3―2

 滞在三日目の夜。

「……さてと」

 夜干ししたツナギは居場所が乾燥地帯の影響もあってすっかり乾いていた。やっぱりこれを着ないと落ち着かない。

〈とうとう決行するのですね〉

「……まあね」

 別に意図してそうなった訳じゃないけど、みんなの信用を得た私の警戒態勢は緩んでいる。子供たちを裏切るようでそこだけ心苦しいけど、何か行動に移すなら今しかない。

 この三日間ハクはからかう事だけが目的で一美ちゃんの命令に従っていたわけじゃない。家事の合間にゲル周辺の地図を読み込んだり、二郎君と三太君から土地の情報を聞き込んだりと情報収集に暗躍してくれたのだ。

 センジュの能力の性質上、彼は私に付きっきりになる。その代わりハクはノーマークだ。たづながセンジュと別行動しているのと同じように、私もハクを利用した。妖精と超人は記憶と経験を共有する。彼女が得た情報はもうすっかり私の頭の中に納まっている。

 私はゲルへ一礼した。拉致されてきたとはいえ、すっかり馴染んでしまった居場所。感謝の念が無いわけじゃない。

 でも……やっぱり私の居場所は都市にある。ここでのスローライフも楽しかったけど、都市の成り立ちに、異形化に……それにたづなが言っていた「話の続き」が気になる。

 すべての答えが都市にあるのだとしたらこの目で確かめてみる必要がある。他人からの又聞きなんかじゃ駄目だ。必要な物は自分自身の手で手に入れなきゃいけない。

「――逃げるのね」

「‼――」

 振り返るとそこにはたづなの姿が。彼女は洗濯物の陰から現れると絡みつくような視線を私に送って来た。

「一週間って言ったよね……? 私、あなたの事約束は守るたちだと思っていたんだけど」

「もちろん約束は守るわ。たまたま仕事が早く終わったから子供たちの保護者としては心配になってね、急いで帰って来たってだけよ」

「みんな無事だよ。私がきちんと面倒を見てきたんだから」

「ええ、センジュを通して見たわ。この短期間の内に独力で怪獣を倒せるまでになった事は褒めてあげる」

 でもね――。そう言うとたづなの肩にセンジュが現れた。

 お互い妖精を構えた一触即発の状態。

「戦いは……避けられないの?」

「私は野望のためにあなたを手元に置いておきたい。そうなればこの展開は必然、でしょ」

 私が白銀の光に包まれるのと、たづなが大量の帯に包まれるのは同時だった。狐娘になった私は爪の刃を展開して突撃、ミイラ男と化したたづなは触手の如き帯を伸ばして私を迎え撃つ。

「少しはやれるようになったみたいだけど、その程度のなまくらで私が傷つくとでも⁉」

「そんなのやってみなくちゃ分からないでしょうが!」

 帯の動きに対応出来ている! 自分の体に迫る一条一条を潜り抜けて、触れそうになったものを切断してゆく回避。あと一歩近付けば相手の腹を抉れる‼

「……単純ね」

「――⁉」

 背後から引っ張られる感覚、狐娘の代名詞の一つ、白銀の尾が拘束された。

「さすがにそこまでは感覚が伸びていないようね」

 たづなはしたり顔で思いっきり尻尾を引っ張る。踵を踏ん張っても勢いは止まらない。もう少しの所で刃が届かない――

「とでも思った?」

 ポン! と間抜けな音を立てて尻尾が取れる。

「‼――」

 勢い余りたづなは前のめりにつんのめる。

 私の能力は変身。超人態こそ、初めに見た化け物の姿から連想して狐娘の姿を借りているけどその気になれば黄金の鎧を纏う戦乙女やミイラ男の姿にだって変わる事が出来る。

 この姿は本質であり、仮のもの。尻尾程度自在に取りつけが可能だ。

「はぁっ‼」

 がら空きになった腹に刃を突き立てる。左手も加えて、扉をこじ開けるように腹部を引き裂く。やりすぎかもしれないけど……ある程度ダメージを与えないとたづなからは逃げられない気がする。左足で三日、内臓で少なくとも一週間くらいは――

「あら、その程度で満足?」

「⁉――っ!」

 殺気を感じて上に跳ねる。見下ろすと、たづなの体は帯状に分解され、さっきまで私がいた空間をぐるぐる巻きに拘束した。

「こっちよ」

 着地するとそこにはミイラ男の姿が。相手は手に平を広げると大量の帯を噴き出し、人型を形成。ミイラ男は二人に増えた。

「私があなたの攻撃能力を警戒しないとでも?」

「――っ……」

 超人の能力は想像力がカギ。数々の修羅場を潜り抜ける中でたづなは間違いなく私よりも自身の能力を知り尽くしている。あの日私が彼女に深手を負わせられたのはビギナーズラックと、「器」欲しさに手加減をしていたからに過ぎない。

