第17話 妻が、ガラガラくじで、素晴らしいものを当てた件

 「これよ、これ!」

 玄関先に、荷物が、2つ下ろされた。

 「それで?お前は、商店街で、何をもらってきたんだ?」

 彼は、彼女に問い詰めた。

 「お前なんて、軽々しく言わないでよね!自立した、夫婦なんですからね!名前だって別姓で、マツダとアンリで…」

 「わかった。わかったよ」

 「扇風機を、当ててきたのよ」

 「扇風機?」

 「うん。家電センターのくじ引き賞品、3等の扇風機」

 「扇風機って、あの、扇風機なのか?」

 「はあ?」

 いつもらしく、夫婦のいがみ合いが、はじまっていた。

 「扇風機って、自動で風を送る、扇風機のことなのか?」

 「いやねえ。扇風機っていったら、そういう物に、決まっているじゃないの」

 「決まっているって、なんだ!なんだよ、その言い方は!じゃあ、いつから、扇風機は扇風機で、決まっていたんだよ!」

 「古代ペルシアの時代くらいから、決まっていましたよーっだ」

 「うそだ!」

 「うそじゃあ、ありませんよーっだ」

 「手動ならともかくも、電池で動くような自動の扇風機が、紀元前からあるわけが、ないじゃないか!」

 「乾電池なら、そのくらいの昔からあったっていう研究がありますよーっだ」

 暴力事件に発展しないことだけは、その夫婦の救いだった。

 マユは、幸運な女性だった。

 うらやましかった。

 「さすがは、マユだ。良い力だなあ」

 扇風機の入っているというその箱が、神々しくも、見えてきた。

 「良いなあ。箱全体が、光り輝いているようだよ」

 「そりゃ…。私の力で、もってきたんですもの」

 「マユの力じゃあ、魔王の復活だな?」

 「何ですって?」

 「ごめん、ごめん」

 以前に、TVのニュース番組で報じられていた、光の風を復活させた何とかが何とかで逮捕されたという、わけのわからない情報を覚えていた2人は、辛くなった。そのことを思い出すと、一気に、幸福ながら、脱力感を感じさせられてしまうのだった。

 「まあ、とにかく、良かったじゃないか」

 アリマは、そんな2人を、なだめ続けた。良いクッションとして、微妙に、存在感があったようだ。

 「とにかく、良い?私が、当てたんですからね?」

 「わかったよ、マユ」

 どちらにしても、口論になっていくので、アリマは、笑うしかなかった。

 「…ははは。君たち2人を見ていると、面白いよな。まあ、良いじゃないか。扇風機だけで、これだけ話が紡げるのだから、平和だっていうこと、さ。まあ、第三者の俺とすれば、他にも、言いたいことはあるがな?」

 「…何よ、兄貴?」

 「ああ。せっかくなら、もっともっと、光り輝いてくれれば良いのになあって、言いたかっただけさ」

 「ふうん。変な、兄貴ねえ」

 「お前たち夫婦の愛の神様になってくれるように、祈るんだな?」

 「祈るって?誰によ?」

 「神様に、だろう?」

 「何よ、それ」

 横で、マツダが、うらやましく見続けていた。夫マツダなどは、子どもの頃から、運を感じられずに生きてきたようなものだったからだ。

 何かあるたびに、不幸に見舞われたものだった。

 子どもの頃の彼は、遊びに出かければ、道で、動物におしっこを引っかけられたものだった。

 彼の不満を聞けば、こう言ってくる人が、出ただろう。

 「君に運がないなんて、うそだよ。現に君は、アンリさんという素敵な女性と、一緒になれたんだからね」

 実際に彼は、何人もの人に、そう言われたものだった。

 人生とは、彼にとっては、マジックショーだった。

 彼の奥に潜む真意、いや、見せかけのコンプレックスに悩む彼の気持ちには気付けず、舞台に上がらせなかった誰かの仕組んだ、ショーだった。

 「運の良い君には、俺の不幸がわからないんだ。気持ちの深層になんか、迫れっこないね。そんなの、ステージに上がる前に、すべてが無駄になる」

 彼は、強がっていた。

 運の良さをねたむ気持ちは、不運の誇示につながっていたから、不思議だった。

 不運は、続いた。

 最新商品だったらしい、家電センター憧れの縦置き型扇風機は、2台とも、彼の家に運ばれるのかと思いきや、こともあろうに、さようなら。幸運の期待を裏切って、1台は、兄のアリマに引き取られることになってしまったのだ。

 「良いじゃないのよ。兄貴とは、血縁ある炎の仲だもの」

 彼女は、変わったことを言い出した。

 血縁のあった炎の仲というのなら、母親もいたというのに。

「ひどい、妻だ」

 ただ、彼女の考える血縁者の中には、父親はいなかっただろう。彼女は、10年ほど前、父親を亡くしてしまっていたからだ。

 「ほら、兄貴。私の夫が、許可を出しています」

 「おい、おい。許可なんて、出していないじゃないか」

 「兄貴?」

 「何だよ、マユ」

 今度は、兄妹の分け前話が、始まった。

 「重い思いをして、ここまで運んできたのは、兄貴じゃないの。だから、分けるのは、当然。1台は、兄貴が持っていって良いわ」

 「おお、重い、思い」

 「こういうのを、重語の兄妹拒まずっていうのよ?昔からある言葉で、社会の気持ち良さを表したものなの。この言葉に納得できなければ、人生のステージにつまずくっていうわ」

 彼女は、いい加減な理屈をこねて、重要なアイテムを手放してしまったのだった。もちろん彼は、反発した。

 「ちょっと!ダメじゃないか、マユ。妻としては、夫に風を当ててやるべきなんじゃないのか?そりゃあ、兄貴が大切なのは、わからなくはないけれどさあ」

 すると彼女に、上手く返された。

 「こういうときに、妻っていうの?こういうときだから、言うの?だから、夫婦って、面倒なのよね」

 彼は、アリマの背中を追った。

 「待て!俺の、扇風機!」

 1台を抱えて帰っていくアリマの背中を、追いかけていた。

 が、玄関先で転んだ。

 どこからかイヌが迷い込んできて、彼に、おしっこを引っかけた。

 「扇風機ならずとも、イヌまでもが俺を、見放したんだ…。イヌにおしっこを引っかけられたのは、1度や2度じゃあ、ないぞ?何だってイヌは、俺を嫌うのかなあ?嫌だ、嫌だ。こんな生活は、嫌だ」

 彼は、泣いた。

 「いつの日か、あいつに、一泡吹かせてやるぞ!ひょっとしたら、扇風機を奪っていった兄貴にもな!」

 夫婦とは、何なのか?

 「アリマから、扇風機を奪ってやる!」

 親族関係たる妻たちを相手に復讐を誓ってしまったことが、情けなかった。

 その殺気は、間接的に、アリマ本人に伝わった。

 「マツダが、その扇風機を狙ってるワン」

 彼の殺気をアリマに伝えたのは、そのイヌだった。

 彼の臭いを覚えていたそのイヌは、臭いを振り払う仕草で、アリマに近付いた。

 そして、吠えた。

 「どうか、あのマツダという男を、殺して欲しいワン。マツダだ、マツダだワン。お前の妹、マユの夫だワン」

 …?






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