1―3

 怪獣の特殊能力は単純な物が多い。

 代表的な物は火炎。口や腕や腹から出したり、大気中に火球を発生させて投げつけたり、バリエーションはいくつかあるけど基本的には大味でワンパターン。怪獣の詳しい生態は未だに謎だらけだけど、妖精がもたらした知識によると怪獣たちは世界の破壊が目的だから複雑な能力を構成して威力を落とすよりも、巨大質量で圧倒する事を優先するらしい。

 今までの戦闘記録を振り返ると、確かに怪獣は複雑な戦法をとった形跡が無い。怪獣は出現しては青白い光と共に無造作に大地を空間ごと削り取って行く。

「なんだコイツ⁉」

「うわっ!」

 加えて、生物は質量が大きくなればなるほど動きが緩慢になる。妖精と似た位相を持つ怪獣が生物であるかどうかは疑問があるけど、現状怪獣は地球に飛来した際に地球環境に干渉できるように物理的なボディを構成している。

 単調で緩慢な敵。超人が怪獣に優勢を取れるのはこちらが素早く工夫を凝らした能力で常に攻撃を仕掛けられるからだ。

「何なのあれ……」

「……」

 普段であれば大きいだけの怪獣を三分で仕留められる。この場にいる戦士たちは経験こそまもりお姉ちゃんに劣るかもしれないけどそれでも数々の怪獣を倒して来た精鋭だ。それなのに――

「このっ……」

「速いっ!」

 見知らぬ超人が怪獣と一体化した。私がさっき彼の虚を突いたことへの意趣返しなのだろうか、と化した異形は歪なプレッシャーで戦士たちを圧倒した。

 怪獣の変化は外見に留まらない。驢馬は戦士達の攻撃をロデオのように身軽に躱し、また幅五メートルある巨大な帯を展開させてはじき返す。これだけ身軽に、複雑な動作を行える怪獣は記録上存在しない。たった一体の怪獣に九人の戦士は消耗する一方だった。

「まもりお姉ちゃん!」

「……くっ」

 祭壇は最早跡形もない。それどころか敷き詰められた煉瓦は粉々に、広場の地形をむき出しの地層へと還してしまった。こんなものが都市中で暴れ出したら一溜まりも無い!

 まもりお姉ちゃんは急いで急降下をして広場の端へ私を放り投げる。私も受け身を取ると地面で数回回転して、その勢いを利用して起き上がった。

 これは都市が始まって以来の大災害だ。精鋭だけじゃ駄目だ。一刻も早く私が伝令として非番の戦士たちを全員呼ばないと。もしかするとまもりお姉ちゃんだけじゃ――

「「逃ガサナイ」」

 背後から巨大な影が近づいてくる。それは私の全速力をあっという間に追い越して纏わりつく。

「あっ⁉」

 幅二メートルの巨大な帯が私の全身を包んだ。

「うっ! ぐうっ……!」

 拘束する一巻き。これじゃあナイフを取り出せない! それどころか身動き一つ……。

「「全ク……手間ヲ取ラセルナ」」

 強烈な勢いで引き戻される感覚。重力が逆になったような刺激に脳が麻痺を起こす。これだけ大げさな仕掛けをしておきながら、相手の狙いは本当に私だけだ。一体私の何が……。

「やめてええええええええ!」

 体を支配していた直線的な勢いが撓む。無重力を覚えると同時に視界が切り開かれて――

「「ホウ……」」

「……まもり……おねえちゃ……」

「……‼」

 眩い黄金の鎧は陽光を反射するだけでなく自ら輝きを発している。それだけじゃない、まもりお姉ちゃんの陶器のような滑らかな素肌も、柔らかい金髪も、慈愛に満ちた瞳も今は闘争本能を示すかのように内側から発行している。

 超人が破損した空間を修復するための第二変身形態・発光態。体内の妖精と人体を高度に融合させた「人型の怪獣」とも呼ばれる超人の本来の姿。

「都市を……晴れの舞台を……戦士たちを傷つける存在を私は許さない」

 そう言ってお姉ちゃんは私をゆっくりと地面に降ろしてくれた。鎧のボリュームに左右三対の翼、全力を出した戦士の背中は神様みたいに神々しい。

「「成程……オ前ハ少シ出来ソウダ」」

 驢馬の口がニヤリと笑う。

「――ッ‼」

「「⁉」」

 次の瞬間、その横っ面に盾の一撃が叩き込まれる。

「「ナ……」」

「‼」

 守護天使は光線の如き速度で連撃を仕掛ける。速すぎて何が起きているのかさっぱり分からない。他の戦士たちも絶え間のない黄金の連撃を目にして下手に援護できず、状況を見守っていた。

