あるいは、見えないものを見ようとして

 教室に戻るとすぐに、級長の掛け声でロングホームルームが始まった。


 議題は来月に迫った文化祭の役割分担。うちのクラスはボードゲームカフェをやることに決まり、俺は仲の良い友人とバックヤード係に立候補した。


 係別ミーティングでメニュー決めに興じている級友たちを横目に、俺は藍子のことを考える。


 ――ななせちゃん、あーそーぼっ。


 あいつとは物心がつく前からの付き合いで、小学校に上がるまではほとんど毎日一緒にいた。


 ――んもー、たんていさんの本ばっかよんでないでいっしょにあそぼうよー。


 小学生に上がってからは、男女の気恥ずかしさ故に俺の方から距離を置こうとしたこともあったのだが。


 ――じゃあじゃあ七瀬ちゃん、あたし名探偵になったら助手になってくれる?


 現実離れした魅力的な提案に思わず『なれるんだったらな』と答えたのが運の尽き。小五の林間学校で『夜回り骸骨事件』を解決したのをきっかけに、藍子は本当に名探偵になってしまい、俺もなし崩し的に藍子の助手になってしまった。


 共通の友人からは「お前らまだ付き合ってないのか」とよく冷やかされる。そんなんじゃない、と俺が否定する度に、藍子が少しだけ寂しそうな表情をのぞかせるのにも気づいている。でも、名探偵の横にひっついてるだけの俺に、彼女の好意に応えられるだけの度量があるとは思えない。だから俺は、自分の気持ちに蓋をして、名探偵に振り回される助手兼幼馴染を演じ続けるのだ。


 ――その割に、今回は自分の方から事件を持ち込んだじゃないか?


 心の中で、もう一人の俺がいやらしく尋ねてくる。もっともだ。いつもの俺ならこんなことで藍子に頼ったりはしない。今日の俺は少しおかしいのかもしれない。


 ――ま、調子はずれなのはお前だけではなさそうだがな。


 ともあれ俺には妙な予感があった。すなわち、この事件には藍子の介入が必要不可欠だという予感だ。


 と、机の脇に掛けておいたバッグの中で小さな振動音がした。係のみんなに「すまん」と声をかけてケータイを取り出すと、藍子からのメッセージが届いていた。


『なぞはすべてとけた!』


 と、言うことらしい。

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