第一章 立志式と覚醒

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 私は十四歳の立志式の代表として過去の決定的な出来事を素材にスピーチをした。これから戦士・超人になる私達にとって重要なのはやっぱり自分が戦士を志した決定的な瞬間だと思う。まもりお姉ちゃんに、教官たちに添削してもらった内容だから大丈夫だと思うけど、私、変なこと言っていないかな……。

 恐る恐るマイクから口を離す。都市の中央大広間に目を向けるとそこにはいまだに神妙な表情をした同級生たちと大人の姿が。静まり返った環境はあの日の瓦礫を思い出して未だに慣れない。

 次の瞬間、パチパチパチと遅れて拍手が。よかった……少なくとも及第点みたいだ。

 私は一礼の後に後段して、皆の下へと戻る。あー緊張した。心臓がいまだにバクバク言っている。

「私が代表かぁ……」

 今日何度も口にした言葉がいまだに居心地悪く反芻される。自慢じゃないけど私は早くから超人の素質を見出されて物心つく前から戦士階級の教育を受けてきた。そのおかげか、成績は同級生の中でもいい方だし、自分でも戦士の仕事は性に合っていると思う。

 何より――

「それでは皆さんの新たな旅立ちに向けてコード01810083、戦士名まもりからお祝いの言葉をいただきたいと思います。戦士まもり、前へ」

「はい!」

 凛とした声が広場に広がると一人の女性が立ち上がって登壇を始める。

 風にたなびく異邦人の血が隔世遺伝した金髪、慈愛に満ちた陽光を思わせる柔らかなブラウンの瞳、戦士階級を示すグレー迷彩のツナギ姿越しからも分かる豊かなバスト。同性でも惚れ惚れしてしまう抜群のプロポーションを誇るこの人こそ、あの日私を救ってくれた防衛都市・桜木のエースまもりお姉ちゃんだ。

 私のスピーチと違ってお姉ちゃんは緊張することなく、ハキハキとした言葉遣いで話を進めていく。潜り抜けてきた修羅場の数だけ堂々と出来るようになるのか、都市の守護天使の二つ名にふさわしい隙の無いスピーチに、私はまだお姉ちゃんに届かないなと自嘲する。

 ――凄い、みんなお姉ちゃんの言葉にうっとりしている。

 気が付くと体が自然に手を叩いていた。スピーチ終了と同時に鳴り響く万来の拍手。悔しいけど、これが私達の間の実力。

「それでも――」

 私は絶対に戦士のエースになってまもりお姉ちゃんみたいにもう一度あの場所に立ってスピーチをするつもりだ。誰もが認める素晴らしい戦士になる事。それが都市に生まれた私の使命であり、何よりもあの日お姉ちゃんに救われたことへの恩返しになるはずだ。

 そうやって都市の代表者が祝辞のスピーチを繰り返していって、立志式の第一部が終わる。式は次の準備のために一時トイレ休憩。弛緩した空気が会場に広がり始めるけど、私達戦士階級はそんな暇なく指定の場所へと移動を始める。

「おお……」

「あれがそうなのか……」

 総勢二〇名の同級生たちがチラチラとを横目にざわつき始める。

 私達が去った広場の中央、平坦だった地面はマヤのピラミッドの祭壇のように、段々重ねに盛り上がっていく。

 あれこそがこの式典の目玉であり、最重要の舞台「融合の場」。戦士階級に選ばれる事で、私達は怪獣と戦うために必要な教養と戦闘スキルを授けられる。それだけでも一般人と比べればかなりデキるようになるけど、本当の戦士・超人になるためにはその身に妖精を宿す必要がある。

 立志式は十四歳という、子供たちが正式に都市のそれぞれの職に就くことを祝う祭典。その中でも最も祝福を受けるのは私達戦士階級らしい。私は職業に貴賤は無いと思うけど、確かに怪獣という強大な脅威を退けられるのは超人だけ。だからこそ、都市は毎回こんな大げさな仕掛けで二〇〇年もの間式を行い続けてきたのだろう。