「「小癪ナ‼」」

 帯の拘束が一瞬緩む。隙間から青白い波動が噴き出すと、再び帯がキツ目に絞られて驢馬の肉体が競走馬の形へとシェイプアップされた。どうやら相手は天使のスピードに対抗するために堆積をそぎ落としたようだ。怪馬へと変貌を遂げた異形は盾の暴力から逃れるべくステップを踏み始める。

 でも、そんなものは甘い――

「はあっ!」

「「⁉」」

 天使が片手を突き出した瞬間、怪馬の全体が球状のバリアに包まれた。ステップは大地を蹴ることなく、敵は黄金の球の中で胎児のように倒れ込んだ。

 拘束がそっちの専売特許だと思ったら大間違い。守護天使の能力・守護の力はこうも使える!

「これで終わりよ!」

 天使は怪獣の真上へ飛びあがると直径四〇メートルの円形の盾を形成した。両手を盾に付け、そして思いっきり落下する。怪獣に引けを取らない巨大質量の落下。黄金の球の中でもがいてももう遅い。今度はそっちが動けない恐怖の前に押しつぶされる番だ。

 衝突と同時に青色と金色の奔流が広場中に広がる。怪獣の脅威が中和された時の心地よい爆風。まもりお姉ちゃんは今日も守護天使の名にふさわしい勝利を収めた。

「……訂正しよう。少なくとも金ピカ、お前はものすごく強い」

 爆風が晴れる間もなく広場中に包帯が広がる。放射状にのびるそれは勢いづくと刃物めいた鋭さを帯びて反応出来なかった戦士達の体を貫いてゆく。

「そんな……何で……!」

 煙が晴れる。爆心地には見た目こそボロだけど余裕気な表情で立つミイラ男の姿が。あくびを一つつくと退屈そうに端切れを弄んで――

「でも他はダメだ。話にならない」

 戦士達を貫いた帯をピン、と爪弾く。

「うっ……」

「何だ……力が……」

 戦士二人が突然、痙攣したかと思うとぐったりとうなだれて地面へ落下する。衝突と同時に変身が解けて……気を失っている⁉

「あなた、一体何を!」

「人の心配をしているつもりか?」

 天使の輝きが収束してゆく。発光態はポテンシャルを全開できる替わりに消耗が激しい。出ずっぱりだったまもりお姉ちゃんは時間切れを起こして超人態に戻ってしまった。

 お姉ちゃんの呼吸は荒い。黄金の鎧も心なしかくすんでいる。むしろ超人態を維持出来ている方が奇跡的と言っていい状態だ。

「その状態で果たして守りきれるかな」

「――ッ」

 帯の奔流が私めがけて襲って来た!

「総員‼ 民間人の保護を最優先。相手の狙いはコード01860086!」

 逃げなくては! でも脳の酸欠がまだ回復しない! それでも立ち上がってもつれて……全然逃げられない!

 切り裂いて、爆ぜて、巻きついて、ぶつかって。背後からは戦士たちが私を守ろうと激しい戦いを繰り広げている音が聞こえてくる。でも、視界には常にあの襤褸の影がちらついている。怪獣のエネルギーを代わりに使ったことでミイラ男本人は一切消耗していないんだ。それに引き換えこっちは防衛の要であるまもりお姉ちゃんが消耗してしまった。

 私だって訓練生で……都市防衛の端くれだけど……このままだと戦士達が勝てる未来が見えない。あの正体不明の超人は……信じたくないけどまもりお姉ちゃんよりも強い。必死に駆けだして、助けを呼ぶのに成功したとしても――都市中の戦士たちが束になってももしかしたら……。

「そんなの――」

 そんなの嫌だ! 私は皆の足手まといになるためにここにいるんじゃない! 今日この日を迎えたのはまもりお姉ちゃんみたいにみんなを守れる戦士になるため。私の使命は、命は戦うために、守るためにある!

