1―2
「させない‼」
目の前を黄金の流星が横切る。柔らかいのに力強さを感じる声が響くと同時に怪獣の侵攻はピタリと止まる。
「あれは……」
「戦士まもりだ!」
怪獣と広場を隔てるドーム状の黄金のバリア。テーマカラーはもちろんの事、こんな大規模の能力を一瞬で発揮できるのは都市の守護天使、黄金の鎧を纏った戦乙女であるまもりお姉ちゃんその人だ!
「皆さん! どうか落ち着いて! この程度の怪獣私達戦士が集まれば何でもありません。誘導に従って広場から離れて下さい」
お姉ちゃんの一言で大人たちに十四歳の子供たちが続々と会場を脱出してゆく。それぞれの集団に一人ずつ変身を果たした戦士たち殿となって被害に備える。どんなイレギュラーが発生しても都市の戦士は完璧だった。
「市長! ハルちゃん!」
お姉ちゃんは私達の下に降り立つと心配そうな顔で――
「怪我はない? 大丈夫⁉」
「ちょっ……お姉ちゃ……」
思いっきり抱き着いて来た。こんな非常時に申し訳ないのだけど、普段のツナギ越しの柔らかさでなくごつごつした鎧姿で挟まれるとものすごく苦しい……。
「ゔゔん! コード01810083」
ものすごい咳払い。でもここは市長に同情する。
「はい市長、なんでしょう」
流石に本名で呼ばれれば冷静になるのか、お姉ちゃんは私を離すと何事も無かったように戦士の表情になる。
「このバリアはどれだけ保つ」
「これだけ広範囲、あと五分が限界です」
「そうか。ならば私と妖精を優先して避難させてもらおう」
そう言って市長はケースに手を置く。
「待ってください、人命救助の観点から言えば市長とハ……、01860086の組み合わせのはず。妖精は――」
「コード01810083!」
市長の威厳のある声が人気のない広場に広がる。表情こそ一つ変えていないけど、ケースに添えられた手の甲に極太の血管が浮き出る。
「優先順位を間違えるな」
「……はい」
お姉ちゃんは申し訳なさそうにうなだれると、両脇に市長とケースを抱えて飛行の構えを取った。
「ハルちゃん……私……」
「私なら大丈夫!」
超人の能力は戦士の精神状態に優先される。市長の言葉の何がお姉ちゃんの意気をくじいてしまったのか分からないけど――
「私もう十四歳だよ。それに訓練生の代表としてここにいる。だから私は一人でも大丈夫。それに都市の戦士たちも誘導が終わり次第こっちに戻ってくるし、まもりお姉ちゃんはあの日私を守ってくれたみたいに今日だって守ってくれるって、私信じているから」
この言葉は強がりでもなんでもない。私はあの日以来まもりお姉ちゃんの姿をずっと追っている。戦士として五年間エースを務めてきた実績は伊達じゃない。まもりお姉ちゃんの実力なら五分で市長と妖精を避難させて、私も救い出すことが出来る!
「……うん!」
お姉ちゃんは翼を力強く羽ばたかせると広場の外側へとあっという間に飛び去って行った。これならあと三分もすれば戻ってきてくれるはずだ。
「さてと……」
改めて今の状況を振り返ると我ながらとんでもないものだ。バリアに隔てられているとはいえ真上には怪獣がべったりと張り付いていて、私を見るなり舌なめずりしている。動物園の猛獣なんてレベルじゃない。迫力だけで区画一つ吹き飛んでしまうほどの圧を感じる。まもりお姉ちゃんのバリアが無かったら……。
「私も、できる事をしよう」
バリアが消えた瞬間、この広間に落下の壊滅的なダメージが加わる事は間違いない。質量は巨大であればあるほどシンプルに脅威なのだ。
だからといってここでボーっと助けを待つのも違うと思う。せめて祭壇から降りて、自分の足でも出来る限り広場の外へ行かなければ――
「あなたがこの都市の最高の器?」
「⁉」
――振り向くとそこにはいつの間にかミイラ男の如く古びた帯で全身を覆った人型が。
「あなた誰⁉」
「私の直感と妖精はあなたの事を最高の器だと言っているけど、所詮は直感。私は確かな情報が欲しい。答えて。あなたは最高の器なの?」
私の疑問に答えずにミイラ男はくぐもった声で質問を続けてきた。
都市の戦士にこんな姿をした超人がいただろうか。現役の戦士に物心ついた時から活躍してきた戦士、図鑑や記録でしか見たことがないレジェンドと呼ばれる彼らの姿とも違う。だったら引退した戦士? いや、戦士は一度現役を退くと戦う力を失うはずじゃ……。
「まあ、答えないのであればどっちでもいいわ。立志式の一番目がその年の最高の器だって情報は仕入れている。私の目的を達成させるためには人手が足りない。猫の手よりも役立つのであれば――」
「っ!」
「⁉」
相手の言葉が終わらないうちに私は駆け出した。手すりは無いし幅も狭いくせにやたらに長い階段を下るのは神経を使うけど、この程度差し迫った危機に比べればどうってことない。
「まったく……」
ヒュン、と空を切る音が一閃。
「なっ⁉」
次の瞬間私は宙に浮いていた。いや、引っ張られている。いつの間にか右足首に襤褸の包帯が絡まってそれが私を引きずり込んでいる!