 大体十分経ったと思う。祭壇は構築が終わり、みんなもトイレ休憩を終えて新しいポジションに着いた。後は私達が式のメインを決めるだけ。

「いよいよだねハルちゃん」

 そう言って私の前にまもりお姉ちゃんが現れる。

「う……うん」

「ははは、緊張しているの?」

「だって……」

 融合の場に立つのは市長と妖精と新人戦士の三者だけ。私達は一斉に妖精を授かるわけでは無く、一人であの場所へ登らなければいけないのだ。

 加えてあの高さ……別に高いところが怖いわけじゃない、けど、あの高さまで上がると広場だけでなく都市中の視線が私に注がれる気がして全身がむずかゆい。同級生に、まだ見ぬ都市の大人たち、みんなが私に注目するんだと思うと――

「大丈夫。ハルちゃんならみんなが認める戦士になれる。私が保証する。だから――」

 まもりお姉ちゃんが髪に触れる。それだけでざわついていた心が一気に落ち着いていく。

 ……確かに、私にはお姉ちゃんみたいな抜群なプロポーションは無い。背も……胸も平均的でツナギもまだ体に馴染んでいない。でも、お姉ちゃんが切りそろえてくれたこの黒髪のおかっぱは誰にも誇れる素晴らしいもの。お姉ちゃんが「ハルちゃんは顔を出している方がかわいい」と整えてくれたパッツンの前髪が風に揺れて、常に前を向く勇気を与えてくれる。名前だってあの日お姉ちゃんがくれたお守りだ。だから――

「――行ってきます」

「うん」

 お姉ちゃんと、そしてみんなに見送られながら私は長い道のりを登り始める。フィナーレの一発目、確かに重大な仕事だけど、これから都市を守る事に比べれば大したことない。怪獣と同じようにさっさと倒して決めてしまおう。

「……うわぁ――」

 頭頂部からは都市の全景がよく見える。工業ブロックに、農業ブロック、私達が訓練していた訓練所のB2区画、円形の都市の中でそれらは整然と広がっている。融合の場なんて面倒な物をわざわざ作ったのは、訓練生にこれから守るための都市の姿を刻み込ませるためなのかもしれない。

 そしてここからは何よりも都市を覆う「妖精の城壁」が良く見える。旧時代のダムを思わせる白亜の壁。これこそが防衛都市の要、地球が怪獣の蹂躙に悩まされる中で、私達が都市という生活単位を設計できるようになった妖精からの贈り物。

「……コード01860086」

「……⁉ はい!」

 いけない、あまりの絶景に飲まれていた! 式はまだ途中なのに失態だ。

 私は失敗を取り戻すべく、今度こそ集中して市長の前へ。六畳ほどの頭頂部は狭く、私達はあっという間にお互いの距離を詰める。

「おめでとう、今日から君は晴れて超人、都市を守る戦士になる」

「はい!」

「ようやくこの日が来たと思うと私達は嬉しいよ。君の素質は01810083を超えるものがある。新たなエースを迎えられると思うと万感の思いだ」

 市長はそう言いながらも表情一つ崩さずに、ジッと私を、私の中の何かを見透かすように見つめている。

 市長の証である燕尾服に、枯れ木を思わせる細見のシルエット、新時代では貴重な金縁の眼鏡をかけて鷹のように睨む姿は一緒にいて正直居心地が悪い。晴れの日なのだから、まもりお姉ちゃんの百分の一でも愛想を出してもいいのに……。

 でも、市長の言わんとしている事も分からないでもない。人間は妖精と合体することで超人に成れる。けれどただ漫然と合体しただけだととしては不適当なのだ。

 戦士の素質の最重要項目。それは人間側の「器」としての可能性。

 超人の強さは最終的に人間と妖精との相性になる。極端な話、やってみないと分からないのである。けれど毎週のように怪獣が出現し、資源が限られている都市ではそんな事を言っていられない。最強とは言わないまでも、ある程度質の揃った戦士を一定数揃える必要があるのだ。

 そこで都市では生まれた子供たちを養成区画で一斉に育てて、妖精の器たりうるかを逐一チェックしている。素質が無いものは労働者階級へ、そして私達みたいに素質を見抜かれたものは戦士階級へと振り分けられる。

