第1部 2章 5

「いやぁ本当に助かってるわ。用心棒だけじゃなくてお店の手伝いまでやってくれるなんて」


 カラッとした笑顔でソノラが惜しみ無い賛辞を述べる。

 対するリゼルとミリアは、何をどう言うべきかと複雑な表情だ。


「何かおかしいかしら?」


 イレーヌが首を傾げる。


「いや……おかしいとかじゃないんだけど……」


 リゼルは口ごもりながら彼女を見た。

 黒を基調に白のレースで彩った愛らしさ漂うメイド服に身を包み、頭にはこれまたレースが付いた白のカチューシャを乗せいる。


 見るからに可愛らしいコーディネートだが、それ故肉食獣のように洗練されたプロポーションが異彩を放っていた。


「何で!?」


 自分でも驚くほど間の抜けた声が出た。


「イレーヌさんスタイル良すぎてさ、母さんが着ていたのしか合わなかったんだよね」


「いや、そこじゃなくて……」


「私の方から売り込んだのよ」


 聞くと、“旅の道連れ亭”でも他の事業者の例に漏れず有事に備えて護衛役の冒険者を募っていたのだが……


「俺より弱い男に娘は任せられんって、父さんが集まってきた人達相手に大暴れしてさ、みーんな逃げていって途方にくれていた時に彼女が来てくれたわけ」


 確かにイレーヌなら女性で且つ実力も申し分無い、バルドルも納得するだろう。


 酒場の護衛としては些か戦力過剰な気もしないでも無いが。


「依頼料ボられなかった?」


「高くはついたけどギルドから補助も出るしね、その辺は平気よ」


 にんまりとソノラが笑う。


 丁度その時店のドアが開く。


「おう、ソノラちゃん。様子を見に来たぜ!」


「何か変わったことがあれば、遠慮なく俺達に行ってくれよな!」


 若い男性の二人組だ。

 彼等は愛想の良い表情を浮かべ意気揚々と店内に足を踏み入れるも、すぐに雷に打たれたかのように硬直することになる。


「いらっしゃい」


 ウェイトレスの格好をした見慣れない女が凍てつく眼差しで自分達を睨み付けていたからだ。


「そこに座りなさい」


 おおよそ接客で耳にすることは無い台詞なのだが、有無を言わせない圧に、二人は抗議するどころか蛇に睨まれたカエルのように身動きがとれない。


「早く」 


「はい!」


 悲鳴のような声を上げてそそくさと席に着く。


 いつの間にかソノラも厨房に入ってしまったので、手持ち無沙汰になったリゼルとミリアは手近なテーブルを占拠して店の様子を眺めることにした。

 込み合う時間帯に入ったのもあってか、先程までと打って変わり立て続けに客が入ってくる。


「あ、また撃沈してる」


 イレーヌの心を込めた接客により、意気揚々と店に入ってくる男達が次から次へと借りてきた猫のように大人しくなっていく。


「ソノラもシンシアも凄く美人ですから、元々二人を目当てに来るお客さんが凄く多かったんですよ。こういう時だから頑張ってるところをアピールしたいんでしょうね」


 ミリアがどこか楽しそうに話す。


「そりゃ父親としては気が気じゃないわね……」


 バルドルはギルドマスターであると同時に戦力としても要である為、今回の件が落ち着くまでは暫くは店に顔を出すことも出来ない。

 その隙を突く形でどうにかソノラにアプローチをしようと考えていた者が大勢いたということなのだが、ホールを完全に掌握したイレーヌの前にそのような目論見は不発に終わりそうだ。


 同業者のソノラとシンシアが働いている店ということもあり、店内には女性客の姿も多い。

 彼女達の反応は男性陣とはまた一味違ったものだった。


「あ、あの、お姉さんはいつまでここにいるんですか?」


 どこかの教団の神官なのか楚々とした身なりをしたお下げ髪の女の子が頬を赤らめながらイレーヌに話しかけている。

 同席している同年代の少女達が彼女を応援するように両手を固く握りしめ、息を呑み見守っていた。


「特に決めてないんだけど、いつまでいて欲しい?」


 少女の真意を知ってか知らずか、イレーヌは質問を質問で返すと目元を細め形の良い唇で弧を描いた。


「え、その……」


「冗談よ。また来なさい。それまでここで待ってるから」


 そう言うと顔を近付け彼女にしか見えない角度で微笑む。


「はうぅ……」


 少女の顔がリゼルからもハッキリ分かるくらい真っ赤に染まっていった。 

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