第2話

 とうとう結婚式の当日となった。


「準備、間に合って良かったよね本当」


「ああ、そうだな」


 実際、かなりギリギリまで準備に時間が掛かってしまい、担当プランナーをヒヤヒヤさせてしまった。


 席次表の作成、ムービーの作成、衣装合わせ、プランナーとの打ち合わせ、ウェルカムスペースの飾り付け、全てに苦戦したけれど、全て楽しかった。この過程も含めて結婚式なんだ、と思った。


「思ったより人も呼べてよかったよね」


「そうだなぁ」


 目の前でドレスを着てメイクアップをした詩乃を見て、結婚式をしようと思って良かったと改めて思った。


 こんな時だからこそ、今だからこそ、結婚式をすること、2人で証を刻むことに大きな意味を見出している。


「なんか上の空じゃない?平気?」


「ああ、大丈夫。なんだか自分のことのように思えなくて」


 ふわふわしたことを言う僕を見て、詩乃は愉快そうにケタケタと笑った。


「会場に入ったら私たちが主役なんだから、しっかりしてよね」


「わかってるよ」


 待合室の扉が開き、お義母さんが顔を覗かせた。着物を綺麗に着こなしている彼女は、母親というより少し歳の離れた姉のような、若い雰囲気を纏っていた。


「あら、2人とも準備バッチリね」


「まあね。そっちの控室どんな感じ?」


「こっちはなんだか変に緊張感があるわよ。ソワソワしてちょっと抜けてきちゃった」


「もう、用が済んだら早く戻りなよ〜」


「わかってるわよ。詩乃が緊張してないか見に来たの。でも大丈夫そうね」


 少しの沈黙。詩乃がふっと少し笑って声を震わせながら言った。


「お母さんの方こそ大丈夫?今から泣いてたら式中どうするの」


 きっと、娘の晴れ姿を見て胸の内の感情が溢れたのだろう。詩乃が小さい頃に離婚をしてから女手ひとつで育てた娘。その旅立ちの日なのだから。


 お義母さんは、涙をハンカチで丁寧に拭って照れ臭そうに僕に笑いかけた。


「年を取ると涙脆くなるって昔は疑ってたけど、びっくりするくらい本当だから、怜くんも気を付けてね」


 なんと答えたものか言いあぐねていると、お義母さんは笑ってこう付け加えた。


「詩乃を、よろしくね」


「はい。お任せください」


 自分に言い聞かせるように答えた。






 伝染は、どのように拡がるのか解明されていない。「まだ解明されていない」のではない。「解明することを諦めた」からだ。


 では、なぜ「伝染」なのか。


 単なる病ではないのか。


 答えは「YES」。単なる病ではない。伝染する、ということ“だけ”が分かっている。


 なぜなのか。


 消失した者は皆例外なく、その直前に消失した者と、長い時間を共に過ごしていることが分かっているからだ。


 ある者は恋人、ある者は家族から伝染し、消失する。


 この事実すら、伝染から次の伝染までの間隔が長かったため、判明するのに時間がかかった。


 しかしウィルスではない。体の不調などの症状はない。


 年間500人の消失で推移していたが、ここ数年で急増し、今年は年間で1万人も目前となっている。


 対策出来ない不可避の伝染。人類はもう何年も前に、対抗することを諦めていた。


 それを、事故と同様の「不運」として片付けるしか無かった。


 長嶋怜と桐谷詩乃の結婚式が行われる今日も、全世界で計40名がなんの脈絡もなく突然消失する。


 それは、誰にも止められない。


「じゃあ行こうか、怜さん」


 伝染者には、極めて短時間、消失する前に共通の症状が現れる。


「おいっ、詩乃!」


 身体の点滅。


「えっ、えっ何!?何これ!?」


「こ、これ、嘘だろ……。嘘だろ嘘だろ……だってそんなはず……」


 詩乃が自分の状況を理解して、絶叫した。


 当然、落ち着くなんて不可能だ。


 座り込んだ彼女を抱き寄せて励ましの言葉をかけるが、全てが虚しい。


 嫌、嫌、と呟き続ける詩乃の体は、どんどん点滅が早まっていく。詩乃が消えてしまう。


「どうしよう、どうしよう……」


 夢であれ。夢であれ。強く念じればベッドの上で起きられるよな?そうだよな?


 起きてから、横で眠る詩乃を起こして、嫌な夢を見たんだって話そう。


 僕は目を瞑った。


 夢であれ。頼む、嘘だ。やめてくれ。


 こんな状況で、僕は兄さんのことを思い出していた。昔消えた兄さんのことを。


 僕の周りでなんでこんなに。僕は、僕たちは何も悪いことなんかしていないのに。


「怜さん、私、あ……」


 言葉が切れたと同時に、腕の中の重みが消えた。


 恐る恐る目を開けると、腕の中には何も無かった。




 詩乃のウェディングシューズが片足だけ、傍に転がっていた。

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