進められているということだった。
「皆さん、ごきげんよう」
小屋の中から、あのネコ人間が出てきて、近付いてきた。
「我が輩が、皆さまびっくりのマジックショーを、披露いたしまするニャ」
先日よろしく、実に、ワクワクする展開となった。
観客であろう人たちが、小屋の前に集まってきた。
「ようし、今日こそは…!」
その日は、列の最前列に立った。
先頭を切った 彼の後ろに、列ができていった。
「俺の後ろに、俺を越えたくても越えられない人の群れが、列をなして迫っているということか。俺は、追われている。…違うな。俺は、皆の、見本にでもされているんだろうな。これは、気分が良い。優越に浸れるというべきか、俺自身の偉大さにおののいてしまうというべきか」
奇妙な気持ちが、震えていた。
先日よりも、人が増えていた気がした。
「きっと、昨日のショーを観た人に様子を聞かされて興奮したんだろうな。人間は、簡単につられるんだな」
自尊心が、満ちてきた。
背中から、声が響いてきた。
「早く俺にも、マジックショーを見せてくれよ」
「昨日のショーは良かったって、聞いたのよね。私も、観たいわ」
彼の自尊心は、膨張し続けた。
「ほら、やっぱりだ」
入場ゲートが開くまで、待ちわびる客の声は続いた。
「もう少しで、開くぞ!」
「楽しみねえ」
「こっちも、こっちも!」
ついには、こんな声も聞こえた。
「先頭にいる男が、うらやましいぜ」
この言葉は、彼には、身震いするほどに気持ちが良かったものだ。
「皆が、先頭の俺を見ているのだ。皆が、俺をうらやましがっているんだ。こんなに最高なことが、他にあるだろうか?」
「皆さん?どうぞどうそ、入場してくださいニャ。今夜、チケットは、必要ないですニャ。このマジックショーを見たいという気持ちがあれば、良いんですにゃ。その気持ちだけで、入れるんだニャ」
都合の良い声が、かけられた。
その日は、すんなりと、入場することができたのだった。
そのマジックショーは、ネコ人間が人の心を操るというものだった。
「今日も、ネコですか」
「ネコのよう、ですねえ」
「今日は、どんなショーが、観られるんでしょうか?」
「いわゆる、催眠術というものらしいですよ?」
「ほう」
まわりの声は、良い情報源となっていた。
大変に、興味深いステージになりそうだった。
興味深いを通り越して、彼にとっては、彼の高貴な世代に負けずとも劣らずの輝ける状況が、繰り広げられていく予感がしたのだった。
ステージは、いつもながらに、きらびやかだった。
ネコ人間はしばらく考えて、純朴そうな男を、指差した。
「どうぞニャ」
今度は、彼ではなく、ステージに上がらされたその客が、ピエロとなっておどけ回ることとなった。
すると、それを観ていた客から、驚くべき量の拍手を受けた。
「うおお!」
「ぱち、ぱち、ぱち!」
「いいぞー!」
それを聞いて彼は、釈然としなかった。
悔しくて、ならなかった。
他人が努力し、他人を使ってまで他人を喜ばせていた行為のすべてを観てしまうと、残酷な精神的武器としか思えなくなってきた。
何かが、納得いかなかった。
「努力が実を結ぶショーなんて、許せないよな。破壊しなければ、割に合わないんじゃないのか?」
哲学的なフラグさえ、芽生えはじめていた。
ステージに上がれた人は、彼らの世代をも超越した、究極のオンリーワンのようだった。格好が、良すぎた。
まわりの観客の反応を感じると、彼は、死すら覚えて、心の震えを止められなくなってしまった。
「良いなあ。くそ。この、最凶世代の俺様を、置き去りにするなんて、良い度胸じゃないか。いつかは俺も、ステージに上がってみたいものだ。皆に注目されて、うらやましすぎる。ステージに、上がりたいよな。そうすれば、世界に1つだけの俺が、もっともっと、輝けるというのに!」
新たな欲望が、わき上がっていた。
「そうだ!」
手を、打っていた。
「こうすれば、良いんだ!ステージに上がる秘策を、思いついたぞ!」
彼は、こう考えたのだった。
「ショーがはじまる前に、ネコ人間に、アピールすれば良いんだ!上手く操られたふりをすれば、良いんだ。この客なら、上手く、催眠術にかかるぞ!って、認めてもらうんだ。そうすれば、あのネコ人間は、きっとこの俺を選んでくれるだろう。ステージに昇らせてくれるはずだ!」
彼の心の奥が、高鳴った。
「良いぞ、この作戦!」
翌日も、新たな講演を楽しみに、小屋の前に並ぶ列に参入した。
ちょっとした事件が、起こった。
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