 まあ仮に、晴れて戦士になれたところで怪獣との戦闘は激しく一~二年戦えればいい方らしい。私の記憶の中では何人もの戦士の姿が短期間で世代交代している。まもりお姉ちゃんみたいに五年間もエースを張れるのは凄いことなのだ。

 十四歳は人生の中で最も妖精が定着しやすい時期であり、同時に器の性質が現れるゴールデンエイジ。今年は二〇人が戦士階級に選ばれた豊作の年らしいけど……みんながみんなまもりお姉ちゃんみたいになれるわけじゃない。私だって素質を期待されているだけで実際に合体したらどうなるやら。市長が子供たちを見て「本当に大丈夫なのか?」と訝しむのも、責任ある立場からしたら無理もないのかもしれない。

「……君にはこの妖精がふさわしいでしょう」

 そう言うと市長は木製のケースの中からある物を取り出す。

「……⁉」

 取り出したのは手のひらにちょこんと収まる小型のジャムの瓶。もちろん中身はジャムなんかじゃない。透明な瓶は中身を主張するように青白く発光している。

 市長の手のひらの上に鎮座する瓶。その中で発光している光の球体こそ人類の協力者である妖精だ。

 妖精も怪獣同様別次元からやって来た存在だ。元いた世界を怪獣に滅ぼされ、自分達の世界と同じ目に遭わないようにこの地球にやって来た異なる位相の協力者。妖精は精神生命体として存在していたらしく、物理体で存在する必要がある地球にやって来た際に自分達の姿をこの小さな光球に変換した。

 この姿の妖精は狭い場所を好む性質があり、とりわけジャムの瓶は居心地がいいらしい。

「――」

「…………」

 妖精の言葉は彼らと同じ存在、すなわち超人にしか理解できない。だけど、視線が光線の形で照射されているようで……市長のそれと同じ感じがしてかなり居心地が悪い。

「――」

「うむ」

 どうやら私は彼にふさわしかったらしく、市長はコルク製の蓋を開きながら私へゆっくり近づいてゆく。

 とうとう私が戦士になる。そう思うと、今この場所が厳かな場だと分かっていてもテンションが上がってしまう。まもりお姉ちゃんと一緒に戦える。あの日の私みたいな人々を救えるようになれるんだと思うと……難しい戦術の座学、激しい戦闘訓練、まもりお姉ちゃんとの結構ハードな自主トレーニング、市長が私に近づくのに瞬きする間も無いのに、その一瞬が無限に引き延ばされたかのように万感の思いが胸からあふれ出してくる。

 そして蓋が開き、妖精が私の中へ入り込もうとするその瞬間――

「――⁉」

「むっ⁉」

 市長と妖精はいきなり私から距離を取って構えを取った。

「……え⁉」

 一瞬何が起きたのか分からなかった。立志式は、いや都市のすべての行事はこの二〇〇年の間で効率化が果たされた伝統あるもの。誰か一人の独断で中断することなんて畏れ多く、それは都市で最高の権限を持つ市長だって例外じゃない。

「……そんな――」

 戦士であれば許されないであろう感覚の鈍さ。私は一瞬遅れて事態を把握する。

 ピシピシと私達の真上から空気が張りつめる音がする。「空気が張りつめる」なんて小説で見かけるよくある比喩表現なのだけど、防衛都市に住む人間にとってこの音は比喩などでは無く現実に耳にする、命にかかわる音だ!

「立志式は中断だ!」

 市長はいつの間にか持っていたマイクで指示を出した。一拍送れて広場にパニックが広がり始める。

「何でこんな時に……」「前に現れてからまだ二日も経っていないぞ!」「立志式は祝福された日を選んでいるはずなのになんで⁉」

 喧騒の広まりに同調するように空間は音を軋ませ続ける。私の目の前に広がる空は窓ガラスを叩いたようにが入り、直径四〇メートル程度に広まると快晴の青空は崩れ落ち、瘡蓋を剥がしたような赤黒い穴に変化する。

「ギャオオオオオオオオオオォ‼」

 私達は逃げる間も与えられぬまま、落下する怪獣に睨まれた。

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