 対する私はまだ能力の全貌を把握しているとは言い難い。私の初戦闘のデータはセンジュにバッチリ記録されている。超人は多少怪我してもすぐに回復する――

「さてと……オイタを働く悪い子は適当にいたぶって反省してもらおうかしら!」

「――っ!!!」

 膨大な帯の津波。切り裂けないことも無いけど……捌くだけで精いっぱい……。

「だったら!」

 白銀のオーラを体に纏わせる。対怪獣用の破壊のオーラ。同じ位相を持つ超人に対しても覿面なそれは迫りくる帯を弾き、私はモーゼさながらに突き進んでゆく。

「こんな事も出来るのよ」

「――⁉」

 波の中から拳が飛んでくる。大量の帯を巻き付けて構成された密度と質量のダブルパンチ。その厚みはとてもじゃないけどオーラでは打ち消せない――

「――ゲフッ……」

 巨大な一撃が強かに全身を襲う。

「今のあなた相手に発光態になる必要は無い。悔しかったらあのバケモノの姿になってみる事ね」

「くっ……」

 確かに銀狐の姿になれば攻撃力はけた違いに上がる。あの姿は私が体感した恐怖と破壊のイメージの根源だ。相手を倒すこと、それだけを考えるのであれば今すぐにでも変身するべきだろう。

「だああああああああああ!!!」

 四方から繰り出される帯を回避し、迫りくる拳は発光する爪を突き刺して爆発させる。

「あらあら、逃げてばかりね。そんな事で私を倒せるのかしら?」

「……」

 たづなは私を煽るけど、ここで銀狐になる訳にはいかない。超人の能力が想像力に直結しているとするならば長時間怪物の姿を取ることで暴走する危険性がある。私とハクとが共同して制御できる可能性は五分……不安がそのまま能力に反映されるなら使うべきじゃない。それに近くにはゲルがある。私がやるべきことはここから逃げ出すことであってたづなを倒すことじゃない。ましてや無関係な子供たちを巻き込む事でもない。

「さっきから守ってばっかり……あなたが守りたいのは人間なの? それとも自分自身?」

「……っ」

 帯の波間にミイラ男の姿が三人に増えている。偽物のそれは大量の帯を効率よく吐きだすためのオプションなのだろう。こうして防戦一方でしのいでいる間にたづなは攻撃の手段と本体の隠蔽の攻防一体の体勢を築き上げていく。

「さてと」

「⁉――」

「サーカスの時間はもう終わりよ」

 五体に増えたミイラ男達から吐き出される帯の怒涛、超人の身のこなしも、飛行能力も、刃の爆発ももはや波紋すら立てることが出来ない。

「ううっ……」

「ふふふ……」

 私の体はとうとう津波の中に飲み込まれてしまった。

「まさかここまで手こずるとは思わなかった。いい加減おとなしくしなさい。それともまだ続けたいと言うなら……発光態になればチャンスはあるかもしれないわね」

 全身を帯で拘束されたミイラ女状態。覆面越しでも分かる、たづなは私を持ち上げると勝者の余裕を笑みに浮かべながら私を持ち上げた。

「ふふふ……」

「あらあら、追い詰められておかしくなった?」

〈……⁉ 姫様! コイツ――〉

 わたくしを縛る帯からゾワゾワとした恐怖が伝わってきます。ふふふ……まさかここまで見事に決まるとは夢にも思いませんでしたが――

〈今のあなた相手に発光態になる必要はございません。悔しかったらあのバケモノの姿になってごらんなさいな。でしたっけ?〉

 変身を解除。本来の――とはいえ能力の性質上定まった姿なんてございませんが――狐の姿に戻らせていただきます。帯の隙間から華麗に着地し、お二人の前にご対面ですわ。

「な…………」

〈今まで戦っていたのはハクだったのか……〉

 唖然とした表情で私を見つめるお二人。口をポカンと開ける様子が可愛らしくって……あぁこれだから悪戯ってやめられませんわね。

〈ありえない! 確かに俺の帯はお嬢ちゃんの気配を捕えていたのに……少なくともファーストタッチはお嬢ちゃんの気配がした。そこからあの激しい戦いの中で入れ替わるなんて……〉

「……いや、一度だけチャンスがあった」

〈え⁉〉

「だけど……だとしたらハルは……」

 その通り。流石棟梁の娘さんなだけあってたづな様はご聡明ですわ。

 けれど悪戯のネタバラシを聞くなんて興ざめ。仕事は十分にこなしましたので、私はそろそろお暇させていただきます。

 ご主人様、今です。

 待ちなさい! たづな様の声が遠くなります。きっとあの場には行き場を見失った帯が虚しく宙を掴んでいるのでしょう。

 ふふふ……ふはははははははははははは――

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