第12話 男という生き物のプライド(←それって、間違ってない?)
また、嫌な真実が見えてきた感じだった。
「俺の力で、皆を養った」
男という生き物は、そのプライドで、生きていたようだ。
だがそれは、大間違いだった。
「実は、新卒一括採用と終身雇用、年功序列が上手く機能してくれたので、あのおじさんたちは、金をもらえたのよ。能力が高かったからじゃあ、ないよ」
それだけの話、だったのだ。
その現実に気付けたのが、超好景気社会の大泡が、儚く弾けた瞬間だったろう。
そんな今になっても、こう思っている人がいた。
「この国は、俺たちの世代が作ってやったんだ!だから、俺は偉いんだ!家族にも、愛されているんだ!」
愛されている…?
本当に?
それなら、そういう人が、なぜ、妻にこう言われるのか?
「もう、あなた!邪魔だから、出ていってよ!邪魔!朝から、ごろごろと、横になっていないでよう!」
そう言われても、定年退職世代のおじさんには、理解ができなかった。
考えて努力をする生活をしてこなかったのは、痛い原因だった。こういう人をどう支えていくのかが、社会の、新課題だろう。
そうした男性ほど、定年前に働いていた頃は、こう言ったものだ。
「女は、黙っていろ!誰が、食わしてやっていると思っているんだ!」
かといって、定年退職後の夫に怒られ、女性が耐えて黙っていれば、こう言われてしまうのだった。
「何だ、お前?黙っているんじゃ、ない!今まで、俺が働いてきただろう?今度は、お前が働く番だ。今までお前たちを食わしてやった俺が、重圧から解放されて、家庭に天下りしてきてやったんだぞ?いたわれよ!」
こう言われれば、女性は、プッツンだ。
オンリーワン世代の子も、やがては、おじさんたちのような存在になっていくのか?
だからアリマは、世代間ギャップの恐怖を考えて、彼マツダを、妹マユと結婚させることに、警鐘を鳴らしていたのだった。
とはいえ、結局は、結婚の運びになってしまったのであったが。
マツダとマユは、結婚後、いくつものピンチを抱えた。
「まあ、まあ」
それを、アリマが仲裁に入るようにして、何とか、平穏が保たれていた。そうして、何とか、戦いの舞台が保たれていたのだった。
子どもが生まれたことは、いくぶんかの救いとなった。
生まれてきた子どもは、アタルと、名付けられた。
「アタル、良い子だ。お前は、かわいいよなあ」
マツダは、満足にふけっていた。
「俺は、これまで、たくさんのことに、我慢をしてきた。そのおかげで、この、父親という身分を手に入れることができた。俺は、忍耐があり、わきまえられていた男だったのだ」
マツダは、ご満悦だった。
が、これは、危険のはじまり。
この危うい自負のおかげで、男性であるマツダは、女性マユがわきまえられていないんじゃないのかと、腹が立ったようなのだ。
「あなた?会社で辛いことがあったのは、何となくわかる。けれど、アタルには、当たらないでよ?アタルに、当たる。何てね。アタルは、まだ、赤ちゃんでしょ?」
そうマユが言うと、マツダは、ついに、こう思ってしまうのだった。
「うるさいなあ!…ああ、アタルは、無邪気で良いよな。何で、そんなにも、のびのびしていられるんだ!父親の俺の苦労が、わからないだろうがな!」
これこそ、我が子に虐待をする親の心理ではなかったか、気味が悪くなったものだ。
男性というのは、何度考えても、マユにとっては、面白い生き物だった。
社会に出れば、友達感覚にゆるゆるで育てられた世代ならともかくも、通常は、たくさんの敵に、囲まれていたものだ。
男性は、その敵を、こんな言葉で説明しがちだった。
「身分」
またも、この言葉に攻められていた。
なかなかに、厄介な敵ワードだった。男性は、縦社会の中で、たくさんのことにたいして、懸命に、我慢を強いられたきたそうだ。
我慢ができたのは、身分を手に入れられる保証があったためだそうだ。
新生活は、勉強の嵐、だった。
「アタル、アタル。アババババ」
兄のアリマは、懸命に、あやしていた。
かわいかったことだろう。
ただ友人には、また、チクリと刺されたものだった。
「マユ?子どもができて、良かったね。これからよ、これから。夫婦は、大変なんだからね?」
社会の、働かなくても偉いといわれる定年退職世代のおじさんたちは、いわゆる身分というものを手に入れられてホッと余裕ができたからなのか、不思議な議論を開始していたという。
「マユ?あの委員会が、動いたっていうのよ?」
友人の言うあの委員会とは、どの委員会のことだったのかはさておき、新社会に、子どもを巡る夫婦の新制度が議論されはじめたのは、本当のようだった。
その委員会が、父親が休みを取りやすくなるようにと、何らかの策を練ったようだと聞いた。
これに、男社会の、身分というものが大きく関わっていたらしい。
「男って、面倒くさい生き物だなあ」
疲れながら、考えさせられたものだった。
「マユ、知ってる?」
「何を?」
「育児休業って、あるじゃない?」
「うん、あるねえ」
「でも、その制度を取得する男性って、意外に少ないらしくって、取得を促進させようと、例の委員会が…」
「例の、委員会?」
「そう。例の、委員会」
「それで?」
「それでって?」
「子どもが誕生して、育児休業の制度を使えるんだったら、使っちゃえばいいのに」
「まあ、そうだけれどさ…」
「うらやましいわよ。正社員なら、育児休業、ばんばん使えちゃうんだろうなあ」
「いや…。マユ?そうでも、ないっていうのよ?」
「何で?正社員だったら、身分ある人材なんだから、育児休業くらい、使えるはずでしょう?」
「マユ?それが、さあ…」
「何?」
「壁が、あるんだって」
「何、それ?何の、壁?」
「聖なる、領域」
「はあ?何人たりとも侵されざる聖なる領域っていうやつ?」
「…さあ?リリン、わかんないよ」
「ふうん」
「その制度を使える身分なのに、使っちゃうと身分を失うからとかっていう恐れで、使えないらしいの」
「何、それ?男って、バカなの?」
「うーん…。定年退職世代のおじさんたちが考えた制度みたいだからねえ」
「そりゃ、難儀だね」
男性は、育児休暇に、身分というキーワードを結びつけて、定年退職世代のおじさんたちの作りし、病的な沼に漬かっていたことがわかった。
なるほど。
夫マツダも、兄アリマも、特別な感情をもって、アタルをあやしていたようだ。
男性の感情とは、何なのだ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます