第11話 男と女の生活は、フーフーの振り子なのです
「マユ、すべては、結果論よ?」
「結果論?」
「年の差結婚なんて、結果論。パートナーが年上だと、意外と面倒。それに耐えられれば、結果オーライだけれど」
友人らは、こう強調した。
「年下でも、良いじゃないの」
「あの世代は、勘弁だけれどね」
「まあね」
「40歳くらいにもなれば、お互いに、生活基盤が固まっちゃっているっていうか、考え方や価値観も、固定化されちゃうものでしょう?」
「そうそう」
「社会に揉まれていたわけで、世間擦れできて、世渡りは上手くなっているのかも知れないけれど、どうしても、ついていけないことが起こっちゃう」
「だから、ほどほどに若くて、構わない」
「2人の価値観が合っていたとしても、それが固定化しちゃえば、つまらないじゃないの。より若い人を側に置いて眺めて、発展途上で未熟な感情を育成してあげることのほうが、面白いのかもしれないし」
だがそうは言われても、迷うものだった。
世代が異なると、ときには、きつく見られたものだからだ。
「マユ?あの人と、暮らしているの?あの人たちは、私たちとは、違うのよ?身分が、違うの。私たちは努力をしても泣いちゃったけれど、あの人たちは、そんな私たちを横目に、楽に生きてこられたのよ?それでいて、何かあれば、こう言う。僕たちは、悪くないんです。僕たちは、物心ついたころから、あの教育にはめられていただけなんです。大人が、勝手にしたことなんです。って、同じことばかり、繰り返す。鳥カゴの中の、過保護なオウムかよ…」
「そうね」
「そこには、気を付けて」
「オンリーワンさんには、つぶされないようにね」
「あの子たちを夫にもつには、覚悟がいるのよ。定年退職おじさんになっちゃわないように、絶えず、見張っていなければならないんだから」
「…」
閉口の、彼女。
「何か、しゃべりなよう!」
いじめのように言われて、しゃべるしかなかった。
「私は…」
しかし、まわりの目が嫌だった。
「こんなことなら、皆に温かく注目してもらえるステージの上にでも、のぼってやりたいわ」
心の叫び、だった。
それでも口を開けば、チクリと刺されてしまうのだった。
「良い、マユ?」
「はい、はい」
「はいは、1回で、良いよ」
「何よ、それ」
友人の誰かが、こんなことも言ってきた。
「男と女の生活は、振り子時計よ。フーコーの振り子じゃなくって、フーフーの振り子よ。期限もあるから、時計よ。振り子時計なのよ。もしくは、バランスボール。男と女のどちらかがボールの上に安定できれば、たいてい、もう片方は、ボールの上から弾かれて落ちていく」
ひどい比喩、だった。
「もしかしたら、手で動かすオール型のボートのよう。それか…。自動で動いてくれるボートであっても、電源の入れ方に苦労させられて、なかなか動いてくれないボートに乗せられてしまったような感じ」
そんなことを言った友人も、いた。
「ねえ、マユ?ボートを一方向に動かすのであれば、片方が、オールを動かすことになる。そのもう片方は、何もしない。ただ、待っているだけ。2人で力を合わせてどちらの側もオールを動かそうとすればするほど、進まなくなっちゃう。って、そんなボートは、ないだろうけれど」
夫、マツダという最高のライバルを前にして、彼女は、たくさんのことを考えはじめていた。
「結婚も、このマツダという人も、私自身が選んだようなもの。だからこそこの結婚には、それを選択した私自身が、責任をもつべきなんだ。いつだって、いつまででも、私アンリマユは、マツダと戦い続けるしかないんだわ」
覚悟が、増加した。
「夫、マツダがどんなに憎くても、結婚を選んだのは私。この人には気に入らないところがあるけれども、その気に入らないところを植え付けたのは、ある意味、私。その意味では、私も、反省すべき?」
思いは、果てそうになかった。
妻という役割に苛立ちを覚え、それでも負けじとやっていかなければならないと覚悟していけばいくほどに不自由になっていく恐怖を、思い知らされた。
人の関係とは、不可思議なものだった。
「夫なら、私のことをわかってくれるに違いない」
そう思い込んでしまえば、また、無限の反省に陥りかねなかった。
「友達にはいろいろと聞かれたけれど、話してみて良かった」
そんなときに限って、いつも身近にいる夫よりも、むしろ、友人のほうが互いに思いを分かち合えそうに感じて、納得してしまうのだった。
夫、マツダへの戦いの意志は、消えそうになかった。
「身近な人への不満、ここに極まる、だ」
家族間の殺人が増えてきたと、聞いていた。
思いの行き違い、考え方の違い、というのか思い込みもあって、あらぬ事件に発展してしまう例は、珍しくなくなってきていた。
昨今の介護問題でもわかってきたように、夫が妻を手にかけてしまう事例も、出てきたようだ。その逆も、あった…。
妻が、夫を、手にかけてしまうのだ。
「私たちは、なぜ、こんなにもいがみ合ってしまうのだろう?」
いがみ合いの引き金になっていたのは、家庭内の役割分担への不満だったのだろうか?それとも、違う何かだったのか?
「家事の半分は、俺がする」
マツダもそうだったが、そうは言っていたものの、口ばかりで何もできなかった。そんなウソ偽りの存在に嫌気がさして、妻のストレスは、たまる一方だった。
「マユ?兄からの、忠告だ。違う世代の人との結婚は、慎重に考えるべきだ。お互い、生きてきた社会状況が、違うんだ。後でほぞを噛んでも、遅いんだからな!」
兄のアリマが言っていたことが、心に、じわっと、湧いてきていた。
「マユ?何度も言うが、定年退職おじさんとオンリーワン世代には、要注意だ。あいつらに、新しい風を与えちゃ、ダメだ」
何となく、わかってきた。
が、そう言った兄のほうが、その、オンリーワンであるマツダと仲が良いとはどういうことだったのか?人の関係とは、どこをどうほじくり返しても、不可思議なものに違いなかった。
兄アリマは、まだ、言ってきた。
「定年退職世代のおじさんたちと一緒になった女性は、きつい」
社会状況の違いが、力説された。
おじさんが生き生きできた当時の社会状況下では、妻は夫に養ってもらっていたという現実があったから、言いたいことも言えなくなっていたと、いうのだった。
夫にすれば、こう思っていたことだろう。
「俺の力で、妻を、さらには家族を養ってやっているんだぞ!」
こう考えれば考えるほどに、夫の自尊心は磨かれた。
もっともそれも、変わる社会の中で、見事に破綻したのであったが。
あー…、参った。
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