第4話 妻の怒り(病院の送迎編)

 不都合な経験、だった。

 「よいしょ」

 話を戻せば、彼女の足の痛み経験だ。

 とにかく足が痛くて、彼女1人では病院にいけそうになかったので、夫に、送迎をしてもらった。

 「送ってくれて、ありがとう」

 病院の駐車場で、夫に、そっと言った。この一言が、大変まずい雰囲気を生んだようだ。

 夫は、何も、言わなかった。

 「何よ。何か、言ってくれても良いじゃないの」

 そう思いつつ、おとなしく、黙っていた。彼女なりの、良き妻の振る舞い方だったのかも、しれなかった。

 …これで、夫という名の魚は、水を得た。

 …のかもしれなかった。

 夫は、有頂天に、なってしまったのだ。

 「何だよ、マユ?俺に、そんなにも、感謝してくれるわけなの?こうした送迎も、夫婦の共同作業っていうものだもんな。ゴミ出しをやる俺も偉いが、妻を送ってあげる俺も、偉い」

 …バカを、いうな。

 誰かを車に乗せて目的地に向かうことが、夫婦の共同作業における役割になるというの?

 それだけで?

 じゃあ、タクシードライバーは、国民栄誉賞ものではないか。

 それなら、彼女は、タクシーを呼んで送迎をしてもらいたかったものだ。タクシーの運転手なら、夫のように無口で、病院に運んでくれることもなかっただろうし。

 夫は、始終、無口だった。

 大切な妻である彼女に、いたわりの声をかけるわけでもなく、荷物を持ってくれるわけでもなく、ただ単に、病院の前で降ろされただけだった。

 …いつまで、運び屋気分だったのか?ゴミ出しのエセ満足気分が、抜けていなかったのか?

 これが、朝から会社に出かけてくれるのだから、まだ、ましだった。

 時限爆弾のタイマーが動き、定年退職でどう爆発するのか、そのときのことは、今彼女には、考えられなかった。

 「…ああ。俺は、妻を、病院に送っていったよ。これこそが、夫婦の共同作業。妻を思う夫の存在価値って、ものだな」

 夫の、あっけらかんとした顔が、浮かんでいた。

 「でも、本気でそう思っていたとしたなら、病気だ。お前こそが、病院にいけ」

 夫が、学校の新卒先生のようにならないよう、祈るしかなかった。

 学校の新卒先生は、授業が終わり、職員室に戻って、こんなことを言いがちだった。

 「いやー…。俺の受け持ちクラスの子たちは、俺の言ったことに、真剣にうなずいてくれたよ。俺には、教育力があるんだよなあ」

 勘違い先生、極まる。

 バカめ。

 あんぽんたん。

 児童生徒は、あなたの授業、あなたの言っていたことに感動をしていたのでは、なかったのだ。もちろん、あなたに感謝など、していなかった。

 「うなずいたら、あいつ、喜んでいたっぽくない?」

 「新卒教師って、扱うの、面白いよねー」

 「なあ?あいつ、わかってないよなあ?」

 「うん。新卒一括採用世代、なんでしょ?考えて生きてこなかったから、こうなるのよね」

 「でもさあ?あいつ、生きる教育って言うの、受けたんじゃないのか?全然、生きてないけどさ。俺たちの生徒の立場って、何なんだろうな?」

 「だよねー。学校の先生だから偉ぶってるのかもしれないけれど、あの人たちって、高校の授業にはついていけないらしいよ?」

 「そうなの?」

 「うん。お姉ちゃんが、言ってた」

 「じゃあ、あの人って、私たちの学校にはついていけるのかしら?」

 「中学校も、と中までは、何とかいけるらしいよ?」

 今どきの中学生は、聡明だった。

 「適当に相づちを打って喜ばせれば、新卒先生レベルなら、内申点を上げてくれるし。あいつ、楽だよねー」

 適当に、使われていただけだったのだ。

 こうして満足感を得ていった先生は、定年退職後に家庭に戻されてから、社会にどう扱われるのか?

 怖いのは、こうした先生でも、ずっと、地方公務員の身分を保持できるという点だった。

 さらに、怖いことは起きた。

 公務員であれば、職務上知り得たことは、守秘義務といって、絶対に、口外してないことだった。

 が、これが、簡単に漏らされるようになった。

 なぜなのかは、もう、いちいちいわなくても、予想できそうだ。

 今どきの先生は、S NS世代として育てられた。

 「そういうことをしちゃあ、ダメだよ?」

 そういわれても、ついつい、秘密を、ネッツで動画配信してしまうのだ。クセになっていたのか。

 公務員法は、退職後も科される。

 が、新卒の先生たちには、それが、上手く理解できないようだ。だから、退職後も、ネットで、流してはいけない情報を流してしまうのだろう。

 そうした新卒先生が定年退職をするまで、あと、何年?

 学校教育課のおじさんたちは、時限爆弾のタイマーが満期を迎えることのないよう、震えていたところだ。

 新卒の先生を採用したのは、おじさんたちだったくせに。





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