あるいは、甘々ラブラブな日常ミステリ

 四時限目の漢文は、時間通りぴったりに終わった。


 昼休みを挟んで一つ目の授業はあまり身に入らなかった。故事成語は嫌いではないし、短時間でも昼寝をしたから眠気は遠のいている。にも拘らずつい上の空になってしまったのは、昼に体験したあの奇妙な出来事のせいだろう。


「行くか」


 わざわざ声に出してそう言うと、俺はを訪ねるために、隣の教室へと向かうことにする。


 幸い2年2組も定刻通りに授業が終わっていたらしい。俺はだから、休憩時間のざわめきに紛れて教室を横断し、自席で窓の外をぼうっと眺めているポニーテールの少女に声を掛けた。


藍子らんこ


「ひゃっ、七瀬ななせちゃん?」


 ぶるっと馬の尻尾を震わせながら、少女はこちらを振り返った。


 土井瑠どいる藍子。アポトキシン4869を飲まされた小学生探偵の残りカスみたいな名前だが、これで幾多の難事件を解決したホンモノの高校生探偵だったりする。すぐ慌てるところと、何かにつけ幼馴染の俺を助手役に仕立て上げて事件捜査に巻き込もうとするのは玉に瑕だが、「この事件、五分でまるっと解決しちゃいます!」という決め台詞の後で、真実から逃れられた犯人はいない。


「め、珍しいね。七瀬ちゃんからこっちに来るなんて」


 ちなみに俺の名前は七瀬川ななせがわ七瀬。こんな名前をつけたの親のことは正直どうかと思うが、特に叙述トリックの存在を疑う必要もなく、平々凡々な高校二年生男子である。


「奇妙な事件が起きてな。相談に来たんだ。殺人事件とか密室トリックとか、お前好みのやつではないんだが」


「別に好きじゃないよっ。むしろ甘々ラブラブな日常ミステリが好きだよっ」


「だったらお前好みの事件かもしれないな」


 甘々ラブラブかどうかはさておき。心の中でだけそう呟いてから、俺は探偵少女の目を見つめて、言った。


「藍子――お前は真昼に流れる星を見たことがあるか?」

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