第2話 伝令
火急の要件ということで、私は着の身着のまま国王の元に馳せ参じた。
休暇中ということもあり、自室でよれた服を着て本を読みながらダラダラ無為な時間を過ごしている最中だった。
激しいノックと共に部屋に入ってきた兵士に今すぐ国王の私室へ行けと命令され、人目を気にしながら城の廊下を走ってきたのがついさっきだ。
室内をきょろきょろと見渡すが、珍しいことに国王以外誰もいない。
お付きの人もなしで私室に呼ばれるとなると、理由は限られる。
私はくたびれた服を着たまま、背筋を伸ばした。
「国王さま、ご用件とは」
「まあ、まずは座りなさい」
私は国王が示した椅子に腰を下ろす。
国王は足のくねった椅子にどっかりと座っていて、口をへの字に曲げていた。
国王の顔には深い苦悩と疲れが滲んでいて、これから切り出されるであろう話題の重さを予想する。
「実はな……」
私はごくりと唾を飲み込んだ。
「勇者が死んだのじゃ……」
「……マジですか?」
あの無敵と呼ばれた勇者が死ぬとは、俄かには信じられない。
思わずフランクな言葉が口から飛び出てしまう。
「死因は拾い食いらしいんじゃ……」
「それはまあ、なんというか、ご愁傷さまで……」
一体どんな強敵にやられたのかと疑問だったが、相手は勇者自身の浅ましさだったようだ。先ほどまで感じていた驚きは、失望へと変わっていく。
しかしどんな理由であるにせよ、勇者が死んだのは大事だ。
魔王を倒せる人間がこの世から消えた。まもなくこの世は絶望に染まってしまう。
いや、まだ戦える人間は残ってはいるか。
「ええっと、勇者のお仲間たちは?」
勇者が強すぎるせいで、仲間たちはどこか印象が薄い。
伝わってくる武勇伝も勇者が中心だ。だが、あの勇者についていけるなら弱いはずはない。あの人たちならばあるいは。
国王は用意したセリフを読むように、淡々と返す。
「勇者が死んだショックで今は旅を止めておる。とある村で旅を続けるかどうかを話し合っているようじゃ」
国王は疲労が滲んだ目で、それでも上に立つものとしての凄みを持って私を見つめた。
そんな目で見られては、鈍いと言われることが多い私もすぐに感付く。
「私に勇者パーティーの……、勇者がいないから元勇者パーティーですかね。あの人たちの尻を直接叩きに行けと?」
「水晶ではパーティーの様子を断片的に観察できても、意思疎通はできん。ハクス、我が国一の健脚であるお主に託すしかないのじゃ。勇者が死んだことが知れ渡る前に、残ったメンバーには旅を再開してもらい希望の灯を繋いで行かなければならん!」
「希望の灯を繋ぐ……。旅を再開しても、元勇者パーティーがまた投げ出すようなことがあってマズイということですよね?」
「無論じゃ。魔王を倒してもらわなければ、意味がない」
国王は血走った目で鼻息荒く言い切った。
とても断れる様子じゃないし、私も世界の危機であるなら力を惜しむつもりはない。
しかし要件が要件だ。一応、詳細を伺っておきたい。
「国王さま……、仮に失敗した場合、私は?」
「我が領地を踏むことは二度と叶わないと思え」
「ですよねー」
要は勇者の仲間たちが魔王を倒すまで帰って来るな、ということだ。一介の伝令には重過ぎる任務。
「勿論、成功の暁には最高の褒美を用意しよう。ワシが叶えてやれる願いならば、どんなことでも叶えよう」
「ほう! それはそれは……」
世界を救うことへの褒美としては釣り合う、と思う。というか、国王にこれ以上のものは出せない。
素直に王国のために伝令を請け負うのも状況が状況だけに不満はないが、貰えるものは貰っておきたい。
「承りました。このハスク・バースナー、身命を賭して元勇者パーティーたちを魔王の元まで導きましょう」
私が宣言すると、国王の顔色は雲が晴れたように明るくなる。
そこまで絶大な期待を抱かれても困るのだが。私はあくまで元勇者パーティーたちをやる気にさせるだけで、実際に倒すのはあの人たちだ。
無邪気な国王の様子に居心地が悪くなり、俺は椅子から立ち上がった。
「時間がありません。すぐに出発を」
「おお、さっそくか! 頼んだぞ、ハクス!」
満面の笑みの国王から顔を背け、私は逃げるように部屋を後にした。
国王の私室の扉を閉め冷たい廊下に出た私は、誰にも聞こえないように小さくため息をついた。
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