「怖い話」なんて怖くない

amanatz

「怖い話」なんて怖くない


「怖い話ってあるじゃん」


「あるね。どうした、急に」


「あれ、何が面白いんだろう」


「おっと、ずいぶん大きく出たね」


「どういうこと?」


「例えばさ。人気のない不気味な廃墟とか廃病院とかが、心霊スポットだって噂になるだろ」


「まあ、そうね」


「うんうん」


「そこで亡くなったとか、殺されたとかって人が幽霊になって出てくるのを見たー、怖い! ってなるわけだろ?」


「だいぶざっくりだけど、まあ、そうね。いろんなタイプがあるよね、血まみれだとか、あっちの世界へ引きずり込むとか」


「もっとずっと昔の人は?」


「え?」


「その建物ができる前とかにさ、江戸時代とか、その前とか、なんなら旧石器時代とかにも、その場所で死んだ人はきっといるわけだろ。どうして、そういう幽霊は出てこないんだ?」


「どうしてって……まあ、そういう話は聞かないね。やだな、旧石器時代の幽霊。物理的に殴ってきそう」


「確かに」


「逆に言うと、そういういかにもな心霊スポット以外だって、歴史をたどればきっと、誰かしら人が死んでるわけだろ。そういうのは、怖い話として出てこないだろ。おかしくない?」


「それは、恨みや後悔の念の強さとか……」


「気持ちの強さがあるって言うんなら、廃病院じゃなく、現役の病院なんかが幽霊だらけになってなきゃおかしくない? 病気が治らなくて、無念のうちに死んでいく人いっぱいいるだろ。事故で搬送されてきて死んじゃう人だって多いし」


「うーん」


「それに、やっぱりずっと昔の人だって、殺されたりとかしてるわけだろう。人気のない貝塚とかで」


「貝塚! 貝塚跡に夜な夜な現れる縄文人の幽霊。聞かないなあ。やだなあ」


「あはは」


「そういうスポットばかりに幽霊が出るっていうのは、おかしい! シェフを呼んでこい、シェフを!」


「シェフじゃなくて、責任者とかじゃない? シェフだとたぶん褒めるほうだよ、呼ぶのは。そもそも、責任者って誰だよって話だし」


「あと、気が付いたら……系ね」


「なんだそれ。後々になってゾクッとした、みたいなやつ?」


「そう。特に、気が付いたら一人多いとか、一人少なかったとか」


「あー、確かに定番」


「あるある」


「気が付くだろう! いくらなんでも!」


「いやあ、ほら、ビビってたとか、知らず知らず誘導されてたとか、気が付かなかったこと含めて怪奇現象、みたいなところあるじゃん?」


「でも、『四角い部屋で、闇の中で壁伝いに角まで行ってタッチする』っての、あるだろ」


「あー、古典的なやつね。雪山の山小屋で、みたいな」


「気が付くだろう! いくらなんでも!」


「まあ、確かに、始める前に気づいてもいいかな……」


「そもそも、前提がおかしいよね」


「そう。そんな行動を始めること自体が不自然だ」


「他に方法ありそうだとは思うね、うん」


「みんなでしゃべってたり、ひと固まりになって体動かしていたほうがいいって、絶対」


「これはまあ、一理あるね」


「うん、わかる」


「あと、幽霊の目撃談、みんな怯えすぎ」


「そりゃ、怖い目に遭ってるんだから……」


「例えば、明るい歌を歌っている時に幽霊を見たとか、スキップしている時に怪奇現象に遭遇したとか、そんな話はないだろ?」


「うん、聞いたことないね」


「歌ったり、スキップしたり、下半身を露出して歩いたりしている人間の前には、幽霊は現れない。不自然じゃないか?」


「不自然なのはむしろ、スポットでそんなことしてるその人のほうだね。あとさらっととんでもない例を付け加えたね」


「だから、幽霊なんてものはいないんだよ。内心ビビっている人間が、何かを取り違えたりしたっていうだけだ」


「うーん、説得力があるような、ないような」


「現に、こうして大声でしゃべっている間、俺たちには何も起こっていない!」


「ああ、それでか、急に変な主張を始めたのは。こうやって今、真夜中に、霊園の隣を歩いているから」


「そう」


「静かにしてると何か出そうで怖かったから、急に変なことを声大きめで言い出したのね」


「違うぞ! 『怖い話を否定している時』に幽霊を見たなんていう体験談は聞いたことがない。それを証明しているだけだ。断じて、怖いわけではないんだ!」


「はいはい」


「それに、急に下半身を露出するよりはマシだろう?」


「そりゃあ、捕まっちゃうからね。別の意味で怖いことになっちゃうからね」


「あとはそうだな、幽霊を見ないために効果的そうなことと言えば……」


「あー、見たくない怖いって気持ち、ダダ漏れてるからね? あと奇特な行動は勘弁してね、一緒に歩いている俺まで、変な人だと思われるから。恥ずかしいから」


「『駄洒落を言う』とかはどうだろう」


「お、それなら普通にしゃべるだけでいいし、確かに駄洒落を言ってる間に幽霊を見た、なんて体験談は存在しないね」


「墓は、はかない」


「……」


「……」


「つまらないと、静かになっちゃって、逆効果か」


「そうだね。勘弁してほしいね」


「墓石を、破壊しr」


「ストーップ! それはダメ、むしろ祟られるやつ!」


「えっ、結構うまくなかった?」


「うまくない! まずい! 0点だよ!」


「霊園だけにね」


「そうそう、霊園だけに……って、やかましいわ!」


「えっ、俺なんにも言ってないぞ」


「えっ」


「えっ」


「……」


「……」


「……誰も他にいないよな」


「おお、もうずっと、歩いてるのは俺たち二人だけだ」


「……急いで通り抜けるぞ」


「お、おお」


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