第3話 元勇者パーティー①

 自室で旅の準備を整えると、私はすぐさま部屋を出た。


 国王の様子から察するにかなり切羽詰まった状況のように感じる。

 最速で向かうのが吉だろう。

 私は地図を取り出して目の前で広げる。


 元勇者パーティーが我が国を出てからそれなりに日数が経っている。この人たちがいる村までは舗装されている道を馬で飛ばしても山を五つ迂回しなければいけない。普通のルートでは10日は掛かる。これでは村に着く前に、パーティーが解散していてもおかしくない。

 

 私は進行方向の険しい山々を見つめた。


「最速で行くしかありませんね。たそがれて独り言を呟いている時間も惜しいか」

 

 足に力を込める。地面から跳ね返ってくる圧力が足の筋肉を震わせる。

 体の調子はいつもと同じで完調。全力で走っても問題ない。

 私は舗装された道を外れて、『人を阻むような山々』の方へ村に向かって一直線に走り出した。






 村人に元勇者パーティーがいるという宿屋を聞き出し、店主から許可を取ってから静まり返った部屋のドアをノックする。

 

 しかし、しばらくしても中から返事はない。店主の話では外出もしていないはずだが、まだ寝ているのか? はたまた来訪者に対応する気力もないほど落ち込んでいるとか。


 私は再度、扉を叩き反応がないことを確かめてからノブを捻った。

 中に入ると、ちょうど真正面に小柄な少女が俯いたままイスに座っているのが見えた。

 落ち込んでいる方が正解だったか。

 

 どう話しかけるか考えあぐねていると、目の前の少女が顔を上げてこちらと目を合わせた。

 少女は生気のないどんよりとした目をしていたが、私の姿を確認した瞬間、目をカッと見開いた。死んだ目には光が灯り、乱入者を威嚇するように椅子を倒しながら立ち上がった。


「ちょっと! いきなり入ってきて、なんなのあなた!」


 倒れたイスが床にぶつかって派手な音を鳴らす。

 

 少女は怒りか警戒心か、肩を震わせながら物凄い形相でこちらを睨みつけてきた。

 勇者が死んで絶望していると聞いていたが、怒る元気はありそうだ。


「失礼しました、お嬢さん。扉をノックしても静かだったので、心配になり勝手に部屋に入ってしまいました。無礼をお許し下さい」


 少女をなだめながら、室内を眼球だけ動かして見回す。

 部屋の中には3人の人間がいた。おそらくこの3名が元勇者パーティーのメンバー。


 部屋の隅の方に男が1人。あとは目の前の息を荒げている小柄な少女と、ベッドの上に怜悧な顔つきの浅黒い肌の女性が座っていた。

 

 私は改めて部屋の中にいる元勇者パーティーの三人に一礼をして、自己紹介する。


「私はハスク・バースナーと申します。国王さまより遣わされた伝令です」


 ベッドに腰かけていた浅黒い肌の女性がなるほど、と声を上げる。


「勇者のことか?」


 女性は落ち着き払った様子で、私のことをそれほど警戒していないように見える。

 豊満な胸の下で腕を組み、濁りのない瞳でこちらを伺っていた。少女より話が分かりそうな相手だ。


「勇者さまのことも少し気になりますが、メインの要件は別にあります。私はあなたたちに……」


 頭の中で脳みそを転がすように、思考が高速で行われる。

 落ち込んでないでさっさと魔王退治に行けと言うのは簡単だが、このどんよりとした雰囲気で素直に受け入れてもらうのは難しいだろう。


 特に初めに話した少女。かなり私のことを警戒している。

 あの様子では、本題をそのまま言ったらブチギレしかねない。


「あなたたちのメンタルケアをしにきたんです、はい!」


「私たち、の?」


 冷静だった眼差しが見開かれ、キョトンとした顔に変わった。


 室内にヒヤッとした空気が流れる。


 謎の脂汗が額からたらりと床に落ちた。


 選択肢をミスったかと焦っていると、正面の椅子に座っている小さいのがキャンキャンと喚きだした。


「嘘ついてるでしょ、あなた! こいつ、絶対魔王退治を急かしにきたのよ。勇者が死んでから私たちがこの村を動かなかったから! 何よ、私たちが勇者の死を悲しんで落ち込んでたりしちゃダメっていうの! 勇者が死んでから『2日』しか経っていないのよ! 私たちを奴隷とでも思っているの⁉」


「い、いえ、そういうわけでは」


 私は冷や汗をだらだら流しながら、手を横に振った。警戒心が強いからこそ、人のことをよく観察しているのかもしれない。簡単に私の嘘を見破られる。


 実際のところ、この少女の言っていることはほとんど正解だ、勘が良すぎる。

 元勇者パーティーの尻を叩くのが私の仕事だが、真正面から怒っている人を口先だけで丸め込むのは中々厳しいものがある。


 激高している少女、見た目は魔法使いのような恰好だった。


 私の言動に怒っているようだが、目線が不安定に揺れていて落ち着きがない。情緒不安定であっても可愛らしいと思えるほどの整った顔立ちだったが、中身はパッと見の愛らしさ通りとはいかなそうだ。


 さて、これは強敵だぞと思いながら攻め手を考えていると、奥の方で黙って床に座っていた男が、立ち上がって手で制するような仕草をする。細枝のように頼りない身体付きだった。


