第24話 デリケートな島へ、ようこそ!

 妻のことが、無性に恋しくなってきた。

 「ああ、マユの扇風機…。良いなあ、欲しいなあ。マユには、この業火から逃れられるだけの力が、備わっていたんだ」

 妻が、女神にも見えていた。

 「女神様の扇風機、欲しいなあ…」

 崩れ落ちた会社のデスクに挟まれて、ほぼほぼ無傷のハンドタイプの小型扇風機が、見つかった。

 その扇風機を手に、明日への誓いを、立てていた。

 その出来事から、数年が経っていた。

 彼は、インターネット画面に見入り、たった1人でやりくりして生計を立てていた。

 他の誰にも、頼れなかった。

 知らない人相手には、怖くて、話しかけられなかった。

 マユという絶対的女神がいなくなってしまってからは、孤独が、さらに増していったような気がした。

 「もう、良い!俺は、オンリーワンなんだぞ!神様、この、最強世代の俺を、見ていてくれ!1人で、生きてやるんだ!」

 思わず、神に祈っていた。

「…良いでしょう」

 すると、どこかの神が応じた。

 完全無欠の転機が、巡ってきた。

 ネットで知った業者から、1人で生きるための良き場所だというある島を、紹介してもらえたのだった。

 「私に、ついてきませんか?」

 「?」

 「孤独を癒せる、場所ですよ?」

 「?」

 「まあ、きてくださいよ」

 「うん」

 何の危機感もなく、その業者に、ついていった。

 「さあ、乗ってください」

 「?」

 業者の運転する車に乗せられ、どこかの海岸に、ついた。

 「ここから、ボートに乗りましょうか」

 「ボート…」

 「そういえば、お客様の名前は何でしょうか?」

 「マツダ」

 「マツダ様、ですか」

 「うん」

 「さあ、参りましょう」

 半ば自暴自棄になっていた彼は、簡単に、釣られていた。

 「どこに、いくの?」

 「これはこれは、友達言葉ですね。良いでしょう、あの世代でしょうからね」

 質問に答えてくれない様子に、苛立った。

 「ねえ?どこに、いくの?」

 「素晴らしい場所、ですよ」

 「素晴らしい、場所?」

「良い島が、あるのですよ。きては、いただけませんか?あなたのような、1人で輝ける花には、丁度良い場所になるでしょう。それに、あなたの求める最高の何かが、見つかるのではないでしょうか?」

 「俺の、求めるもの…」

 「いくぞ、アパオシャ号!あなたは、最強世代の方。頼りに、していますよ?」

 それまで、頼りにしているなどと知らない人に言われたことのなかった彼は、ドキドキしてしまっていた。

 「これに、履き替えてください」

 「何?」

 「サンダルですよ」

 「そりゃあ、まあ。見れば、わかります」

 「これからいく島は、デリケートな島ですからね」

 「島…」

 「サンダル履きでなければ、その島では、マナーとして、よろしくないのですよ」

 「はあ…?」

 仕方なく、従った。

 脱いだ靴は、ショルダーバッグに、押し込んだ。

 連れていかれた先は、本当に、島だった。

 それも、業者の話によれば、無人島とのことだった。

 「さあ、つきましたよ?ここでなら、世界に1つだけのあなたが、より、輝けることでしょう。あなたの輝きは、この社会では、気付きにくいものです。あなたも、苦労されたことでしょう?まわりの人のレベルが、低いからです。ククク。しかしそれも、この無人島ステージに上がることにより、劇的に変わるのです」

 「うん」

 「お客様が生き延びられることを、願います」

 「何だって?」

 「それでは、お元気で」

 「待って、くれ!これって、どういうことなんだ?」

「心配、無用。料金は、いただきません。これは、国の役人による、壮大な社会実験なのですからね」

 「どういう意味、だ!」

 「料金は、あなたの口座から、抜き取りましょう。それを我々が、代わりに国に納めてあげますよ。ですから、社会保険に関する心配は、無用」

「お前、本当は誰だ!」

 「では、ごきげんよう」

 「これが、役人のすることなのか?あの事件で庁舎を焼かれたことにたいする、役人風の腹いせなのか?」

 「…」

 業者が答えることはなく、ボートを動かして、どこかにいってしまった。

 それからしばらくして、空に、ヘリコプターが舞った。ヘリコプターは、爆音を残しながら、島を離れていった。

 「あいつ…。ヘリコプターに乗り換えて、帰っていってしまったのか?くそう!ここがどこの島なのかも、まったく、聞いていなかった。俺は、家に帰れるのか?無人島だと、言っていたな。…やられた」

 だが、やられたのは、それだけではなかった。

 「あっ!」

 注意力と危機感のなかった彼が、そのときズボンのポケットに入れていた、なけなしの金や身分証を入れた財布を取られていたことに気付けたのは、それから、10分以上も後のことだった。

 「歩きにくいな…」

 サンダル履きの恐怖を、知った。

ボートに乗せられたときのことを、思い出した。

 「これからいく島は、デリケートな島。サンダル履きでなければ、よろしくないのですよ」

 ぞおっと、した。

彼は、サンダルを履いた姿で、島内をうろつくことになった。

 「参ったな」

 が、救いはあった。日差しを避けるための帽子をかぶっていたことだけは、意味のある装いとなった。

 「本当に、誰もいないんだな…」

 そこで、はっきりと、友達以外の誰にも声をかけられない怖さを理解できたような気がしてきた。

 「誰か、いないのか?」

 とぼとぼと、歩き続けた。

 そのとき。

 何かの雰囲気が、変わった。

 次々に手をつかまれたような、仄かな危うい感覚に、陥ったのだ。

「助けてくれ」

 「助けてくれ」

 「熱いよう…」

 手をつかまれたようではなく、本当に、つかまれていた。

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