第8話 夫婦の分業論には、気を付けよう
夫婦の口論のとき、妻としては、こう言い返すしかないのだろうか?夫に、こんなことを言われたときの、1つの対処例だ。
これを考えただけで、夫婦補完委員会から、メールがきた。
「あなたのその意見も、尊重に値しますね」
喜んで良いのか、ちょっと、わからなくなっていた。
彼女の対処策の例が、こちらだった。
「誰のおかげで、ここまで無難に生活できていたと思っているんだよ!それにしても、腹が、へったな。お前との口論で時間が過ぎて、食事にも、ありつけないじゃないか!どうして、くれるんだ!食っていう基本的な欲求も守れない。いい加減な妻だな!まずは、この俺に、頭を下げてみろ!ほら。頭を、下げろ!」
夫のそのキレた言葉にたいして、どうする?
妻は、こう言うべきなのではないか?
「…わかったわ。こうしていても、何も変わらない。とりあえずは、食事にしましょうか。30分経ったら、キッチンにきてよ」
夫は、そんな言葉に、うれしくなってしまうものだ。
これで、ようやく食事ができるからという喜びから、うれしくなったのか?
夫婦補完委員会の決定した夫婦ゲームのシナリオなら、キッチンで、妻が、ナイフを研いでいたとは知らずに…?
夫は、気楽な生き物だった。
「さすがは、闇の部族よね!」
夫は、妻を言いくるめられたような感触を感じられて、有頂天になっていた。
30分後。
キッチンに入った、夫。
「さあ。食事、食事だ」
そういう夫にたいし、こう言って、頭を下げる妻。
「いらっしゃいませ!」
「…お前、何をやっているんだ?」
「あら?頭を下げろと言ったのは、誰だったかしら?」
「…」
「食事処へ、いらっしゃいませ!」
言った通りには、なった。
が、夫は、うれしくなくなる。
「…お勘定は、後で、結構でございます」
逆襲の、妻。
夫のマツダを前に、妻のマユは、どう感じていただろうか?
「マツダ夫妻と、呼ぶべきか。それとも、マユの旧姓を使って、アンリ夫妻と、呼ぶべきなのか」
呼び方を巡る気持ちまでもが、バラバラになってしまっていた。
家庭に入れば、恋人の関係のときに交わした約束事なども、いつしか、疲れ気味?どちらがどう言ったのか、言った言わないの争いになることは明らか。
そんな状態に突入してしまった経緯、詳細は、忘れられてしまった。
「名前を合わせるなんて、やめようよ」
彼女がそう言ってくれたのだけは、覚えていた。
「夫婦別姓は、お前が言い出したことだ」
「じゃあ、そういうことにしておくわ」
「よし、よし」
負けず嫌いだった彼は、すんなりと、承諾していた。
「わかったよ。マユがそう言うなら、それで良い。他人には、マツダさん、アンリさんと呼ばれれば、良いんだ」
売り言葉に買い言葉の、決定だった。
どちらも、口には出さなかったが、こう考えていたものだ。
「社会は、変わったんだ。夫婦別姓で生きるのが、最善の策なんだ。仕事上の便利さを考えてとかそういうことではなくて、人間個人のプライド上で、同じ名前を名乗るなんてことは、できない」
彼女は、家庭というステージの上では、より良く、彼に頼りにされた。
彼女は、うれしかった。
その喜びが、彼女自身の深層心理上は、欺瞞の演出であったと、うすうす感じていたとしても…。
「頼りにされるのは、良いことか。私が認められたっていう、感じ。夫が、私に頼みを入れてくる。上下関係が生まれて私が上位に立てたよう。これって結構、誇らしいものだもの」
頼りにされたことで、自尊心こそ、くすぶられたというものだった。
彼女は、夫というライバルに、これからも勝ち続けられるんじゃないのかと、心躍らせていた。
けれども、そこで安心しては、ならなかった。
「焦るな、私」
心のピンチは、どこにでも、埋まっていたようだ。夫婦の生活とは、いかに、面倒なものであったか。
「2人暮らしではなく、1人暮らしであったのなら、面倒かもしれなかったが、楽だったのに」
マツダならではの、やせ我慢だった。
1人暮らしは、面倒だ。
自立をしなければ、生きていけなかったからだ。
マツダも、ほぼほぼ、それだった。自立のできない世代の、仲間だった。
「1人じゃ、怖いよう」
「これが、社会なのか!」
「会社に、いけないよう!」
が、心配するんじゃない!
社会は、変わった。
今どきは、人材不足社会となり、就社が楽になった。会社は、優しく優しくしてくれるようになった。
夜、怖くて、1人ではトイレにいけないような子でも、新卒世代であれば、怖いもの知らずだった。会社の人が、手をつないで連れていってくれたのだ。心配は、いらなかった。
過去、どんなに優秀でも就職ができなかった、就職氷河期世代の子たちがいたが、その子たちが、気の毒で、ならなかったものだ。
マツダとマユの生活も、変わった入社式のようだった。
「私だけじゃない」
「俺だけでも、ない」
「この人が、いる」
「相手がカバーしてくれるから、何とかなるだろう」
責任のなすり付けじゃないかと非難されれば言い返しようもない生活が、はじまった。
不安定感の存在は、ぬぐえなかった。
2人で暮らすとなれば、ついつい片方のパートナーに甘えてしまうものだった。マツダとマユの生活が、まさに、そうだったのか。
夫婦生活では、より楽な選択肢ばかりを求めてしまいがちだからだ。これが、注意しろといわれることもあった。幸せな生活の裏返しは、危険シグナル。
「誰かが側にいるのは、良い。けれども、自立心が養われるどころか、自立心が、壊されてしまいかねない」
どこかの評論家が、言っていたはずだ。それは、週刊誌でも、いわれたことだ。
残念ながら。
「そうか…。結婚の罠っていう言葉があるけれども…。罠は、そういうところに潜んでいたのかも知れない。そうだよねえ」
彼女は、悩んだ。
「家庭での役割分担について、改めて、考えてみるべきなのかも知れない」
キッチンで、1人、考えていた。
「夫のマツダは、外に働きに出かけて、経済的な支えになってくれている。それなら妻の私は、家庭内の細々としたことをやろう」
それが、結婚後の立ち位置あるべき役割分担だと、思っていた。
が、余計に、甘さが暴露された。
「…ということで、夫が私を養ってくれるのが当然なんだ。夫という男は、私を支えるために、生きてくれているんだ。私マユは、繭の中で守られる。なんて、シャレが出ちゃうくらいに、都合の良いことだわ」
そんなことすら、ぼやいていた。
が、その論理的思考に落ちってしまえば、崩壊音頭。
「夫が、働く」
「それなら私は、家事をすれば良い」
結局は、性差分業をより良く捉えようと焦るばかりに、いくつものバランスをないがしろにしてしまいかねなかった。
「分業」
社会では、聞こえの良いキーワードが、まかり通っていた。
そんなとき、友人が、1つの真相を明かしてくれた。
「マユ?分業分業っていって、男女平等が進められていると思うでしょう?けれど、気を付けてね?」
分業の言葉で、かえって、家庭内での役割を固定化させてしまうことになりかねないというのだった。
どういうこと?
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