「そう言えば戦士は戦闘訓練を受けているとか。ちょこまかと動かれるのは厄介ね」
超人の特殊能力! このミイラ男は全身の帯を自在に伸ばして手足のように操れるのか。「なら!」
私はツナギからナイフを取り出して包帯を切り裂く。強度はどうやら見た目と同じらしく、拘束は簡単に解けた。
「やれやれ……こっちは手加減しているってのに」
ミイラ男の背後から触手のように数本の包帯が伸びてうねりだす。もう逃がさないぞ。そんな意思表示が鋭く尖った端切れが主張しているようだ。
私だって手加減されている事は理解している。理由は分からないけど、相手が私を欲しがっているのであればなおさら。だとしても超人相手にただの人間が勝てるわけがない。どれだけハンデを与えられようとアリがゾウに勝てるわけがない。
「だから!」
「⁉――ちょっと!」
私が出来るのはせいぜい意表を突くくらい。私は祭壇のへりを思いっきり蹴ってそのまま頂上から落下した。
「くっ!」
とは言え超人は共通の基本性能として飛行能力を持っている。それにミイラ男の能力は広範囲の拘束能力。この程度の落下であれば多分あと十秒もすれば逆戻り。今度こそ本気の拘束を受けてそれこそミイラにされるかも。そう考えている間にミイラ男は血相を変えて――表情は見えないけど絶対に慌てている――こちらに飛び込んできた。
接触まであと十秒。でも、私には十秒あれば――
「ハルちゃん!」
「まもりお姉ちゃん!」
「‼」
私には戦闘能力は無いけど、代わりに皆を守ってくれるまもりお姉ちゃんがいる!
タイミングはバッチリ。まもりお姉ちゃんは私をキャッチすると同時にミイラ男との距離を開けてバリアを解除する。
「ギヤアアアアアアアアアアアァ‼」
同時に今まで阻まれていた怪獣の脅威が解放される。祭壇は四〇メートル級の質量に押しつぶされて砕け散ってしまった。怪獣にとって超人が弱点であるならば、超人だって怪獣が弱点。あのミイラ男が何者なのか分からなかったけど、この都市にとって良くない存在である事は確かだ。気の毒だけど、これからメインの怪獣退治が始まるのだからイレギュラーはこれでおしまい。安らかに眠っていて欲しい。
「ごめん、遅くなっちゃった。市長ったら壁の側まで行けって聞かなくて」
「ううん、私なら大丈夫。それよりも今は怪獣を倒さないと」
「もちろん。私達が来たからもう安心だよ」
お姉ちゃんの腕の中から見上げると、広場を囲むように戦士達が集まってきている。お姉ちゃんを含めて総勢十名の勇姿。これだけの戦力があれば怪獣なんて瞬殺だ。
「――なるほどね。これがあなた達の総戦力ってわけか」
「え……」
低くくぐもった声が爆心地から響く。
「嘘でしょ……」
そう言ってお姉ちゃんは私をきつく抱きしめる。周囲の戦士たちもこの場に広がる違和感に自然と構えを取った。
「都市の現役相手に十対一は私でもキツイ。だから――」
怪獣の巨体が持ち上がる。超人であればそのくらいの芸当が出来ても不思議じゃないけど……。
「コイツを使わせてもらう」
ミイラ男から大量の包帯が噴出する。ミイラ男の姿が帯に分解されたかのようにとめどない白い奔流、それが怪獣の姿を覆い、纏わりついて――
「「ギジャオオオオオオオオオオオオオオオオォ‼」」
ブヨブヨとでっぷりしていた怪獣は包帯によって引き締まった姿を手に入れた。窮屈そうな驢馬の姿を取ったミイラ怪獣。超人が材料になった前代未聞のラッピング怪獣。完成と同時にそれは私達をめがけて突進をくり出した!
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