2―2

 幽体離脱。この状態を示すのはこの言葉がふさわしいのだろう。

 気づいたら私は再び都市の広場の中にいた。場面はちょうど私が腹部を貫かれて拘束された所。

 傷ついた自分の姿をまじまじと見つめるのはいい気分がしなかったけど、視線は固定されているし、瞬きも出来ない。私は不愉快にも自分が苦しめられる様子を見続けなければいけないみたいだ。

「――――――‼」

 私が何かを叫んでいる。口をふさがれているにしては音の通りが悪い。あの時は必死で叫んでいたのに……どうやらこれは純粋に映像情報しか提供してくれないみたいだ。

 意識を失うまでに私はどれだけの事が出来たのだろうか。貫通する帯が十分に血液を吸って、血が一滴広場に落ちた時だった。

「これは…………」

 ミイラ男の袖からジャムの瓶が落ちる。同時に白銀の光が飛び出すと私の中へ入り込んでゆく。驚くべきことに私は彼(彼女)が持っていた妖精と融合を果たしてしまったみたいだ。

「――――――‼」

 私の口から、両目から、ありとあらゆる穴から光りが溢れ出す。腹部の傷口からも噴出したそれは帯を焼き切って私を拘束から解放した。ミイラ男も光を警戒して私から離れる。

 彼女だけじゃない、戦士達、まもりお姉ちゃんですら状況が飲み込めずに私の姿を凝視している。

 超人の主戦場は空中、自由になった私は当然自由落下を始めるはずだった。ところが光を纏った私はそのままで佇んでいる。

「――‼」

「⁉」

 自分と目が合う。何とも奇妙な体験。しかしながら奇妙な出来事は続く。

 私の体が内側から膨らみ始める。体内の光が内側から外側へとひっくり返るように、私の肉体はツナギ姿から白銀の毛玉へと変質を始める。前足、後ろ足に変化したつま先には鋭い爪、縦に伸びた頭部には牙の歯列。臀部には立派な尻尾が一つ。光が収束するとそこには白銀の体毛を持つ体長約一〇メートルの狐の姿があった。

「これが……私……?」

「……――‼」

 銀狐はいきなり近くの戦士に飛びかかった。声が聞こえなくても戦士が何を言っているのか表情で分かる。「やめろ! 私は君の味方だ」。けれど銀狐は「聞こえない」と言わんばかりに爪で一閃。大量の血液を飛び散らせながら戦士は地面へ落下した。

「な……」

 暴走している。分かる事といえばそれくらい。とにかく、私はそれをきっかけに近場の戦士に片っ端から攻撃を仕掛ける。

 戦士たちの対応は早かった。暴れると分かるなり、私を見る目つきが「救助対象」から「怪獣」を認めた時のそれへ……。事実私の動きは怪獣のそれだった。超人態だというのに小型の怪獣ともいえそうな体長。人智が生み出す特殊能力を発揮せずに牙と爪、単純な武器で破壊行為を繰り返す……。

 怪獣、ミイラ男……そして私とあまりにもイレギュラーが重なりすぎた。戦士たちのキャパシティーはとっくに許容範囲を超えているのだろう。戦士たちの動きは精彩を欠き、銀狐は舌なめずりをすると弱った者から確実に致命傷を与えてゆく。スコアだけで言うならミイラ男よりも私の方が戦士たちを倒してしまった。白銀の体毛は返り血を蒸発させる。我ながら惚れ惚れする輝きを残酷に見せつけて、銀狐はまもりお姉ちゃんの前に立ちはだかる。

「………………」

 多分「ハルちゃん……今楽にしてあげるから」みたいな事を言ったのだろう。お姉ちゃんは先端が鋭く尖った盾を形成すると私の喉元めがけて真っ直ぐ突撃してくる。

 それが嬉しいのか私は大口を開けて笑い出した。目の前にごちそうが飛び込んできた。そんな卑しい喜びを隠さずに牙を向ける。

 ハンザキと見まがうほどの大口が噛み合う。ガキン!と今にも音が響きそうな大喰い。しかしながら口元は血を滴らせない。

「……」

 いつの間にかまもりお姉ちゃんは落下を始めていた。発光態の消耗がここにきてピークに達したのだろう。衝突の直前で変身が解けたのか、お姉ちゃんは私に喰われることなく広場に落下した。

 ある意味私はミイラ男に感謝するべきなのだろう。彼女がお姉ちゃんの本気を引き出さなければ、今頃お姉ちゃんは私のお腹の中。銀狐は「つまらない」とあくびを一つつくと……

「…………」

「……」

「「!」」

 その場に残った最後の超人であるミイラ男に飛びかかった。

 宙を駆ける。改めて考えるとすさまじい表現だ。羽も、ジェットも無い私は化け物の姿で相手を追いかけまわしている。少しでも触れれば私の爪が相手を裂く。あれだけ戦士を屠りながらまだ暴れ足りないのか。記録の中とは言え私は、復讐しろ、と応援するべき何度あろうか。

 構図としては「暴れ驢馬対戦士」に似ている。素早く動く怪獣と超人が戦うイメージしにくい戦闘。しかしながらミイラ男は私の動きを目で追うことが出来ていて、私がくり出す攻撃を全て最小限の動きで回避している。「この程度慣れている」。表情はそう言いたげだ。

 だからといって状況が彼女に一方的に有利なわけじゃない。

「――……⁉」

 彼女お得意の拘束術、伸ばした帯は私に触れた瞬間燃え上がって無力化してしまっているのだ。それはまるで怪獣の空間分解能力みたいでいい気分はしないけど、あの時私が願った「状況をひっくり返す」能力である事は間違いない。

 ……だとしたら……この化け物こそが私が望んだ姿なの…………。

 延焼を防ぐためにミイラ男は帯の物量で攻めたり、幅や厚みを大幅に強化したりして短時間の間に様々なバリエーションを見せてきた。だけど私の毛並みの前にすべての帯は焼け落ちてゆく。帯のキレは徐々に落ち始めてボロさ加減が増してゆく。相手は確実に消耗を始めていた。

「――‼」

「……!」

 そしてとうとう均衡が崩れる。私は大口を開いてミイラ男の右足を捕え、その肉に思い切り牙を突き立てた。

 悲鳴が上がった事は聞くまでも無い。今度は相手が血を流す番だった。

 私は追撃を止めない。ブンブンと勢いをつけて回すと、確実にダメージを与えるために地面に向けて吐きだした。

 めくれ上がった地面がさらにへこむほどの衝撃。ミイラ男は広場に横たわる戦士の誰よりも無様な姿で蹲っている。

 私は咆えた。勝利の雄たけびというやつなのだろう。少しずつ追いつめて、要所で確実なダメージを与える狩りの手法。化け物は獲物を目前に大粒の涎を垂らしながら舌なめずりを始めた。

「止めてーーーーーーー‼」

 私が叫ぶのと同時に銀狐の口が開く。軌道は真っ直ぐ相手の頸を捕えている。私はあの時間違いなく……彼女を殺す気でいた。

「……調子に乗るな」

 ミイラ男の包帯がほどけ始め、少女の口元が露わになる。紡がれた言葉は見ただけで他者を圧倒する。次々と暴かれる黄金の素肌。これは……発光態……⁉

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