「ま、まぁまぁアプリアさん、国王さまからの大事な使者ですし、一度ちゃんとお話を聞きましょうよ」


 痩せっぱちの男に宥められた少女は、まだ言いたいことが山ほどあるふうだったが口を丸めて椅子に腰を下ろした。


「何が聞きたいの、あなたは?」


 少女は一応、話を聞いてくれる様子で私に続きを促してくれる。

 アプリアと呼ばれた少女、勇者が死んだからか元々の気質なのかは分からないがかなり心が揺れている。アンバランスなシーソーみたいだ。


 あまりストレスを与えるような言い回しはしない方がいい。

 うーん、と少し悩んでから私は切り出す。


「ええっと、アプリアさんでしたか。私が性急なばかりに不安にさせてしまって申し訳ありませんでした」


「ふんっ。別に不安になってなんかないもん」


 アプリアは不服そうに片眉を上げた。多少は機嫌を直してくれただろうか。

 取りあえず探り探り彼女らの状況を把握して、胸の内を知っておこう。


「その、勇者さまが拾い食いで死んでしまったというのは本当で?」


「そうよ。いっつもバカだとは思っていたけど、本当にあんなバカっやらかすとは思わなかったわ」


 少女は呆れたような顔つきで吐き捨てる。悲しんでいるわりには辛辣な言い方だ。


「アプリア、言い過ぎだ」


 浅黒い肌の女性が静かな声で魔法使いを窘める。

 そういえば、この人の役職はなんだろう。


 露出している両腕の筋肉は鍛え抜かれていて、かなり太い。よそ者の私が現れても落ち着き払っている胆力。おそらく前衛職、戦士だろうか?


 ともかく、魔法使いよりはよほど話が通じそうな相手だ。


「ルシール! でも……!」


「死んだ人間をあまり悪くいいものじゃない」

 

 褐色の女性の有無を言わせない迫力に、アプリアは逃げるように顔を背けた。


「気を悪くしたらすまない、ハスク殿。アプリアも悪気があるわけではないんだ。勇者とはいつもこんな軽口で話していたから」


 ルシールと呼ばれた女性はすまなそうな表情で肩を竦める。


「食事の時に床に落としたパンを食べてな。そのまま……。神聖魔法による解毒効果がなかったから、罠でもないと思う」


「ち、治癒は僕がしました!」


 痩せた男が小さく縮こまりながら手を上げた。

 治癒ができるということは、この男は神官か。


 元勇者パーティーは勇者、戦士、魔法使い、神官合わせて4人の構成だったようだ。前衛2人と遠距離担当、それと回復役。パーティーの構成としては理想的だ。


 勇者の強さばかりクローズアップされていたが、パーティーの完成度は高かったのだろうと想像がつく。


「僕はノートンと言います、魔王の手先が盛った毒なら解毒ができるのですが、全くと言っていいほど効果がなかったので本当に原因は拾い食いだったのだと思います」


 舌を噛むかと思うほどの早口で男は説明した。今まで黙っていた分を発散するような話ぶり。


 必死に自分のせいではないことをアピールしていた。身振り手振りが大袈裟だが、逆にここまであからさまだと嘘をつくほどの度胸もないように感じる。

 気弱で、自分が後々不利になるような嘘はわざわざ言わないだろう。


「なるほど……。完全に不慮の事故、とんでもなく運が悪かったと」


「そうよ、信じられないでしょ! 私を無理矢理旅に誘っておきながら、勝手に死に腐りやがったのよ、勇者は!」


 先ほどまでそっぽを向いていたアプリアは、再びこちらに向き直りテーブルをバンバン叩く。

 よく喋る子だ。見た目の可愛らしさも相まって、小動物のじゃれつきのようにも感じる。


 だが、割と落ちついている他の二人に比べて、この子だけあからさまに浮いていた。

 死んだ勇者に対する思い入れのなさ、自分本位な言動。


「アプリアさんはもしや……、勇者とはあまり仲が良くなかった?」


 まさかと思い、恐る恐る尋ねてみると怯んだ様子もなく返事が返ってくる。


「当たり前よ。嫌がる私を脅すみたいに引っ張り出した挙句、自分はあっさり死んじゃうんだから! 冗談じゃないわよ」

 

 少女は今まで積もりに積もった鬱憤を晴らしているようだった。

 これは、かなりマズイかもしれない。私の使命に極黒の暗雲が立ち込めている。

 勇者よ、私が言えた義理ではないが人間関係は大事にしないとだめだぞ。


「アプリアさん、勇者さまも世界を救うために考えあってあなたを誘ったはず……」


「知らないわ、そんなの! 私は世界を救うなんて柄じゃないの。私、分かっているわよ。ハスク、あなたは私に魔王討伐の旅を続けるように命令しにきたんだ。王国からの使者がこんな時に来るなんて、普通それ以外ないじゃない。そんなお願い、絶対聞けっこない。勇者が死んだ以上、私が戦う理由なんてないの! 私は故郷に帰る!」


 バネで動く人形のように目の間の少女は椅子から跳ねると、その勢いのまま私の脇をすり抜けていった。


 逃げられたと気づいたのは、ルシールに声を掛けられてからだ。


「ハスク、追った方がいい。アプリアはこのまま本当に故郷へ帰るつもりだろう。私は積極的に連れ戻すつもりはない」


 ルシールは何事もなかったかのようにベッドで腕を組んだまま、私を試すように開け放たれた扉の方を見ている。一応、神官の男の様子も確認するが、あわあわと状況に戸惑っていてすぐに何かを言い出す雰囲気はない。


「アプリアさんを追ってきます!」


 宣言と同時に瞬時に体を反転させ、彼女が出て行った扉の方へと駆け出す。

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