第13話 子どもをあやす男の、特別な感情の正体

 子どもをあやす男の、特別な感情の正体については、兄に確認をとって知ることができた。また一歩、社会の真実に近付けたようだった。

 兄の同僚も、育休を取得できる身分でありながら、身分を失いたくないから取得できないという、わけのわからない悶えかたをしていたという。

 その兄の同僚の妻が妊娠したとわかったのは、半年以上前のことだったそうだ。

 「まずは、妻の身分を守ろう」

 同僚は、考えた。

 「まず、妻の身体を守りたい。生まれてきた子の成長を、サポートしたい」

 そう考えていなかったことが、身分をキーワードとした、病的な有様だった。

 「まずは、妻の身分を守ろう」

 同僚は、なぜ、そう考えたのか?

 実は、同僚の妻は、個人事業主だったという。

 「…妻を、休ませるのは良い。けれども、なるべく早く、職場復帰させなければならないだろう。妻の、事業主としての身分に、傷が付くかもしれない。それによって傷が、俺にも広げられるかもしれない。これは、困ったぞ。もしも、俺の身分まで危うくなってしまったら、どうするんだ!」

 同僚は、勝手に、苦しんだ。

 が、良く考えれば、良く考えなくても、新卒一括採用組の、身分ある正社員だ。

 人事課に、駆け寄っていた。

 「あのう…。えっと…。育児休暇、ちょうだい。今、どこかの委員会が、真剣に、議論をはじめたんでしょう?あの、育休だよ。ねえ、だから、良いでしょう?俺たちを、誰だと思っているんだ?働かなくても金をぶんどれる、あの、おじさんだよ?俺たちの身分、わかってんの?」

 が、人事課の担当部長との面談で、同僚の期待は、裏切られた。

 ちなみに、面談で、育休取得に却下を下した担当部長もまた、定年退職世代のおじさんだたという。

 「なあ、マユ?おかしな国、だよな?おじさんが、おじさんの首を絞めるんだぜ?何でそんなことを、するんだろうなあ?身分を、守りたいからなのかなあ?」

 兄アリマが言うまでもなく、担当部長の言葉は、破滅の刃だった。

 「はあ?育休を、とりたいの?男が育休をとるのなんて、おかしいでしょう」

 どこがおかしいのかと言っては、野暮だった。おかしいのは、定年退職世代のおじさん脳に尽きた。

 同僚が、法律上の権利を訴えて、ようやく育児休暇を取得できても、安心はできなかった。

 担当部長おじさんの命令は、酷だった。

 「あ、そう?育休を、本当に、とりたいんだ?君は、身分を失うかもしれないよ?それでも、良いの?」

 男性社会は、残念なともしびだった。

 育休の取得にたいしては、条件が出されたそうだ。

 「後で、会社幹部全員に、謝罪しろ。妻の手伝いをして、会社の仕事をしなくて、申し訳ありませんとな。ひゃははは」

 それができたなら、同僚は、これまで通り正社員として、身分ある生活を送れるよう、約束されたのだという。

 しかしながら、育休期間が終了して職場復帰した際は、単純には、これまで通りの生活を送れないことがわかったそうだ。

 「始末書を、書け。今の身分を、失いたくはないだろう?お前は、大学しか出ていないおじさんだ。同じこのおじさんが言うのも、おかしな話だがな。ひゃははは。…気の毒になあ。って、俺も、気の毒だよ。部下のほうが頭が良くて仕事もできるんだからな。俺、大卒。その俺が、大学院出た新人に、教育し泣けりゃいけないんだよ。とんでもない時代に、なったもんだぜ。新人に、コーヒー買ってこいって言ったら、目を、白黒させていたよ。誰が飲むんですか、本日、お客様はそんなにくるんですかって…。ばーか。俺が、飲むんだよ。俺たち、定年退職世代のおじさんは、働かなくたって、金をもらえるんだ。そういうからくりを、今の若い奴らは、知らないんだよな。ばかが。まあ、お前も、そのうちに、俺みたいになるからな。良い身分、だろう?ひゃははは」

 兄の同僚は、泣く泣く、始末書を書かされたそうだ。

 「育児休暇なるものをとってしまい、引き継ぎに支障をきたし、会社の業務に、多大な迷惑をかけてしまいました」

 これによって、同僚をみる社内の目が、厳しくなったそうだ。

 同僚は、涙と怒りに耐えながら、業務を続けたという。すべては、身分を守るためだったのか?

 定年退職世代のおじさんという爆弾を抱えて、社会人は、苦しむ一方だ。

 仮に、数十年後、そのおじさんたちがこの世から消えていっても、しっかりと、残されるものがあった。

 借金だ。

 これが、時限爆弾でなくて、何だというのか?

 「育児休暇?そんなの、俺は認めないね。法律?関係、ないね。俺たちおじ様は、神なんだぜ?俺なんか、子どもがいたって、毎晩遅くまで、働いたもんだ。家事や育児っていうのは、その間に、妻がやるのが、当たり前じゃないか」

 おじさんたちの意識は、根底から、汚らしかったものだ。

 兄の話から、彼女は、こんな余計なことまで、考えてしまったものだ。

 「…。そういう人を夫にもった妻って、どういう気持ちで、生きていかなくちゃならないんだろうか?時限爆弾が、家庭に戻されてきたわけよね?今までは、朝から会社にいってくれて、金をもってきてくれた夫…。どこかにいってくれて、金をもってきてくれたからこそ、存在価値のあった男の人たち…。それが、今度は大いなる不良債権として、家庭に、棄却される。妻の涙は、計り知れないか…。身分…。キーワードは、身分なのかもしれないな」

 夫婦間に忍び寄る亀裂は、友人の忠告通りに、些細なことからも起こり得た。

 いざ結婚してみたら、大幻滅?

 彼女は、たくさんの勉強をしていた。





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