第10話 「私と、結婚してみませんか?」

 「私と、結婚してみませんか?」

 S NS経由で、彼女は、ほんの軽い気持ちから配信を試みた。

 すると、見事に怒られた。

 兄が、激怒。

 「おい、マユ!お前、何をやっているんだよ!お前、そんなことをして、危険な事件にでも巻き込まれたらどうするんだ!危機感の欠片も、ないのか!そんなんじゃあ、バブル採用組のおじさんレベルだ!」

運悪くも、いや、運良くも、彼女の兄アリマが、リビングでスマホをいじっていた彼女の不穏な動きを見て、捕まえにかかったのだった。彼女の無差別求婚メールへの変な返信は、すべて、無視しようと考えた。

 兄の忠告が、当たった。

メールの返信は、たしかに、次から次へと、からかいめいた言葉に覆われていたのだ。

 が、その中には、本気に受けとったと思われるメールも見られた。

 アリマが、そのメールの文面を、真剣に見つめていた。何か、感じるところ、通じるところでもあったのだろうか?

 「マユ?こいつに、会ってみたら?」

 「何で?」

 「何でじゃあ、ないだろう。メールをばらまいたのは、お前じゃないか」

 「返信無視を命令したのは、兄貴でしょ」

 「でも、こいつ…。気になるんだよなあ」

 「何で?」

 「わからない」

 「ひどい、兄貴だ」

 「どっちが、だよ」

 「じゃあ、わかったわよ。まずは兄貴が、会ってきたら?私がいきなりいくのも、まずいでしょうし」

 「…ひどい、妹だ。こんなメールを配信するほうが、もっと、ひどいがなあ。まったく…、何て、妹だよ」

「それは、失礼」

 アリマが、真面目な返信メールを送ってきた男に、会ってみることにした。

 男は、約束通りの場所に、現れた。

 それが、マツダだった。

 何があったのかは良くわからなかったが、アリマは、マツダとは、何度か遊ぶ仲間にまで発展してしまった。

 「何を、やっているんだか」

 彼女は、嫉妬などせずに、ただただ、呆れていた。

「マツダ大戦」

 どちらかが勝手に名付けて呼んだその交流ゲームに、まだ良く知らぬ者同士の中の男2人が、熱中しはじめたようにもみえた。

 何が合ったのかはまったく不明だったが、しっかり、仲間となっていた。

 彼マツダの家は、彼女の家とは、そう遠くなかった場所にあった。そこで2人は、飲み仲間にもなっていた。

 しかし、飲み仲間とは、変わった表現だ。

 彼女を置いて、彼女の兄との仲間ということになっていたのだから。

 3人は、おかしなおかしな関係、だった。

 特に、飲み中間となれた2人は、おかしかった。

 まず、飲んでいたものが、おかしかった。酒などではなくて、牛乳だったのだ。

 「男は、面白い」

 彼女は、何度となく言った。

 「男って、意味わからない」

 特に兄アリマは、紅茶に弱く、何度となく吐いたという。これが、彼女を、大いに笑わせていた。

 彼女は、社会の流れを、痛切に感じさせられていた。

 やがて彼マツダは、どういうわけか、彼女の家に、身の回りの荷物を抱えて引っ越してきてしまった。

 マツダとマユは、こうして、いつの間にやら、結婚してしまったのだった。

 束縛のない型式だった点は、まあまあ、良いことではあった。なにせ、指輪というような約束事のツールもなければ、結婚式すら、なかったのだ。

 これは、自由な形だった。

 指輪については、後に、彼にプレゼントしてもらえたものだった。高価なものではなかったが、それで、お互いの気持ちを少しでも埋めることに、貢献できたろう。

 「マツダ大戦、か…」

 少しばかりの過去を、反すうしていた。

 「でも私は、争いごとのない生活にしていきたいわ」

 彼女のその思いは、本当に叶えられただろうか?

 得体の知れない日々が、過ぎていった。

 ほんの少し引っかかったのは、彼が、彼女よりも、ずいぶんと年下の男だということだった。

 いわゆる、これということだ。

 「世代が、違う」

 これは、痛かった。

 努力をし、挫折を味わいながらも立ち上がって努力をしてきた勤勉世代の彼女にとっては、あまりにも緩い生活しか味わってこなかったであろう世代の彼が、不幸に見えてきたほどだった。

 その思いのすれ違いが出てしまったからこそ、2人の関係はぎくしゃくとし、いがみ合っていたのだろうか?

 彼の世代は、彼女らからすれば、幼稚に見えてならなかった。

 夫婦は、いつだって、戦っていたのだ。

 ときに、マジックショーのような心理戦にも見えただろう。

 「マツダとマユは、難しい仲だ」

 そんな、誰が言ったのかわからない謎の構造の中で、彼女の友人が、こんなことを言ってきた。

 「マユのほうにも、問題があるんじゃないの?」

 すでにあげたが、女性は、固定化された家庭内の役割の中に安住しやすいからと、いうのだった。

 これは、女性の意識についての、大いなる警鐘だった。

 家庭内で、男性が、パートナーである女性の家事を手伝ってくれたとする。すると、どうか?

 次のような、そこまで言うか感謝というようなものをしてしまう人がいたのでは、ないだろうか?

 思い当たる人も、いただろう。

 「ありがとう!本来私がやるべきこの仕事を手伝ってくれて、助かったわ。本当に、ありがとう!」

 それを言った本人は気付いていなかったのかも知れないが、これは、大変に危険な言葉だった。

 言った人は、自信で、こう認めていることになったからだ。

 「女性が家事をするのが、当たり前だ」

 さらに彼女は、他の友人に、こんなことを言われたものだった。

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