あるいは、終局的犯罪への旅路
放課後――俺と藍子は昇降口で各々の靴を回収すると、新校舎と旧校舎を繋ぐ渡り廊下へと向かった。
「七瀬ちゃんのクラスは何やるの?」
「文化祭の展示のことなら、ボードゲームカフェだが」
「何それ面白そう! 行けば七瀬ちゃんと遊べるの?」
「俺はバックヤード担当だから無理だな」
「えー、チェンジで」
解決編を前にくらだない話をしているな、と思っていたら、藍子が俺の内心を見透かしたようににやりと笑った。
「とまぁ、もうすぐ文化祭というのが、今回の事件における重要な
「……どういうことだ?」
藍子は俺の問いに答えず、歩みを止めた。渡り廊下の中ほど。藍子の視線の先に中庭が広がっている。
「七瀬ちゃんが今日のお昼に居眠りしてたいつもの場所って、あそこのベンチだよね」
「そうだな」
「じゃあ、あっちには何がある?」
藍子が旧校舎の一角にある暗幕の掛かった部屋を指さして、言った。昼休みになるとパンの購買所が設置されるもう一本の渡り廊下のすぐ斜め上だ。
「地学室だな」
「五十点。満点の回答は地学室兼天文部室だよ――来て」
俺は藍子に促されるまま、靴に履き替えて中庭へと足を踏み入れる。
「クラス展示の準備ははじまったばかりだけど、文化系の部活では、何ヶ月も前から念入りに準備をすることもあるみたいだね。少なくとも天文部はそうだった。何しろ、一年に一回の晴れ舞台だもの」
「……天文部の展示と言えば、プラネタリムか」
「そうそう。ドーム型の骨組みに厚紙と黒いビニールを貼り合わせて、中に投影機を置く……口で言うのは簡単だけど、実際に作るとなると結構大変なんじゃないかな」
「だろうな」
「そのビニール袋を、昼休みも文化祭の準備に精を出していた天文部員がうっかり窓の外に落としてしまったことが全てのはじまりだったんだよ」
それから藍子は地学室とベンチの間あたりまで歩いて、ちゅぱりとなめた指を頭上に掲げた。
「この時期、二つの校舎に挟まれた中庭ではいつも東向きに風が吹いている。だから、地学部の窓から飛ばされたビニール袋が風に流されてこのベンチの上を通り過ぎていった公算はゼロではないと思う。そして――」
全ての不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実となる。あの偉大なる探偵の金言を囁いて、藍子はわざとらしく微笑んだ。
「待て。俺が見たのは夜のような闇だけじゃない」
「……本当なら真っ暗の方が良いんだろうけど、安全性の問題から空気穴は開ける必要があるよね。つまり、厚紙にもビニール袋にも、小さな穴があったってことになる。だから、七瀬ちゃんがみたのはきっと、ビニール袋に空いた穴越しに太陽という星のきらめきだったんじゃないかな」
「しかし証拠がない」
「あるよ。今見つけた」
藍子のしっとりした指が示す先を見ると、校舎の隅の低木の一つに、くしゃくしゃになった黒いビニール袋が引っかかっていた。
その後、俺たちが地学部に赴き、室内にいた女子部員――藍子のクラスメートだ――に顛末を話すと、「ありがとう!」とビニール袋を受け取ってくれた。
「さすがだな」
「ほめてほめてー。アイスおごってー」
「はいはい。それじゃあ、五分後に昇降口で合流しよう」
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