「――そうか!」

 ミイラ男と怪獣の相関は分からない。でも、あの時私だけでも妖精を受け入れる事に成功していたら……少なくとも敵に怪獣を兵器として利用させる事は阻止できた。

 それに相手は言っていた。私の事を「最高の器」だと。

 超人のポテンシャルは極限合体してみないと分からない。能力を発揮させるためには人間と妖精の相性が重要で、どれだけ強い妖精を宿しても相性が悪ければしょうもない能力になる事もしばしば。

 でも、少なくとも人間の方の適性が高ければどんな妖精を宿してもそれなりの戦士へと変身することが出来る。私の生まれ持つ戦士としての素質が相手の言う所の「最高の器」にある事は間違いない。だったら――

「妖精の誰かーーーーー‼ 私のっ、私の体を使って! あいつを、都市の敵を倒したいの! みんなだってあんなボロいミイラにこの素晴らしい都市を滅茶苦茶にされたくないでしょ!」

「アイツ……‼」

 視界の端の帯がざわつきだす。どうやら私の作戦は相手にとってかなり都合が悪いみたいだ。

「隙あり!」

「今だ!」

「クッ――」

 視界から帯が引いてゆく。呼吸は整った。もう足も十全に動かせる。目指すは市長が飛び去った方向。立志式はどうせぶち壊し。非常事態なのだからあそこにたどり着けばこの体に妖精を受け入れることが出来る。

 そうでなくても、だれか都市の中の妖精とコンタクトが取れれば――

「させるか!」

 背後の音が激しさを増す。両陣営余裕を失い激化する戦闘。勝利のカギは私が握っている。走れ私、振り返らずに、今はこの広場から逃げ出すんだ!

「誰か! 妖精の誰かーーー‼」

「ふざけるな‼ そんな事、器に辺鄙な妖精を入れさせて――」

「お前の相手は俺達だ!」

「ハルちゃん! ここは私達に任せて逃げて!」

 みんなが時間を稼いでくれている。その声援が走る力をくれる。これなら私は――

「チッ……」

 ピン、と空気が張りつめる。

「……えっ――」

 体を貫く一条の帯。痛みを感じる間もないままそれは釣り針のように私をくくると、再びあの勢いで広場へ引き戻してゆく。

「ハルちゃん!」

「全く……手間をかけさせるな……」

「うっ……グフッ……」

 状況はリセット……いや私達が大分押されている。戦士たちは五人に数を減らしていて、その全員が息も絶え絶え。この場で涼しい顔をしているのはミイラ男だけだ。私をこんな形で捕獲した所から戦士たちの抵抗は確実に体力を削ったのだろうけど……ほんとどれだけタフなのよ……。

「ううっ……誰か……っ!」

「まだしゃべるか……」

 引っ張っても、ナイフで叩き付けても帯には何の変化も与えられない。暴れるだけボロ布に私の血が染み出すだけだ。

 それでも……抵抗を止める訳にはいかない……! 追いつめられたおかげかアドレナリンで痛みは無視できる。みんなのピンチに私が出来る事は――

「私の体は『最高の器』。今ならこの体を使い放題よ! だから……この状況をひっくり返す自信がある妖精の誰か! みんなを助ける力を……私に!」

「コイツ……! 安売りをするな‼」

 これから私を拉致しようとする人間のセリフとしては過保護すぎる。だからこそ、これが逆転の一手だと確信できる。

「誰か! 誰……ぐっ」

 口元に帯が伸びる。どうやら黙れと言うことらしい。

 だけど――

「んん! んんん!」

 そんな程度で諦められない。妖精は思念体、精神の生き物。頭の中から呼びかければ……。

「ん!……んん…………」

 視界が一気にぼやける。意識が……アドレナリンは……酸素が……もう……。

 ……いやだ……今日は私の晴れの舞台……みんなの足手まといになるためにここにいるんじゃないのに……私は……私は……――

「■■■■■■‼」

「この期に及んで………………なんだ⁉」

「――ハルちゃん‼」

 薄れゆく意識の中で私は白銀の光が飛び込んでくるのを見た。私は多分それを飲み込んだと思う。体内に宿った光、それは私の内側を満たすと鋭い牙をとがらせて微笑んだ。

「さあ……始めましょう」

 そんな事を口にしたかもしれない。けれど……私の意識はそこで途切れた――

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