木無峠の怪
@owlet4242
木無峠の怪
これはさ、俺が昔先輩から聞いた話なんだ。
先輩の地元は中部地方の田舎でさ、ある山脈の山裾にあるんだ。んで、その山の中に「こなしとうげ」って場所があるんだよ。そう、漢字にすると植物の「木」が「無い」「峠」って書いて「木無峠」っていう名前ね。
実際、俺も先輩に案内されて見に行ったことがあるんだ。名前の通り山の中にある峠道なんだけど、そこだけ地面が岩石質で木が生えてないんだよね。だから、「木無峠」ってわけ。
場所によっては見晴らしのいい崖になってるところもあってさ、天気がよければ海まで見通せそうな絶景スポットだよ、うん。
でもね、その峠って昔は別の名前があったんだよ。あ、いや、「こなしとうげ」って呼び方は変わってないよ。でも、漢字が今とは違ってたんだ。
その峠の本当の名前はね、「子ども」が死んで「亡くなる」「峠」って書いて、「子亡峠」って言うんだよ。これにはちゃんと由来があるのさ。
今ではそこの山には集落なんてものは無いんだけど、昔は山の中にちらほらと集落があったらしいのさ。何でも平地の方では訳あって暮らせなくなった人たちが寄り集まってできた集落だったらしいよ。
でね、そんな集落なもんだから暮らしぶりも楽じゃない。冬になると毎年のように食べ物が足りなくなったらしいんだ。
だからさ、その辺りの集落では当然の風習として子どもの口減らしが行われてたんだよ。
その辺りの集落ではね、冬を越すのが厳しそうになると、体格がよくなかったり、色んな理由で働けなさそうな子どもを何人か選んで連れていくんだ。
どこにって? もちろん「子亡峠」に決まってるじゃないか。
親たちは子どもを集めて「今さら食べ物を分けてくれる隣の村まで行くべ」なんて言って、子どもを「子亡峠」に連れていくんだ。峠に着くと親は、「ここで少し休憩する。薪を採ってくるから座って待ってろ」って子どもを座らせて、自分は裏道を通って集落に戻ってしまうんだ。
子どもは当然親を信じて待つんだけど、冬の木も生えない吹きさらしの峠道だ、段々と体力を奪われてしまう。「これは変だぞ」と気づいた時にはもう手遅れで、家に帰る体力もない子どもたちはそこでバタバタ倒れて死んじゃったってわけ。
しかも、もっとかわいそうなのがさ、そこって木が無いからさ、最初に言ったようにすごく見晴らしがいいわけさ。それで、そんな景色を眺めていたらさ、なんだか地面が近く見えて「ここから飛べば無事に帰れる」なんて思っちゃう子どもが出てくるんだよね。
だから、そんな子どもは最後の力を振り絞って峠の崖から身を踊らせたんだ。
でも、当然地面は遥か下だし、途中で体が引っかかるような木もないから、飛んだ子どもはみんなバラバラになって死んじゃったんだってさ。
それでさ、そんなことがあったもんだから「
天気のいい冬の日に、「木無峠」の崖に行くと死んだ子どもたちが今もそこを彷徨いてるんだ。
特に夕暮れ時のぼんやりとした景色の時間はまず間違いなく「出る」って。その時間が、地面が一番近く見えて、子どもが崖から身を踊らせるのにはうってつけの時間だからね。
……え、そんなことあるわけ無いって?
実はね、この話を教えてくれた先輩なんだけどさ、実際にそこに行って「出た」らしいんだよ。
だから、俺も自信を持ってこの話をみんなに伝えてるのさ。今からその話をするからさ、まあ、ゆっくり聞いてよ。
じゃあ、話すよ。
この話を教えてくれた先輩なんだけど、格闘技とかやってて結構気合いの入った先輩でさ、大学時代に仲間と一緒に「木無峠」を見に行こうぜって話になったみたいなのさ。
それで、デカイ車を出せるのが先輩だけだったから、みんなで先輩の車に乗り合わせて「木無峠」まで走ったんだ。
峠に着いたときはまだ昼ぐらいでね、子どもが飛んだって噂のある崖の辺りに車を停めて、みんなで景色を眺めたりしたらしい。実際、崖から下を覗くと地面が結構近く見えて「やベーな、マジで飛べそうじゃん」とか言って盛り上がってたんだって。
でも、その内退屈になって仲間が持ってきた酒とつまみで酒盛り始めてさ、気がついたらみんな寝ちゃって、次に起きたのは丁度夕方頃だったらしい。
それで、先輩が何で目が覚めたのかっていうとね、車の屋根に「ポトン」って雨の当たる音が聞こえたんだって。「雨のなか峠道の運転はめんどいなぁ」って思った先輩が目を開けると、丁度他のみんなも目が覚めたみたいで「降ってきたか?」「みたいだな、早く帰るか」とか言ってたわけさ。
すると、また「ポトン」って雨が当たる音が今度はフロントガラスの方から何度か聞こえるわけ。「やっぱり降り始めたな」と思った先輩は、運転席に座ったんだけど、そこで「あれ?」って思ったんだ。
フロントガラスにはさっきから雨の粒が落ちたはずなのに、濡れた痕が全然無いのよ。それどころかなんだか埃っぽくなって汚れてる位だったらしい。
そんなときに、また「ポトン」って音が聞こえてさ、先輩が音の方を見たらフロントガラスにさっきはなかった汚れが付いてるのよ。「妙だな」って思った先輩は、その後汚れをじっと見たわけ。それで気づいたんだ。
その汚れが、子どもの手形になってるって。
先輩がそれに気付いてフロントガラスからバッと顔を離したら、他の友達もそれに気付いたみたいで「やべーよ!?」「なんだよこれ!?」って口々に騒ぎ始めたんだ。気がついたら車の窓ガラスの至るところに子どもの手形が付いててさ、先輩にはそれがまるで子どもが「開けて」ってガラスを叩いたみたいに見えたらしい。
そうしてる間にも「ポトン」って音はどんどん増えて「ポトポト」っていう早さになって、最後には大雨が降るような「ババババ!」って音になって、もう窓ガラスが一面中手形まみれになったんだって。
でも、先輩は気合いが入ってたから「うおー!」って叫んで車のエンジンをかけると、ワイパーでフロントガラスについた手形を削り取りながら何とか車を走らせて脱出したんだ。
あとから一緒に乗ってた友達に聞いたらしいんだけど、友達はリアガラスの手形の隙間から、さっきまで車を停めていた場所に、子どもぐらいの大きさの泥人形みたいな姿をした何かがいくつもも立っていたのを見たらしいよ。
というわけで、先輩たちは恐怖体験をしながらも無事に「木無峠」から逃げ出せてめでたしめでたし……
じゃあ、なかったんだよね。
「木無峠」から帰った次の日に、先輩は汚れた車を洗車に出したらしいんだ。それもディーラーでやってくれるようなしっかりしたやつにね。
一晩経って車の汚れを見ると、全然手形みたいには見えなかったらしいんだけど、それでも気味が悪いからきっちり洗車しとこうと思ったんだって。
それで、ディーラーに車を持っていったら予想よりも頑固な汚れだったらしくて1日がかりになりますって言われた先輩は、そのまま車を預けて次の日に取りに行ったんだ。
洗車された車はピカピカでさ、もう昨日の汚れなんか嘘みたいな感じで、先輩もそれでいくらか気分が良くなった。
でも、車のキーを受けとるときにそれも全部ぶっ飛んだんだ。
整備士の人が車を回してきて、鍵を手渡してくれたときにこう言ったんだ。「失礼ですが、お兄さんって小さいお子さんはいらっしゃいますか」って。
先輩は少しぎょっとしながらも「いえ、いませんけど」って答えたら、その整備士の人が首を傾げてこう言ったんだって。
「そうなんですかー。いやー、昨日窓の汚れを落としてたときに気づいたんですけどね、窓の汚れの何個かは
それを聞いた瞬間、先輩冷や汗が止まらなくなったらしくって、車を受け取ったその足でその車を中古車買取店に売っちゃったんだってさ。だからその車、今でもどこかを走ってるかもね。
まぁ、そんなもんだからその話が本当だったっていう証拠は無いんだけどさ。俺、見ちゃったんだよね。
先輩の新しい車に乗せてもらったときに、先輩がダッシュボードの中に山ほどお札やお守りを入れているのをさ。
この話が本当かどうか判断するのは君に任せるよ。でも、全国にある妙な地名にはこんな裏があるかもしれないってことだけは頭の片隅に入れておいた方がいいかもね。
もしかすると、知らないうちに彼らの領分を犯してしまうかも知れないから、さ。
《終》
木無峠の怪 @owlet4242
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます